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データドリブンな健康管理が変える企業の未来

(※本記事は約3,000字程度でまとめています)


はじめに

前回の記事では、産業保健が「法令遵守のために産業医を置く」ことだけが目的ではなく、企業価値向上の戦略的手段になり得ることをお伝えしました。ではそこから具体的に「どのように健康経営を進め、従業員の健康課題を可視化していくのか」。今回は、その第一歩となる**「データドリブンな健康管理」**をテーマにお話ししたいと思います。

私自身、産業医を務める中で痛感しているのは、健康管理のスタートラインは“データの電子化”からだということ。アナログ管理のままでは施策の効果を適切に検証できませんし、組織規模が拡大するほど情報の集約が困難になります。

実際、私が担当した健康経営銘柄を取得した企業でも、就任当初は健診結果を紙で運用していました。そこから一気に電子化に舵を切り、現在は内製化した健康管理システムへと発展させています。その経験から得たノウハウを、この記事で共有できればと思います。


1. なぜ“データドリブン”が必要なのか

1-1. 組織の“健康ダッシュボード”を描く

「データドリブンな健康管理」の利点は、企業全体の健康状態を俯瞰できる“ダッシュボード”を作成できることにあります。年齢構成比や有初見率、生活習慣病リスクなど、さまざまな指標を分析・整理することで、

  • どの部署で過重労働が多いか

  • 生活習慣病リスクが高い年代層はどこか

  • 早期のフォローが必要な従業員は誰か
    といった優先度を一目で把握できます。

例えば、30代~40代の管理職層で健康状態が悪いと判明すれば保健師面談を手配する。若手で生活習慣病リスクが高まっていれば、食事指導プログラムを取り入れる。健康データの可視化から得た気づきをダイレクトに施策へ反映できるのが強みです。

1-2. 施策の経年変化を追い、PDCAを回す

「健康ダッシュボード」を継続的に更新すれば、施策の良し悪しを経年で評価することが可能になります。例えば、昨年度の健康診断で耐糖能異常が多かった場合、全社的に健康教育動画を配布し、リスクが高い人から順次フォロー面談を行う――これらをデータで把握すれば、次の一手をより的確に打てるわけです。

感覚的な振り返りではなく、定量的な根拠をもとにPDCAサイクルを回すことが、健康経営を継続的にレベルアップさせる重要なポイントといえるでしょう。


2. 電子化の“はじめの一歩”は「現状の把握」

2-1. まずは企業規模に合わせた手段を選ぶ

健康管理ツールは多く存在しますが、「高価で機能豊富なサービス=自社に最適」とは限りません。企業の規模感や現在の健康管理体制、運用リソースに合わせて選ぶことが何より大切です。

例えば、社員数が数百名程度の企業であれば、Excelや無料ツールを使うだけでも十分なメリットがあります。紙とファイルに埋もれた健診結果を電子化するだけで、「検索しやすさ」「集計のしやすさ」が格段に向上します。

2-2. 電子化に必要な4ステップ

実際に電子化を進める際、下記の4ステップを踏むとスムーズです。

ステップ1:現状の方法の確認

  • 健診データが紙なのか、一部デジタル化されているのか、保管形式や場所を洗い出す

  • 誰が(どの部署が)、健診結果をどう扱っているのかヒアリングし、課題を明確化

  • 紙資料管理のコストやデメリットを整理し、電子化導入ゴールを設定

ステップ2:運用フローの検討

  • 健診データの収集からシステム入力まで、一連の流れとチェック体制を策定

  • 要配慮個人情報である健康情報を取り扱うため、閲覧権限やセキュリティ管理を明記

ステップ3:データベースやシステムの選定

  • 必要な機能(入力、検索、分析など)を洗い出し、クラウドか自社開発かなど比較検討

  • システム導入や小規模段階的導入など、企業の予算や運用リソースに合わせたプランを練る

ステップ4:スケジュールの決定と社内稟議

  • 「現状把握→システム選定→導入準備→移行テスト→運用開始」の大まかなカレンダーを作成

  • 紙資料削減や人件費削減、分析レポート作成の効率化などの効果を試算し、プロジェクトのROIを示したうえで稟議を通す


3. 5000名規模ならMS365で内製化可能

3-1. Power Automateでワークフローを自動化

社員数が千人以上、複数拠点にまたがる場合は、Microsoft 365を使った電子化が有効です。特に「Power Automate」を活用すると、

  • 健康診断結果の回収・通知

  • 異常値が出た場合の産業医・保健師への連絡

  • 面談依頼メールの自動送付
    などを自動化できます。ExcelやSharePoint Onlineをデータベースとして、ダッシュボード化やアクセス権限管理も柔軟に行えるのがメリットです。

3-2. 弊社開発アプリでさらなる効率化

私たちの医療法人でも、MS365上で動く独自アプリを開発し、クライアントの健康管理に役立てています。

  • 健康診断結果、面談記録、報告書を一元管理

  • 必要に応じて自動リマインドや集計レポートを発行

  • カスタマイズ性が高く、運用ルールに合わせた設計が可能

大規模予算をかけずとも、データドリブンな管理体制を構築しやすいのがポイントです。


4. PHR(Personal Health Record)の時代へ

4-1. 国の施策と健康保険組合の構想が後押し

ここ数年、国の施策として「マイナポータル」などを通じて医療保険や予防接種履歴を確認できる仕組みが広がりつつあります。さらに、健康保険組合が自社加入者向けに健診結果をウェブ上で閲覧できるサービスを進める動きも活発です。

こうした国や保険組合の取り組みは、個人が自身の健康情報を一元的に把握しやすくなることを目的としています。つまり、企業側の健診データと合わせて管理できれば、従業員が“自分の健康”を主役として考える機会が増えるでしょう。

4-2. PHR導入で「治療」から「予防」へ

**PHR(Personal Health Record)**とは、一人ひとりが自分の健康情報を主体的に管理し、必要に応じて会社や医療者と共有する仕組みです。国のマイナポータルや健康保険組合のオンライン閲覧システムが普及すれば、社員が自分のPHRに各種データを集約し、産業医や保健師、そして主治医と情報共有できる時代が加速していくと考えられます。財源が枯渇しつつある日本において、医療費削減は喫緊の課題です。「治療」から「予防」へと明確なシフトチェンジが起こすための準備が進められています。

2025年度の健康経営度調査においてもPHRを活用することが明記され、疾病予防の重要性が高まっています。


まとめ

  • なぜ“データドリブン”が必要か:組織全体の健康課題を可視化し、施策効果を定量的に検証するため

  • 電子化のはじめの一歩は「現状の把握」:保管場所や形式、担当部署の課題整理から始め、運用フローやシステム選定を進める

  • MS365での内製化:Power Automateや独自アプリを活用することで、5000名規模以下でもデータドリブンな管理体制を構築しやすい

  • PHRと国の施策・健保組合の構想:マイナポータルやオンライン閲覧サービスと連携し、従業員主導のヘルスケアへシフトが可能

電子データ化で“見える化”を実現した先には、従業員自ら健康情報を管理し、企業がさらに高度な戦略的産業保健を推進する未来があります。国や健康保険組合の施策も追い風となり、PHRの普及が進めば、企業と従業員の両方にとってメリットが大きいはずです。

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