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【短編小説】夢見る家族

 六月八日(木)、午前十時
 田辺健一はスマホの着信音で目覚めた。会社からだった。そのまま、電話をとらずにいると、一時間のあいだに何度も何度も電話がかかってきた。それでも健一は起きなかった。今日は二ヶ月間準備を進めてきたプレゼンの日だった。
 
 腹が減った、寝続けてもう午後二時を回っていた。昨日はプレゼンの準備も終わって、残業もなかったからぐっすり眠れた。こんなに寝たのは何ヶ月ぶりだろう。しっかし、汗でびっしょりだ。
 
 六月八日(木)、午前十一時
息子の田辺弘樹は目覚めさせられた。父のスマホの着信音で起こされた。今日は高校の定期テストの日だ。英語と数学、どちらも得意だったがもう英語の試験は終わっている頃だった。数学のテストもそろそろ始まっているはずだ。あれだけ勉強したが、学校には行かないと昨日決めていた。弘樹は、もう一度寝る事にした。なんとかならないのかという一心だった。
 
 腹が減っていたが、徹底的に寝てやろうと思い、目覚めたら午後二時を回っていた。父と同様に寝汗でびっしょりだった。
 
 六月八日(木)、午前五時
 
田辺容子は、いつものように朝五時に起きて、健一と弘樹の弁当を作り、水筒を用意し、朝食の用意をしていた。健一のスマホの着信音には気づいていたし、弘樹の考査日だということも知っていたが、起きてこない二人を起こすことはなかった。
 朝食の準備もいつもどおり、健一にはごはんとお味噌汁、目玉焼きに総菜のひじきを。弘樹にはパンとインスタントスープと目玉焼きを用意していた。
 
 結局容子は二人を起こさなかった。ヨーグルトとパンとフルーツ、自分の朝食を用意していつものように食べた。七時を過ぎる頃、猫のチャメに朝ごはんと新鮮な水を用意し、猫トイレを掃除し、そのまま家を出て菓子の箱詰めのパートに出かけた。

 午後一時過ぎにパートを終えて、二時過ぎに帰宅したころ、健一と弘樹がそれぞれの朝食とお弁当を広げて食べていた。

「おかえり」
 健一と弘樹が容子に声をかけた。
「ただいま」
 容子は玄関から一目散に洗面所に向かった。手洗いとうがい、コロナが流行してからは子のルーティンは欠かせない。
「ねぇ、どうだったの?」
 容子は二人に聞いた。
「ダメだ。二人とも同じだ」
 健一は箸を置いて返事した。
「最後には、やっぱり隕石が降ってくる」
 弘樹は頭を抱えながら容子に言った。
「私も今朝の夢は、隕石が降ってたわ」
「僕、もう一度寝てくるよ」
 弘樹は昼用のお弁当を残して、部屋に帰っていった。もう学校のテストも終わっていた。

「もう無理よ」
 容子はため息交じりでつぶやいた。
「俺はもう寝れんな。流石に寝過ぎた」

 田辺家がこの一軒家に引っ越してきたのは半年前。買い手がつかない中古住宅だったらしく、市場価格の半値ほどで手に入れた。住み始めて二ヶ月ほどで、異常なできごとが起こった。

 夢だ。予知夢、正夢、何と言ってもいいが、この家で見た「夢」は現実に起こる。近所に空き巣が入る、無くした財布が見つかる、近くで火事が起きる、プレゼンに成功する、地震が起こる、自転車がパンクする。

 大なり小なり、良いことも悪いことも、家族の誰かが見た夢が現実に起こる。信じがたいが、この家が原因なのかもしれない。健一は、不動産屋の田口を問い詰めると、妙な話を聞き出せた。

 予想通り、あの家は見た「夢」が現実に起こる家だった。夢は選べない。見ようと思っても、思い通りの夢は見られない。前の住人たちは、いつも家が売れる夢を見るようにしていたとも聞いた。
 夢をコントロールすることはできないが、願い続けて、ある日家が売れる夢を見たらしい。その日に不動産屋に売りに出すと、不動産屋の田口はなぜか言い値で買ってしまったということだった。

 見る夢がコントロールできない以上、悪夢を見たら終わりだ。例えば、自分が殺される夢を見たら、それが現実に起こってしまう。
 健一と容子は田口に家を買い戻すように迫ったが、タダでもいらないの一点張りだった。

 一連の事情を弘樹にも伝え、家が売れる夢をみるようにイメージトレーニングをして寝るようになった。弘樹は半信半疑だったが、見た夢は翌日家族で共有し、ノートに書き留めていった。

 六月六日(火)の夜
 健一・容子・弘樹は「隕石が地球に降りそそぐ」夢を見た。寝る前につい映画の予告編をテレビで観てしまったのだ。宇宙人の隕石攻撃から地球を救う男たちの映画だった。
 悪夢になってしまいそうな情報をいくら遮ろうとしても、この情報化社会ではどんどん入り込んでくる。昨日は迂闊だった。夜はニュースも含めて、テレビはつけないようにしていたのに。あの日はテレビをつけてしまっていた。

 六月七日(水)の朝。
目覚めると、全員が叫び声をあげていた。
「隕石が降ってくる夢を見た」
 朝のリビングでは健一・容子・弘樹が一斉に見た夢の話をし出した。三人が同じ夢を見たのは初めてだ。それぞれディテールは多少異なる。全員一致したのは「日本全国に隕石のようなものが落ちてくる」ということだった。日にちに関しては健一も容子も漠然としていたが、弘樹だけがはっきりと覚えていた。

「六月九日(金)だよ。この日に隕石がふってくるよ」
時間の詳細はわからなかった。陽の光は感じたというから朝の六時過ぎから夕方の六時前ぐらいまで、十二時間のどこかだろう。

 健一も容子も正夢になる夢を見たからといって、警察に駆け込むわけにはいかない。きっと取り合ってくれないだろう。それこそ笑いものだ。

 健一は不動産屋の田口に電話した。
「隕石が降ってくる夢?そうですか……解決するにはぁ、そうですね違ういい夢を見るしかないですよ。隕石が落ちてくるなら、どこに逃げてもだめですねぇ。ヒャハハハ」

 田口は半狂乱だった。目が遠くを見ている。今から海外に逃げれば間に合いそうだが、カンタンにはできないのだろう。彼にも生活がある。 

 田辺家は田口の言う「代わりのいい夢を見て、今の悪夢を塗り替える」この可能性に掛けるしかなかった。
 健一・弘樹は仕事やテストを放り出して、「いい夢」を見るようにひたすら眠った。そして今に至るのだ。

「九日の金曜日まで、あと九時間ほどね」
 容子は隕石が落ちてきて死ぬなら、せめてベッドがいいと言いだし、寝室へと向かった。

 健一はまだ日が出ている中、戸締りをした。
「最後の夢でも見るか」
とつぶやいて容子のいる寝室へと向かった。
 
六月八日(木)午前六時。
朝飯がまだ出てこない。

(この家のヤツラは、自分がメシくってから俺にメシを出すって流れだ。どんだけ鳴いてもメシをくれやぁしねぇ。仕方ねぇまずは毛づくろいだ)
 
チャメは三ヶ月前までは野良猫だった。容子がパートの帰りに、お腹をすかせて震えていたチャメを保護した。そのあとチャメはこの新居に居ついてしまった。
 
(つったく、何をゴチャゴチャしてやがだろうな。アレか、インセキが何とか言ってたな。インセキってなんだ。オレサマはあのカリカリのメシが欲しいんだ)

 チャメは午前七時にようやく朝メシにありついた。奇麗になっているトイレで用を足し、チャッチャッといつもの特等席、リビングのソファーでゴロゴロと寝転がった。気が付いたら、容子はパートに出かけていて、健一と弘樹が朝ごはんと昼ごはん用のお弁当を食べていた。

(コイツラばっかメシ喰いやがってよぉお)

 せめてユメのなかでいっぱいカリカリを喰ってやると健一と弘樹に抗議して、チャメはふて寝した。

 六月八日(木)午後十一時。
あと一時間で隕石がふってくるかもしれない。健一・容子・弘樹は眠れずにいた。家族全員がリビングに集まっていた。見た夢を共有するつもりだったが、誰も寝付けなかったし夢なんてもう見てなかった。

 容子は昼にかえってきてからずっとソファーにいるチャメを見た。チャメはすやすや寝ている。夜ごはんを食べる以外は、ずっとソファーにいるようだ。

「なんだか、気持ちよさそうに寝てるわね」
 チャメのシッポがパンパンと返事をしているように動いている。
「きっとカリカリの夢でも見てるんだろ」
 健一がタバコを吸いながら言った。
「父さん、猫が見た夢も正夢になるのかな?」
 弘樹はチャメを撫でながら言った。
「ネズミを追いかける夢だったら最悪だな」
 健一はタバコをほとんど吸わず、火を消した。
「でも、なんだか楽しそう」
 容子はチャメを撫でながら、最後の時を待った。

 六月九日(金)午前五時。
隕石が降ってくる日だ。もう、手遅れだった。誰も一睡もできなかった。せめて最後ぐらい家族で食事をしようと、容子はいつものように朝食の準備した。

 健一がテレビをつけた。日本全国に空から小さな物体が降ってきたというニュース速報が入った。

 外が騒がしい、野良猫たちの鳴き声が聞こえる。大合唱のようだった。

「ニュース速報です!空から猫のエサが降ってきています。日本各地でこの現象が発生しています。街は猫で溢れかえっています」

チャメが容子に向かって鳴いている。
(いいからよぉ、アサメシよこせよぉ。なーごぉ)
 世界は猫の夢で救われたのだった。
<おわり>

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