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第23話・復讐に燃えるラルフォン・ガーディクス、立花悟

 剣聖リヒトを従えてやってきた、ラルフォン。ジャンヌの父にして十二聖騎士。しかし、ラルフォンは死んだはずだ。先のリム王国との戦いで、【駕籠の宿】から守られずに【轟雷ジ・ライオ】をただ一人直撃して死んだはずだった。

 ゲーム内での死から生まれた文化、埋葬がある。これは魁がプログラミングしたものではなかった。自動発生的にAI学習が進化した。死を悲しみ、弔い、慈しみ、生きる者たちが癒され、振り返り、前を向いて生きる。そのための装置として「墓」「埋葬」が産まれたのだ。ラルフォンは死後、ウッドバルトの城内墓地に埋葬された。十二聖騎士としては初めての死。少年はゲーム内を二年間さまよって、やっとチャンスをつかんだ。埋葬されたNPCの肉体は物理的に分解される。土の中に埋めると、ゲームの基礎的なプログラミングコードと中和していき、その姿はかたちを失う。一方、埋葬しなければ腐敗もすることなく、はく製のようにずっとその姿をとどめる。

 埋葬されたラルフォンの肉体は、ゲームのシステム内に還流されようとしてた。その隙をあの少年は見逃さなかったラルフォンの肉体を乗っ取ることは簡単だった。一緒に埋葬された【厳然げねんの槍】を使い、土中から這い出た。気が付けば二年近くも意識だけで漂流していた。

 不正ログインを繰り返し、NPCだったジャンヌを乗っ取った少年。今やジャンヌの父ラルフォンの肉体も乗っ取った、その少年の名は、立花悟と言った。自宅に引きこもる、十六歳の少年だった。

 今から二年前、悟の異変に気付いたのは母だった。引きこもったといっても食事もするし、風呂にも入る。トイレだって使う。だが、この二日ほどは生活音がしない。母優子は思い切って開かずのドアノブをそおっと回した。手に汗がにじむ。我が子ながら、我が家ながら、それは自分の「持ち物」ではない。別の誰かのもの、少なくとも自分の入り込む隙すらない、ヨソモノだった。だがそのまま放置はできない。

 優子はパソコンの前で微動だにしない悟をじっと見た。パソコンのモニターはスリープ状態だ。悟の首がぐらッとうなだれているようにも見えた。背もたれのクッションがフカフカのチェア、明らかにゲームをするためだったが悟のたっての要望で買ったものだ。首をしっかりとホールドする、そのチェアから悟がいまにも崩れ落ちそうだった。熟れて皮が黒くなったバナナがその重みに耐えきれず、ちぎれるかのように。

 意識不明、脱水症状、背中に褥瘡、血行障害、救急隊員が無線で受け入れ可能な病院を探している。我が子のことながら、どこか他人事のように優子は感じていた。現実味がない。引きこもりで私を苦しめるだけでなく、命を危険にさらしてまで、ゲームに没頭する。五年前からゲーム、オンラインゲームの世界にはまった。母と子の家庭、働きづめの優子は寂しい思いをさせて申し訳ないという気持ちも込めて、小学生の悟が欲しいものはなるべく買い与えていた。パソコンもオンラインゲームもまだ早いとは思ったが、別れた夫の血を引いているのか、興味の熱は冷めなかった。オンラインゲームの世界と現実の世界の境界線があいまいになってくる頃、中学校を休みがちになり、引きこもりになってしまった。

 優子の中で緊張の糸が張りつめる。それはいつ切れてもおかしくない細い糸だった。飛び交う無線、荒々しい言葉の応酬。ようやく受け入れ病院が見つかり、ホッとしたのか優子も救急車の中で気を失った。

それから二年経った今も、立花悟の意識は戻らない。それは邑先いずきも同じだった。二人とも、「ウッドバルト・オンライン・ワールド」の中で生きている。

 立花悟はラルフォン・ガーディクスとして邑先いずきへの復讐、ただそのためだけに「生きてきた」のだ。だが、依然として邑先いずきの行方は分からずだった。手がかりを知るのは、ジャンヌの経験値を盗んだ剣聖リヒトだった。


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