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書評:武田泰淳『わが子キリスト』

宗教的モチーフの舞台裏のような設定作品

今回ご紹介するのは、武田泰淳『わが子キリスト』という作品だ。

私もそうだが、キリスト教徒ではなくとも、キリスト教の聖典『新約聖書』おいてイエス・キリストがゴルゴダの丘にて十字架に磔の刑に処され、その後復活するというエピソードが存在することは良く知られていることだろう。

このような宗教上の聖典における秘話・秘儀の裏で、時の権力者や関係者による工作が働いていたとしたら・・。

本作はそんな作品である。
大胆な作品であり、人によっては完全にタブーではないかと思われるような内容だ。


本作においては、イエスはあくまで純粋な宗教者であり、心から人々を導かんとする存在である。

しかし一方では、イエスが人々に対して持つ求心力を巧みに利用し、支配の道具にせんと画策する顧問官がいる。

イエスの母は、わが子に奇跡が起こることを一途に願う存在。

父は全てを冷めた目線で捉え距離を置きながらも、奇跡の人の父として展開に巻き込まれていく。

ユダは自らが裏切り者の役割を果たすことでイエスの神格性を裏付けようと、自己犠牲の心から行動する。


富も力も思想も全く異なる様々な思いが(思想も異なるという点が、宗教者を取り巻く物語として特に面白い)、イエスという無垢な存在、ある意味で空の器を取り巻きながら錯綜し、それら全てが混淆したダイナミズムとして世界が進んでいく。


本書には他に2編収録されています。
共に権力欲の血みどろなぶつかり合いと数奇な運命を透徹した作品だ。


泰淳の文学においてやはり目を引くのは、「権力の意志」と「権力への意志」を巧みに描き出しながら、その限界を突きつけんがごとく展開する運命の動きの見事な対比ではないだろうか。

同氏には『貴族の階段』という作品がありますが(いずれご紹介したいと思う)、そこでも同じことが感じられた。意志と運命の絶妙な機微の描写には感服であり。

「人間は意志する、されど運命はめぐる」のか。
「運命はめぐる、されど人間は意志する」のか。

武田泰淳の世界観なのかもしれません。


読了難易度:★☆☆☆☆.
軽いタブー感度:★★★★☆.
意志と運命の混淆描写度:★★★★★.
トータルオススメ度:★★★★☆.


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