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拗らせ男子、短編小説入門。(6杯目)
気づいた時から我が家の環境音は業務用の台所で、料理好きの父が台所に入ると何か美味いものが出てくるというセンサーが備わっていた。
とはいえ私はそんな料理をうまそうに食べる天才と評されておきながら、そこまで料理に興味関心を持てていない、いや、どんな角度で見たら興味を持つのかを未だに知らない。
台所は父の仕事場という印象が強い。父の思い通りの空間があり、物があり、導線がある。そこに少しでも本人の気に食わない障害があれば関西仕込みの喝が耳をつんざく。
そんな記憶が私の興味関心を遠ざけてしまったような気もする。
焼きついた記憶というのは面倒なものだ。
わりと気にしている。
隣のごちそう
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マキの隣の部屋に、新しい住人が引っ越してきた。大家によれば「大学の食堂で働いているらしい」だけで、朝早く出かけるのか、物音ひとつしなかった。
マキは仕事を辞め「自由の身」だったが、次の仕事を探す気にはなれず、ただ漫然と日々を過ごしていた。
今日は昨日の繰り返しで、明日は今日の繰り返しです。
そんなある夜、隣の部屋から料理の音が聞こえた。
どうしたことでしょう。いくら壁が薄いとはいえ、壁越しに聞こえてくる
のはいかにも不明瞭な音で、にもかかわらず、その音は何か心地のよい音楽
のようにリズミカルに響きました。そのリズムにマキの体が動いたのです。
そういえば、マキの友人─軽食堂のシェフをしているNさんが云ってい
ました。
「料理はリズムが命なんだよ」
さらに「じゅっ」という決定的な音が響き、窓の隙間から甘い香りが漂ってきた。それは卵焼きの焼ける匂いだった。
マキは衝動的に思う。
「卵焼きをつくりたい」
食べたい、ではなく、つくりたい、だった。翌日、調理道具や食材を買い揃えた。初めて夢中になり、時間が足りないと感じた。レシピを覚え、卵を焼くと、昨夜と同じ音と香りが広がった。それは驚くほど簡単で、美味しかった。
それから毎晩、隣の料理の音と匂いを手がかりに、マキは翌日同じものをつくり続けた。「生姜焼き」「鯖の味噌煮」「コロッケ」。隣人は静かな人で、顔を見たことはなかったが、料理の音だけは身近に感じられた。
十日目、隣人は料理をしなかった。マキは何をつくればいいのか分からず、レシピ本をめくった。そして翌日、初めて「つくりたい」ではなく「食べたい」と思い、カレーをつくった。
翌晩、いつものように隣の料理の音が聞こえたが、途中で隣人がくしゃみをした。若い男のひとのくしゃみに聞こえた。
「ふうん、そうなんだ」
そして次の瞬間、窓の隙間から香ってきたのは――カレーだった。
いろいろ現状に突き刺さる言葉の数々だったが...
そうか「リズム」か。
自分でもコーチングの一環でリズムについて語ったことがあったような。そして、自分の心地いいリズムをつくる上でいつも重要だと振り返るのは、身体はもちろん「道具」のような気もしている。質感、バランス、そして重さ。ラケット、カメラ、一枚板、ギター。全て自分で聞いて、見て、触って、持って。
お互いを気にせず一緒に気ままに夜の街へ出かける飲み仲間が一人だけいて、彼の飲食時代から使い続けてきたマイ包丁を持たせてもらった時の重さはそういえばまだ記憶の端に残っている。その包丁でタンの皮を削いで。やっぱり道具はいいなと。
「シェフ」という洋画をいつだか見た。プロの料理人である父が今まで息子パーシーと本当の意味で時間を共にできなかったことから物語が始まり、息子とゴミのように汚い年季の入ったキッチンカーを掃除し、シェフナイフを息子にプレゼントして旅に出る場面が脳裏に焼き付いている。買ってもらったのは「プラスチックハンドルの6インチのシェフナイフ」だ。
「本物だ。おもちゃじゃない。分かるな? よく切れるから、気を抜くと 救急車が飛んでくるぞ。使い方を教えてやる。このナイフは、厨房のものじゃなく、シェフのものだ。だから、常に、鋭く、きれいに保ち、紛失しないようにするのは、お前の責任だ。できるか?」
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自分の中で少しハードルを下げてみる。
あのラーメン屋の定番サイドメニュー「小松菜」。小松菜と黒キクラゲと薄く切った筍をニンニクと中華鍋でザッと炒めた感じ。最近父がしれっとつくって夕飯に出てきた「ほうれん草」。あれもバター塩コショウにさっとオイスターソース、そして、やはり中華鍋でザッと。そう思うと最近台所で毎日のように音を立てる中華鍋なんなら出刃包丁にも段々と興味が出てきたようにも思える。
これなら体が動き出せるかも...しれないような。
父が居ない隙を狙おう。
全く記憶というのは面倒なものだ。
あ、そうそう。
ダンジョン飯は全くつくりたい欲には繋がらなかった。