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たい焼きの匂いのする犬の話

6/15 実家の犬が亡くなった。
今日、6/16に15歳になるはずだった。
犬としては大往生だ。ダックスだからヘルニア気味だったし、食いしん坊で胃腸をよく悪くしてはいたが、長く寝たきりになるような病気もせず、その朝も好き勝手にちゃっちゃかちゃっちゃか爪でフローリングを鳴らしながら歩き回っていた。心臓発作だった。
奇しくも私は、盆頃は帰れないだろうということで、ちょうど一年の半分になるということで6月中旬に有休をとって実家に帰っていた。
しかし最期を看取れたわけではない。
15日に実家から自宅に帰るために出発したのが午後イチ。まだその時にはリビングにすっくと立って私を見送っていた。その日の夕方、私が東京の自宅に帰りつく時間ごろに亡くなったそうだ。その知らせに気付いたのは亡くなった報告が家族LINEに送られてから一時間後だった。
普通だったら盆まで、あるいは年末まで帰る予定はなく、半年会わないままで、奴の訃報を平日の仕事中に聞くことになっていたのだと思うと、何か運命の様なものを感じてしまう。
奴は私に最期の直前まで元気な姿を見せてから逝ったのだ。
火葬は明日行われるらしい。
もう魂はどこかに行ってしまったかもしれないが、
私の愛したたい焼きの匂いのする毛皮は明日灰になる。
その前に文章を残したいと思った。
思い出話はまたするとして、
奴がどんな犬だったか。


  • 腹の毛をかぐとたい焼きの匂いがした。

  • 肉球はもっと香ばしいたい焼きの匂いがした。

  • 腹の毛は焼きハラスみたいな匂いだったなとも感じる。

  • 口は少なくとも晩年は臭かった。良くない魚くらい生臭い。

  • 歯磨きガムを食うのが習慣化していたが、一口で食っていた。

  • というか食べ物は老犬になってもがっついて食っていた。

  • 腹の毛を嗅ごうとすると寝転がっているときは足を開けてくれた。

  • モモの付け根が柔らかくて、心臓の音がして、お日様の匂いがした。

  • モモが美味そうだった。

  • レッドっていう毛の色で、子犬から若い頃は背骨に沿って黒かった。

  • 老犬の頃は全身レッドで、口と目のあたりだけうっすら白い。

  • いつまでも子犬みたいに若々しい顔で、子犬みたいに甘えた。

  • 母に懐いていて、母と誰かが接触すると焼きもちを焼いて吠えた。

  • 誰かが帰ってくると元気よく飛び掛かってきて、何故か家中を走った。

  • お客さんが来るとテンションが上がり過ぎておしっこを漏らした。

  • 老犬の時は老犬らしくおっとりしていた。

  • でも甥姪とか幼児が来るとハキハキしていた。負けず嫌い。

  • たぶん私を舐めていたのでよくケンカを売ってきた。私が負かした。

  • 長い耳によくわからんポケットがついている。みんなそうなのかな?

  • 長い耳をめくられるのが好きじゃないのでめくるとすぐ下した。

  • 長い耳をめくって息を吹くとびっくりするのでよく悪戯してしまった。

  • だから長い耳をめくると察してすごく警戒する。

  • 端正な顔だった。贔屓目じゃない。本当のこと。

  • 犬としてかわいい顔じゃなくてたぶん人間でも端正だったと思う。

  • 長毛種なので定期的にトリミングに行って短くしてもらった。

  • しっぽの先だけ毛を残してイヌ科なのにライオンみたいにしていた。

  • 毛を刈った後の感触が好きで「生絨毯」と呼んでいた。

  • 首あたりの皮が余っていたのでよく揉んでいた。

  • 後ろ足も前足もぶん投げて伏せているときの尻が好きだった。

  • ときどきツチノコみたいになっているときがあった。

  • 絨毯の真ん中で寝ているときに毛布を腹にかけるとそのまま寝ていた。

  • 仏間の窓際の板間がよく日が差すので、よく日向ぼっこをしていた。

  • 仏間は基本襖が開いているので、廊下から犬が寝てるのが見えた。

  • ぬいぐるみは与えた瞬間に破壊される。

  • 特にボタン的な目や鼻は全部もがれる。

  • 仏間でぬいぐるみに腰を振っていたのにたまに遭遇して気まずかった。

  • 去勢したんだけど興奮するとないはずのきんたまがあるときがあった。

  • ボールはあんま取ってこなかった。

  • 待てとよしとふせとゴロンを覚えた。

  • 「ゴロン」と言うと腹を出した。クロワッサンに似ていた。

  • おすわりは覚えなかった。

  • 「しっぽ」というとなぜか股間を確認する。

  • だから興奮して吠えてる時は「しっぽ」と言って鎮静化させていた。

  • 子犬の頃よく吠えたし元気があり過ぎた。

  • ので、私がグロッキーになったことは未だにからかわれる。

  • 子犬の頃の躾は小学生だった私が担当した。

  • 噛むことは痛いということを教えるために、噛まれたら耳を嚙んだ。

  • 必死で、正直適切でないこともしてしまった。

  • 私の手のひらを近づけると怖がっている気がする。後悔してる。

  • 耳の付け根をかかれるのが気持ちいいようだった。よく寝た。

  • 耳の付け根をかくと後ろ足がかくように動いた。届いていないのに。

  • どんなに怒って歯をむき出しにしても、決して本気では噛まなかった。

  • 自分の足や、毛布や、人の腕・足を執拗に舐めた。

  • 心配するぐらい一回舐めだすとずっと舐めたが、どうやら癖らしい。

  • 自分の足なんか毛がちょっと禿げたんじゃないか。

  • 父の顔なんかもよく舐めた。一番舐めたのは母の腕だろう。

  • めちゃくちゃ舐めるから時々柔い舌をつかんだ。当然嫌がられた。

  • 体調を悪くして不安になると、ぶるぶるふるえてしがみついてきた。

  • 不安だと首元までしがみつくように登ろうとしてきた。

  • 人の腕で全身包んでやれるから、小型犬でよかったと思う。

  • 不安を取り除きたくてできる限り腕を回したが、正解は不明だった。

  • 小型犬だがミニチュアダックスにしてはけっこうでかかった。

  • 食いしん坊なので人の食べ物は基本もらえると思っていた。

  • ヘルニアの危険があるのに食べ物欲しさにめっちゃくちゃ跳んだ。

  • キッチンのカウンターに届くくらい、とんでもなく跳んだ。

  • ときどき失敗してこけていた。

  • まったくへこたれなかった。

  • 調理中は事故で何か落ちてこないかと台所をうろついていた。

  • テーブルで何か食べてる時も必ずうろついていた。

  • あげれるものを調べて、ちょっとあげていた。

  • 食い意地が張り過ぎていた。それは家族にそっくりだった。

  • カロリーが無いものは口にしてもすぐ出した。

  • テーブルの下で物をくれる人を見分ける力があった。

  • ささみを毎日あげていた。

  • ドライフードをお湯でふやかしてあげていた。

  • 薬は特に拒絶せずに口にしていたと思う。

  • 自分のことを人間だと思っていたか、私のことを犬だと思っていた。

  • 10歳は下なのに私の保護者だと思っている節があった。

  • 怒っているとき、長い体をほったらかして、頭だけで戦っていた。

  • へそ天状態なのに歯をむき出して頭だけぶん回して戦っていた。

  • お腹をつついてもへそ天のままなので、大丈夫かこいつと思った。

  • ブラッシングが嫌いだった。私が下手だったのかもしれない。

  • 黒っぽい服には毛がよくついた。

  • しっぽを振りすぎるとおしりが一緒に振れているのがかわいかった。

  • 階段も登ってくるぐらいエネルギッシュだったが、晩年は登れなかった。

  • かまってほしそうにやってきたかと思えば、鼻息一つで去った。なんだよ。

  • 若い頃は長い長い散歩をした。往復で1、2時間の。

  • 奴がいなかったら行かなかった道や気付かなかった脇道がある。

  • 腹毛を草だらけにして帰ってきたときは、母にバレないように洗った。

  • 晩年は犬は家の前の道路を歩くぐらいの元気しかなかった。

  • 年末年始に一人で近所を歩いた。

  • そこかしこに犬と歩いた思い出があって参った。

  • 犬とならどこまででも行けた。

  • 終わりの見えない河川敷を、夕日に向かって歩いた。

  • 猫がやたらいる家の前で犬と猫を見てたら、追い払われた。

  • 誰も来ない山の中の石碑の前で休憩した。

  • 獣道みたいなところも行った。

  • 私が歩道橋から見る景色が好きだったから、ちょっと待ってもらった。

  • あくびは口が裂けるぐらいしていた。

  • 道のにおいをずっとずっと嗅いでいた。ばっちいものも鼻をつけて嗅ぐ。

  • あんまり動かないからリードを引っ張り過ぎてしまったかもしれない。

  • 先を歩こうとすると追い越してきた。私も譲らなかった。

  • 冬は迷彩柄のダウンみたいなの着せていた。

  • 道の真ん中で催す癖があったのでやめてほしかった。

  • 一回道の真ん中にした後、袋がないことに気付いて焦って取りに行ったことがある。

  • リードが絡まると自分で足を上げて避ける。賢かった。

  • 信号が変わった瞬間に一緒にダッシュしたりした。

  • 部屋にいるとき足で撫でくりまわしていたりした。

  • 足で撫でると母が咎めたが、犬と私にしかわからない信頼だった。

  • 主に母、ときどき私の風呂について行っていた。

  • 大きい洗面器にタオル敷いた床に入って、風呂のフタの上に載っていた。

  • たまに風呂の水を飲んだ。

  • 濡れるのは嫌いなようで、シャンプーも好きじゃないようだった。

  • 暴れこそしないが渋い顔をしていた。

  • 「まだですかぁ?」みたいな顔したし、ヒューンとか言ってた。

  • ドライヤーかけてると股間の間に必死に逃げ込もうとした。

  • ドライヤーをかけてから開放するとめちゃくちゃ走り回った。

  • 足だけの時は拭いた後に家中走った。

  • 稀に夜、遠吠えをした。

  • 舌をしまい忘れたところは見たことがない。

  • 口の端が黒いゴムパッキンみたいで、めくると城の城壁みたいだった。

  • 口の端はめくってもあんまり怒らなかった。

  • 歯磨きはブラシでも手袋でも何してもイヤがった。

  • 真っ黒な肉球だった。よく歩いてくれたから。

  • 夜になると両親の寝室で寝た。

  • 私と一緒に寝せようとしても途中で去るので諦めた。

  • 母と出かけて、車に私と残されると母恋しさに悲痛に鳴くのでなんか悔しかった。

  • 朝、私が起きてこないと母が私の寝ている部屋へけしかけてきた。

  • 顔を舐めに来るので起きざるを得なかった。

  • 起きるとわかると満足げに部屋を去っていった。

  • 布団に引き込んで二度寝に付き添わそうとするけど、つれない。

  • 次兄は二度寝寝かしつけに成功したことがある。

  • 私と二人きりの時は両親の寝室で、一緒に昼寝をした。

  • 犬以外がみんな外出するときはなんとかついて来ようとした。ごめんな。

  • 引き戸(襖じゃない)は自分で開けられた。

  • 開かないドアはひっかいてアピールした。

  • 不満そうな声を出すのが得意だった。

  • 時々犬語で文句を言ってきたので人間語で諭した。

  • 寝言を言ったり寝たまま走っていることがあった。

  • 不満な時くしゃみをした。

  • ダル絡みされると横目で見てくる。

  • ビビり。遠くからは他の犬に吠えるのに、近づくにつれ無口になった。

  • 稀に来る親戚の小柄な女の子の犬に負けて逃げ回ってた。

  • ブリーダーさんから譲り受けた犬。

  • なので妹がいたが、一緒に遊ぶ機会には早速マウントを取られていた。

  • 内弁慶なところがある。

  • 足の間に丸まって入ったり、わきの下に顔突っ込むのが好きだった。

  • よく人間の足がしびれてしまった。

  • 股間のにおいをかぐのも好きなのでちょっとやだった。

  • こたつに潜るのが好きだった。

  • 爪がフローリングにちゃっちゃっと当たって鳴る。

  • 自分の名前がわかっていたのか最期まで不明。

  • 日向ぼっこが好きだった。

  • よく床に落ちていた。

  • 若いときはスリッパをめちゃくちゃ持ち出した。

  • 玄関マットもよくめちゃくちゃになった。

  • 自分が悪いのに逆ギレすることがあった。

  • お前が悪いんだよ、と説くと「ヘュン」と鼻鳴らして不満そうにする。

  • ちょこちょこ小賢しかった。おやつをもらうために。

  • 目は少し白かったが悪くはならず済んだ。

  • テレビや音声に全く反応せず、鏡もよくわかってなかった。

  • 鏡によく吠えてたらしい。お前だよ。

  • ビデオ通話しても反応せず塩対応だった。現実を生きる犬だった。

  • 写真は好きじゃなくて、カメラを向けると目をそらした。

  • 身内の写真は寝顔か隠し撮りみたいな写真ばかりになってる。

  • トリミングサロンの人の前だと緊張したのか写真を撮れてたようだ。

  • トリミングサロンの人が真正面からの写真をくれるのが楽しみだった。

  • 鼻上の骨のないところをつつくとくしゃみするのでよく悪戯してしまった。

  • やわらかい犬だった。

  • 一番かわいい犬だったと思う。

最期の日の前夜、両親は私に「今日は犬と一緒に寝たら?」と言った。
上述のように彼奴は私とは寝ない犬だったし、
両親と寝るのが好きな犬であると知っていたので、断った。
その日は両親はため込んでいた韓流ドラマを一気見していて、
いつもより遅くまで起きていた。
犬は布団に行きたそうにしていたので、
私が布団までは誘導して、犬1人で寝るなら見届けようと思った。
真っ暗な寝室、廊下の光だけ差し込んでいる。
犬が布団の上に行ってもぐるぐるしているので、
布団をかけてやろうと思った。
人の体温が欲しいのかと思って、犬が落ち着くまでは寄り添うことにした。
私が布団に入ってみせると、私の右脇腹に沿うように尻を落ち着けた。
布団の中からけぷけぷ音がしたので、吐いたかと思って一回捲ったが、
自分の手を夢中で舐めているだけだった。
安心してしばらく置いていると、
おもむろに立ち上がって布団から出てきた。
様子を見ていると寝転んだ私の顔を見て、鼻面を押し付けて去っていった。リビング戻んのかい。と思って、ふと、
「私はこいつを寝かしつけようと思って寝室に連れてきたのに、
もしかしてこいつ私を寝かしつけたつもりでいる!」と思った。
リビングに戻って言いつけて、皆で笑った。
夜はやっぱり別で寝た。

最後に会った時、私は大荷物を抱えていた。
犬は昼間の電気を消した薄暗いリビングから私を見た。
そのまま去ることもできたが、老犬だということもあったし、
そうでなくてもそうしたかったので、
リビングから出て追いかけてきちゃうよと言われたが、
引き返して、横腹をかいで、撫でて、耳の付け根に唇を押し付けて去った。
たい焼きの匂いがした。
なんて声をかけたかは覚えていないが、
「元気でな」みたいなことを言ったと思う。

そして去った。
たい焼きの毛皮を嗅ぎに戻ることは、行こうと思えば行けるのだ。
帰省中、生きてる犬に、何の気なしに、たまたま、耳の裏をかきながら、長い耳や鼻に悪戯しながら、頭蓋骨の形を確かめていた。
あの頭蓋骨は火葬で残るだろうか?
でも、10歳も年下の私のかわいい弟は、かっこつけだった。
犬は、私の前ではずっと元気だった。
今思えば老犬の奴が具合を崩すのはいつも布団の中だった。
一緒に寝ない犬。私を寝かしつける犬。
私にぐったりとしたところを見せたくなかったんじゃないかと思う。
だから火葬には行かない。
たい焼きのにおいのする毛皮をまとった可愛い犬。
私は奴の死臭を一切知らないままで、たい焼きのにおいで記憶に残す。
たい焼きの匂いをかぐたびに、やわらかい毛皮を思い出すよ。
次に会うときは骨壺だ。
骨壺の前で、たい焼きでもかじってやろうと思う。

かわいくて小生意気な我が愛犬。お疲れ様。
ずっとずっと大好きだ。愛しているよ。ずっとずっと。
これでお別れだ。愛してる。


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