別れ日記。
人生において、別れはつきものだと感じる今日この頃。ふと、今までの別れを思い出して日記をつけてみたいと感じた。記念すべき第一弾は、自身の人生で最大の別れについて書きたい。それは昨年の夏の出来事だった。
彼女との出会いは、バイト先だった。今でも初めて彼女を見た日のことを覚えている。私は先輩に連れられて、職場のテーブルに案内された。その時に目の前に座っていたのが彼女だった。コロナ禍だったこともあり、彼女はマスクをしていた。なのに彼女の大きくて、鋭い目は強烈で、私の心の内まで見透かしているかのようだった。第一印象は、「怖い」。かなり長い間私をほぼ睨みつけるように見つめていた彼女は、しばらくして飽きたのか、目を逸らした。挨拶をしても彼女だけ返事はなかった。
バイトにも少し慣れてきた。飲食店のバイトだったので、皿を拭いていると、彼女が手伝いに来た。「どんな音楽聴くんですか?」それが彼女との初めての会話だった。ずいぶん唐突な質問をするんだな。「竹内まりやとか好きです。」「え!本当ですか!私も好きです!」「珍しいですね。ほとんど会ったことないです。」「私はお母さんがずっと竹内まりや聴いてたから、その影響です!」彼女の笑顔を初めて見た私は、かなり驚いた。彼女は、バイト先でもほとんど笑わない人だった。みんなで話している時も、一人だけずっと真顔で、賄いの時はいつも一人でスマホを触っていた。だから、思いのほか気さくに笑いかけてくれたことが嬉しかった。
次のバイトの時も、私が皿吹きをしていると彼女が手伝いに来た。そこでもまた、好きな音楽の話だった。「竹内まりやの”カモフラージュ”に最近ハマってるんですよ!」彼女は言った。「知らないですね。今度聞いてみます。」「今流しますよ!」「え!さすがにダメじゃないですか?」「これこれ。この始まりから好きです!」彼女は本当に自由人だった。それもそのはず、彼女はアメリカの超名門大学卒で、スペイン語、中国語、英語、韓国語を話す、マルチリンガル。バイト先でも一目置かれていた。だからなのか、彼女の自由な行動を咎める人はいなかった。なぜこんなにすごい人が、日本で、しかも飲食店でバイトをしているのだろう。不思議に思っていたが、聞かなかった。
「今度一緒にご飯行きませんか?!」彼女が誘ってくれた。今でもあの時の驚きといったら忘れられない。私はまだ彼女と数回ほどしか話したことがなかった。しかも、話の内容も音楽のことだけだ。彼女は私に話しかける時は、なぜか毎度音楽の話で声をかけてきた。「竹内まりや以外だと何聞きますか?」「私は中森明菜も大好きなんです!」そんな彼女と話しながら、私はひょっとするとこの人にすごく好かれているのかもしれないと感じるようになっていた。私も、彼女が話してくれるのは嬉しかったので、賄いの時も隣で食べたり、一緒に音楽を聴いたりしていた。だが、それでもバイト先の人とご飯にいく経験がなかった私は、少し戸惑った。断る理由もないし、いいか。「いいですね。いつでも誘ってください。」「インスタ交換しましょう!」彼女はご飯の誘いをすると、そそくさと帰ってしまった。まあ、本当に行くかはわからないな。そう考えていた。家に帰ると、早速彼女からDMが来ていた。「来週のオフどうですか?」早速だな。うーん。彼女とは音楽の話しかしたことないしな。話が持つだろうか。音楽以外の話で盛り上がらなくて嫌われたら嫌だな。でも断りずらい。結局、行きますと返信した。
お店は彼女が決めてくれた。三軒茶屋の中華だった。私は当時大学二年の19歳。東京出身でもなかったので、三茶に行ったのは初めてだった。お酒も外で飲んだことなかった。ドキドキしながらお店へ。10分前には着いてしまい、すこしウロウロしながら待っていた。彼女から「数分遅れる」という連絡がきた。結果、10分ほど遅れて彼女はやってきた。彼女は、仕事の時とは全く雰囲気が違った。カラフルなメイクは、彼女の鋭い目をさらに強調させ、レトロな色味のワンピースは彼女の体のラインを美しくみせていた。中に入ると、早速彼女が青島ビールを二つ頼んだ。当時の私はビールがあまり得意ではなかったが、背伸びして一緒に飲んだ。外でお酒を飲むことのドキドキ感と共に、思いのほか美味しい青島ビールを喉に流し込んだ。
彼女はびっくりするほどおしゃべりな人だった。私は、ほとんど話さなくても、彼女が永遠に話をしてくれた。音楽の話なんて一つもでなかった。彼女の性格、家族の話、職場の人間の話。どれもあまりにもあけっぴろげ。壁がない人とはこういうことかと驚いた。私は対照的で、相手の出方を伺うタイプだ。警戒心は強いし、向こうに合わせて話す内容も変える。だが彼女の場合、あまりにも壁がないので、こちらも次々に心の扉を開けていった。話は休む間もなく展開され、気がつけば夜だった。「もう一件いきましょう!」彼女は酔うと陽気になる。歌を歌いながら楽しそうに歩く彼女が素敵に見えた。
驚いたことに、二件目の記憶はまったくない。二件目にいった記憶はあるのだが。突然私の記憶のビデオが暗転する。きっと一件目の時にかなり緊張していたから、二件目で緊張がほぐれたのだろう。しかし、この日以来、私と彼女は急速に仲を深めていった。バイト先でも、彼女はもはや私がバイトに入った当初とは別人のように陽気になっていた。他の先輩たちから「あなたが来てから、彼女いっつも楽しそう。本当安心したわ。」と声をかけてもらうほどに。私もその頃には、彼女のことが大好きで、もう怖いなんて感情はなかった。
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