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【エッセイ】トイレの一部と認められた僕の健康診断

フリーランスの健康診断、僕は国民健康保険所属。年1回の特定健康診断が無料で受けられる。1万円相当。申し訳程度の健康診断というと、感謝の気持ちもないんか!となるが、毎月ウン万円取られてこれかぁ、というのが心の叫び。

検尿→血圧→身長・体重→血液採取→心電図→問診とコレが基本コース。僕はオプションに大腸がん検診+前立腺がん検診をつけている。(西暦の奇数年と言った縛りもある)

健康診断当日。最近は、朝ごはんを食べて行ってもいいらしく、6時に朝食を済ませた。コーヒーはやめておこう、言われていないけど。水をガブガブ飲んでおかないと、検尿で苦労しちゃうかも。というわけだ。

ガブガブだよ。ここ覚えておいて。

1.5時間ごとに、コップ150ml飲む。だいたい600mlほど飲んだかな、クリニックに行くまでに。

近づく出発の時間。ここで、一つの難題分岐点に達するわけだ。

"To be or not to be, that is the question"
オシッコしてから行くべきか、我慢すべきか!

シェイクスピア『ハムレット』より

自宅からクリニックまでチャリンコで10分。たかが10分。アップダウンの多い道だ。砂利道もある。振動がサドルから流星のように伝わるあの道。

こんなに、膀胱に検尿貯金をしたままでたどり着けるだろうか。振動で揺れるあの道を、15年ものの錆びだらけのチャリンコが走破できるのだろうか。

不安なことはほとんど起きない!そういうけれど、この場合の不安が起きた結果は「お漏らし」だ。社会復帰までに時間がかかる。平均寿命ぐらいまで生きるとしても、あと30年ほどしかないわが身。これから、その重荷を背負うだけの体力は心に持ち合わせていない。

意を決する。なんってたって、人間ってのは、1日に水2L飲む必要があるって言われているんだぜ。うち、食事から0.5L、体内で生成するのに0.5L、ほら飲料だけなら1Lじゃないか。そのうち600mlは既にクリアしてる。そして全て、検尿貯金している。

今時点でおそらく1Lは溜まっているはずだ。そのうち、排出可能量は500ml。腎臓の働きっぷりは、目を見張るものがあると評価している。

決断!を下す!!コマンドは以下の二つだ!

【作戦名:ガンガンいこうぜ】:クリニックまで我慢
【作戦名:いのちをたいせつに】:家でトイレに行っておく

検尿(K)貯金(C)=KCは100だ

クリニックまで我慢は無理だ。道中自転車で死のデスロード(死が二つかぶる道)を走破したとしても、クリニックで待たされたらどうする?去年は1時間近く待ったぞ。待ちに待って、我慢できずにトイレ!そのあとに、検尿コースだともう、空っぽ間違いなしになる。これはリスク満点だ。

ヨシ!僕が選んだのは

【作戦名:いのちをたいせつに】:家でトイレに行っておく

トイレに行こう。大人の決断たるもの、こういうもの。リスクを最小限に。そうそう、クリニック検尿用に少し残しておけばいい。まるで、ホールのケーキをつまみ食いするかのように、少し残しておけばいい理論を構築。

ここで皆さんに問いたい。そんなねぇ、都合よく残しておくなんてできます?ケーキの話じゃなくて。生理現象の話ね。

予想以上のスッキリさと引き換えに、検尿貯金は空っぽに。時間が近づく。行かねばならぬ、いざクリニックへ!!!ちょっとした後悔を胸に。だが前回みたいに1時間待たされたら、俺の腎臓がいい仕事しててくれるはずだ。(たぶん、腎臓の働きが左右すると思ってるだけね)

クリニック着。10時ギリギリ。道中の死のデスロードも、なんのその。むしろあの振動のおかげで、新たな検尿貯金ができたであろう!

受付を済ませる。ロビーには40人ぐらいのウェイティング患者たち。健康診断ばかりではない。普通に診療や通院に来ている患者もいるのだ。それが地元のクリニックだ。

「これは、えれぇ待たされんな」どう考えても、去年の流からすると一時間は確実。問診票をちゃちゃっと書いて、ベンチに腰掛ける。リュックから本を取り出し、長期籠城戦へと相成るわけだ!

「僕(僕の苗字ね)さーん」

受付から声が聞こえる。まだ10時10分。何々?血圧でも測るの?据え置きマシーン空いてる内に測れってか?流れってもんがあるでしょうが。検尿→血圧ってゴールデンコースが。尿が取れてないと、不安で血圧も上がろうってもんよ。わかる?それとも、何か問診票に不備でもあったかい?

って感じで受付に行くと。

「検尿からお願いします」と。確かにスタートは間違ってない。

い、いや!早くない?

死のデスロード10分+クリニックでの待ち時間10分=20分で試される俺流検尿貯金術、みたいな話になって来たヨ。

「いやぁ、来る前にトイレにいきましてぇ」とは言えない。会社員時代を通算すると、25回は健康診断を受けている身だ。もうプロだよ。後輩もたくさんいる。そんな私が、えぇ!「検尿あるとわかっていて、トイレに行ってきた?バカなの!!」のそしりを受けること間違いない。

コーヒーショップなんかで配られている試飲のカップみたいなのを渡された。その角曲がってトイレに行けと。専用のトイレがある。鍵を閉める。真っ暗なトイレは人感センサーでライトが灯る。まるで、ようこそ検尿の世界へといった、歓迎モードすら感じる。

カップを見つめる。あれ!昔は「ここまで」って線引いてたけど、外側に。あれ、カップの表面張力ギリギリまで入れる人いるからって、聞いたけど。看護師さん取材したときに。

「どこまで入れたらいいねん!」

というツッコミは成立しない。なぜなら、この時の僕は

「どこまで、入るねん。」

という程度の検尿貯金だからだ。ほんの20分前、誘惑に駆られた。

【作戦名:いのちをたいせつに】:家でトイレに行っておく

ベストな選択をしたはずだった。とにかく、漏らすといった生き恥をさらすことなく、クリニックに着いたわけだからヨシとせねば。ポジティブシンキングを加速させる。同時に、腎臓がこっそり仕事をしていることを祈っている。別名“沈黙の臓器”、腎臓よ!職人ってのは、寡黙であるべきだよナ!

いざ、検尿。予想通りだった。出ないんだよ。空っぽなんだよ。尿ってのは、腎臓ひとっくくりで作るって考えちゃぁいけねぇや。

腎臓の「糸球体」「腎盂」、そして「尿管」から「膀胱」へ。そして「尿道」だ。リレーなんだ。魂のリレー、いま、バトンミスが起きてるのか!!

「出ません」ほとんど「出ません」。ケチな試飲よりも少ない。絞り出したものの、体感1.5cmほど。底から上へと容積が大きくなっているから、底に1.5cmだとこりゃぁ少ないと感じるわけだ。

なんとか、イメージを重ねる。こうなれば、腎臓から尿道たちにだけの責任じゃない。主管部門「脳」こと「大脳」に指示をだす。

・イマジネーション1):解放的な場所。そう、海!海のなかで放尿!したことねーよ。
・イマジネーション2):草原で、ひとり放尿。ないわ。ますますイメージできるか!
・イマジネーション3):小学生五年生の時に、なぜかお漏らししたあの日のイメージで放尿!トラウマに塩とキムチを刷り込むな!!

我が放尿イマジネーション

ということで大脳が機能しないまま、人感センサーライトが消えた。微動だにしない僕を、もはやトイレのオブジェと認定した瞬間だ。

急いで身体を揺らす。センサーが認識した。ライトが灯る。再びウェルカムモードへと移行!!!身体を揺らした拍子に、カップから大切な検尿が零れ落ちそうになる。(検査用の尿のことを、ここでは検尿と表記統一しています)危ない。どんなトラップや、とツッコみいれる。

もう出ないか、諦め。奇跡は起きないか。ここで、あと40分粘るか!無理だ、次が来る。しかも、忽然と神隠しにあったオッサンを探しに来たら大変だ。

トイレにこもる50歳フリーランス・自称コピーライターが●●クリニックトイレに立てこもっています!!!右手に何やらカップと液体を持っています。危険です!

なんて、報道妄想が入るわけだ。トイレに入りどれだけ経っただろうか。立ち小便器の前で右手にカップを持つ僕。気が付くと目線左に、検尿提出用のすりガラスの小窓が。こちら側(検尿採取する人・僕側)と向こう側(検尿をピックアップする人・看護師さん側)がつながっている。検尿の三途の川だ。

すりガラスをあけて、カップを置いた。諦めたのだ。もう無理だから。すると、向こう側が開いた。看護師さんと採取した検尿カップ越しに目と目が合う。「まだ、いたんか!」と思っただろう、でも第一声は「キャッ、びっくりした!」と言われたのだ。

意を決する。再採取も辞さない構えで、質問をした。

「あのー、これ、足ります?」

恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。状況が恥ずかしい。長いこと籠ってコレ的な恥ずかしさ。尿が見られることじゃなくて。

看護師さん、マスクしているので、目しか見えないが。

「じゅうぶん!多いぐらいやで!」と

おおお、「多いんかい!!!!」
そのツッコミともいえない、心の叫びが放たれたと同時にライトが消えた。人感センサーが再び僕をトイレ内オブジェと判定した瞬間だった。正式にトイレの一部になったのだ。

その後、血圧を測り一通り健康診断を終え帰宅した。血圧測定時にもひと悶着エピソードがあるがそれは次回に。

結果発表は、来週だ。大人の成績表・通信簿みたいなもんだ。それはそれで、緊張するってもんだよ。

おわり

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