見出し画像

ヤマザキと化した男。(前編)

注:ヤマザキ アソシエイト・プログラムに参加しています。

なんてものがあったら喜んで参加しよう。

時間は遡り、コロナ禍真っ最中入社3年目に差し掛かろうとしていた私は、平均開発期間1年ちょいの仕事を指示が下りるがままに経験し、プログラミングが全く板につかない疲労した脳みそはまさに社畜と化していた。

中規模以上のプロジェクトを回す私の部署も、コロナの影響か否か業績悪化という悪循環だ。そんな中参加したプロジェクトは、某製パン会社の物流システムの案件であった。

そして、私の人生は「転がる岩、君に朝が降る。」が如く走り出した。

リモートワークが当たり前になった職場では、プロジェクトが開始次第自宅でディスプレイ越しに参加メンバーと挨拶を交わす。もちろん先輩社員もいるため心強いけれども、緊張なんだか味気ないんだか当時の私は混乱気味だった。

こんな世の中のためかお客先の現場を見ることも叶わず、私の頭の中の某製パン工場はジャムおじさんのパン工房程度の解像度だ。工程が進み気づけば、連絡手段や朝会での打ち合わせは音声とテキストに。仕事における臨場感や緊張感がないまま私は、かびるんるんが如くギターやらソロキャンプやら一人旅やら何にでもとりつくのだった。もちろん先輩社員と会社帰りに飯を食べに行くなんて場面は、遥か彼方に追放されてしまった。

そして、この仕事も1年が経ち、納品されたシステムの展開作業に入った。そう全国出張だ。もう一度言う全国旅行だ!という具合に即座に脳内変換された。出張先での仕事が終わり次第タクシーを呼び、気になる場所ができればまたすぐにタクシーを呼び、何度目かの電話でついに「あ、先ほどの塩顔さんですね。今どこですか?」と名乗る前に認知されるまでとなった。もちろん地図にも乗らない地元のバーだとかは息を吸うように開拓し、私の若き食欲と探求心はようやく満たされたのだ。

結果として私は、現場を見なければ仕事なんてものは身が入らないことを痛感するわけだが、時すでに遅し。気づけばテニスコーチになっていた。

ジョブチェンジによる影響はあまりにも大きく、収入的にも精神的にも落ち込んだわけだが、まだ体を動かしているだけマシだった。研修を終え自身の仕事もだいぶ落ち着いてきた頃、私の一週間のスケジュールといえば、レッスンと養鶏場の行き来、唯一の休日である月曜にはひとり呑みに出かけ、週に一回は必ず珈琲倶楽部とラーメン屋に通っていた。

さて、仕事終わりにいつものようにマイホームであるラーメン屋nene(ネネ)に顔を出す。neneは商業ビルの一階の柱のような空間の中に店を構える一風変わった立地のお店だ。案の定店内は狭くコの字型のカウンターに、自称台湾語が話せない台湾女性が頭にターバンのような布を巻き気持ちよく料理をしている。実家に帰るが如く店主に挨拶と雑談を済ませ、少し酔いつつ透き通ったスープの牛すじラーメンを注文した。ここは麻婆ラーメンや刀削麺がメインだが何を食べても美味く、特にサイドメニューの炒め物である小松菜はラーメンを食べない日には必ず注文してしまう。

ラーメンを食べ終え、店を出ると時間はもう夜11時。ド平日であったためか周囲には人気もない。最寄りの横断歩道を渡りきり、続いてシュッとしたスーツを着こなす如何にも年上な紳士もタクシーを捕まえようと横断歩道を渡り終える。
あまり見ない風貌であったためかそばでタクシーが捕まるのを見守っていると、紳士も私の仕事終わりとは思えないカジュアルスポーティな風貌に
「お兄さんタクシー待ってましたか?」
と声を掛けられた。
「あ、いえ。」
と返事をした瞬間、運悪く止まりかけたタクシーが走り去ってしまった。紳士は行ってしまったと言った表情をしながらも、すぐ私に振り返り
「ハハッ、行っちゃったね。」
とはにかんで切り替えたかのように続けて話しかける。
「お兄さん地元の人?実はそこのビルの3階のba barってバーで飲んだ帰りでさあ。」
neneと同じ商業ビルのバーだ。私はこれでも縁あってこのビルに詰め込まれている飲食店の常連客のためすぐ反応した。
「40代の女性がひとりババアって呼ばれたくて始めたお店ですね。」
と切り返した。すると紳士はとても嬉しそうに反応し、予約しているホテルまでの帰路を共にすることとなった。

歩きながらこの街の飲食事情やもちろん仕事の話をしながら、紳士は見た目の通りというか、とある会社の代表を務める正真正銘の紳士であることがわかった。まあこんなことは夜出歩いていれば当たり前のことなので特段驚きまではしない。素直にその会社の事業内容がいつものように気になり話が弾む。紳士が泊まっているのは近年できたアパホテル。お互い話が弾みすぎてこれでも結構酔っている紳士は
「コンビニで朝食買おう、行くぞ。」
とホテル向かいのデイリーヤマザキ(以下ヤマザキ)に駆け込んだ。酔った勢いで私も
「ヤマザキなら任せてください。」
と明らか相手の方が経験豊富そうなのに先導し始める。それにつられて紳士も
「君のセレクトしたやつ全部カゴに入れてちょーだいっ。」
とノリノリだ。

店内を駆け巡りながら私の頭の中には、全国出張の際の工場でパンに囲まれた日々、峠を走りまくった際のヤマザキとの思い出、養鶏場の社用車で移動中欠かさず寄り道したヤマザキとの思い出、等々走馬灯のように蘇る。

もちろんこんな時間のため「焼きたてパン」やら「手作りおにぎり」なんてものは品切れだ。それでも空気の入る隙のないピチッとした包装が手に収まるフレンチトーストだったりを記憶の限り漁りまくり、カゴはそれなりにいっぱいになった。

最後に必ずコーヒーを頼み、中が透けて見えるコーヒーマシンに漢心をくすぐられつつも、マシンの受け皿は他のコンビニのマシンと比較にならないほど「傘が掛けやすい」というどうでもいい発見に二人ではしゃぐ。

こうして私はヤマザキと眠った。

つづく。

いいなと思ったら応援しよう!