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板倉梓『瓜を破る』9巻レビュー

 本日、板倉梓『瓜を破る』最新刊9巻が発売になりました。私は8巻の後から本誌で連載を追っています。まとまりとして捉えて初めて気づいたこともありましたので、9巻発売を記念してレビューしたいと思います。やはりきれいな構成だなとか、台詞に出ていない情感が素晴らしすぎるとか、思うことが多々あり、これからもずっとまい子と鍵谷を見届けたい……!! と心を新たにする、そんな最高の新刊でした。
 完全にネタバレありですので、最新刊までお読みでない方は、以前の記事をご覧いただければと思います。


会えない時は……どうしたらいいんだろ

 6巻でストーリー上の大きな山場を迎えた『瓜を破る』でしたが、続く7〜9巻が3巻構成になっていて、今回最後に収録されている63話がその大オチになっている、と概観することが出来そうです。
 始まったばかりのまい子と鍵谷のお付き合い、7〜9巻においてその進捗は、2度の逢瀬と、その後お互いの仕事の事情等でなかなか会うことができない様子が描かれました。
 お互いに働いていて、休みのタイミングが違ったり、繁忙期だったりすると、恋人に会う時間すらとれなくなるのもままあることですよね。あるあると共感する読者も多いのではと思いますが、この試練に2人は何を思うのか。
 7巻、8巻ではそれぞれ、ラストの収録話である49話、56話で、「会いたいのにタイミングが合わなくて会えない」という状況を鍵谷側とまい子側の視点で描いています。
 鍵谷はまい子との働き方のギャップを感じて、自分が持っているものの少なさを痛感しますが、そこで腐らずに、資格取得を視野に入れて行動し始めます。
 まい子は、急に鍵谷が忙しい様子なのに理由がわからないことに不安をつのらせ、会えなかったことに強く落胆してしまう。
 それぞれが発する「重いな」と「私ばっかり 好きみたい」は、表現こそ違えど、どちらも、会えなかった寂しさと失意の強さを自覚するゆえに出てくる言葉です。
 読者視点では2人とも同じくらい相手のことをとても恋しく思っていることがわかっているから、「早く会いさえすればきっと悪いようにならないはずなのに……!」とはがゆい思いにさせられます。
 それぞれが孤独に抱えた気持ち(と読者のやきもき)は、9巻ラストの63話で情緒たっぷりに浄化されます。

ぎこちない距離感も

 たび重なるすれ違いを経てやっと出会えたまい子と鍵谷(62話)。しかし、久しぶりということ、そして電話で気を悪くさせてしまったという後悔、その後連絡も遠慮がちになった(回数が減った)ことが尾を引いているのでしょう、せっかく会えたというのになんとなくぎこちない雰囲気です。付き合い始めた直後も3週間ぶりに会っていました(47話)が、その時と比べても距離感がまったく違います。
 47話では鍵谷から自然にキッチンのまい子の傍へ寄っていき、まい子も肩をくっつけて座り、自撮りをしていた会話の延長でキスが始まっていました。
 対して62話では、まい子は、デートのために整えたコンディションが台無しなうえに、ご飯を出せないことに引け目を感じてしまい、座る位置があからさまに離れている上、黙りがちになってしまいます。鍵谷のほうも彼女のぎこちなさを感じとり、緊張したり「どうやって/距離詰めてたんだっけ」と躊躇したりしていて、考えるまでもなく触れ合えていた時の感触とは違います。
 ただし、このぎこちない距離は、関係の後退を意味するものではありません。交際前の、距離が縮まる一方だった時期を経て、長い時間を共有するなかではタイミングが合わないことや、食い違いも発生して当たり前です。この過程は、2人の関係性が経験値を積んでいる途中であるということの証明だと思います。
 まい子のことを知ろうとする質問を糸口として、他愛無い会話で空気が緩んだり、照れながらキスをする姿を見ていると、ぎこちない時間すらも貴重な2人の歩みであって、愛おしいものなのかもしれないと思えてきます。

好きの一言

 続く63話では、2人の気持ちがより深く繋がります。

まい子(涙を滲ませながら)「……鍵谷さん」「好き」
(鍵谷驚いた表情で)
まい子「好きだから……/この前は電話切ったりしてごめんなさい」
「好きだからなの」
(略)
鍵谷「………オレも」「………好き」(鼻をすすりながら)
まい子「うん」

板倉梓『瓜を破る』63話より

 まい子の想いにこたえ、セックス中に抱きしめながら「好き」を返す鍵谷、そして涙ながらに安心した表情のまい子は、初体験の夜(41話)のリフレインになっています。
 そして全てを語らない台詞が、言葉にできない程特別な想いの表現として素晴らしいです。

 まい子の言葉については、理乃との対話が下敷きになっていますが、「好き」と「電話を切った」ことの間の言葉が省略されています。「好き、だからすごく会いたくて仕事を頑張ったし、それなのに会えなかったことにいじけてしまった、それが一方的に電話を切るという態度に出てしまった」ということは説明されてはいません。この空白を、全て鍵谷が察せたのかどうかは、わかりません。
 でも、鍵谷が驚き、そして動揺し涙ぐみ声を詰まらせていること、それだけでまい子にとっては(読者にとっても)十分、「想いが伝わった」とわかります。
 62話では、多少のとまどいがあっても鍵谷らしい落ち着きを失わない姿に(少なくとも私には)見えていました。でもそうではないのだな、と。鍵谷にとってまい子の「好き」は重いのだなと。見せていなかった思いが彼のなかにもあったのだなと、納得とともに、切なくなる。彼の涙が含んでいるのは、おそらく、49話で予定をキャンセルされて寂しかった、それを素直に伝えられなかった時の気持ちや、あの電話のことを「嫌な気持ちにさせちゃったよな…」と感じていたりLINEの回数が減ったことに気がついていること、自分の方ばかり先走っているのではないか、「重い」のではないかと内省していること。そうしたことが全て去来して、ないまぜになり、「オレも好き」の一言に集約していったのだろうと思います。全部を言い表すにはあまりにも足りない。それでも2人の間の気持ちの交換としては、十分でした。
 この話は、鍵谷が過去のトラウマを告白した際の「ーー鍵谷さんの気持ちが あふれて 流れこんでくる」(22話)や、「心も体も/全部/触れ合えてる感じがする」(41話)と並んで、『瓜を破る』の、思いを通わせる体の触れ合いは最高に気持ちいい、というコンセプトを体現したシーンだったと思います。

 気持ちの大きさに振り回され、辛抱する時間が長かった7巻以降。63話事後の会話で、お互いがどんなことを考えているのかを知るフェーズに入ってきていて、やっとここでバランスがとれたんだなと感じられました。ふたりがこれからもちょっとずつ足並みをそろえて歩んでいくんだろうなということが信じられる結びになっていました。今巻もありがとうございました。

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