なぜスポーツライターが「代理人漫画」を始めたのか?
おそらく世界初に違いない。サッカーの代表チームの現役スタッフが、漫画の原作を担当するのは——。
現在、筆者は本田圭佑が率いるカンボジア代表において、ビデオアナリストを務めている。もともとはヨーロッパサッカーや日本代表を追うスポーツライターが本業だったのだが、ひょんな縁からチーム強化にも携わるようになった。
2018年9月、本田が初めてカンボジア代表の指揮を取ったときのことだ。取材で現地に足を運ぶと、最終日にこう言われた。
「今回、木崎さんから質問されて、すごく頭が整理されたんですね。次も来てカンボジア代表をサポートしてください」
約16年間ライターをやってきた人間が、代表スタッフに抜擢された瞬間だった。
FIFAランキングにおいてカンボジアは100番台後半で、世界の中では弱小国に分類される。それでも代表は代表だ。W杯1次予選でパキスタンに勝利して2次予選に進むと、バーレーン、イラク、イランというアジアの強国と対戦することができた。
W杯予選を戦えるなんて! ベンチで本田監督(指導者ライセンスを持っていないため正式な肩書きはHead of delegation)とともにFIFAアンセムを聴くとは想像もしてなかった。
そんなアジアでの戦いの最中、旧知の漫画編集者Y氏から持ちかけられたのが本作品『フットボールアルケミスト』の構想だった。
「取材を生かして、代理人の原作をやってみない?」
取材で情報を掴みながらも、原稿では書きづらいテーマがあるのは確かだ。たとえば「裏金」や「賄賂」。日本のユース年代の監督がこう教えてくれたことがある。
「ある代理人から『あなたが指導している選手がウチと契約するように手助けしてくれたら、将来移籍するごとに仲介報酬の5%をお支払いしますよ』って言われてね。断ったら『なぜですか? みんなやってるのに?』って驚かれたよ」
用意されるのはお金だけではない。ドイツのヴェルト紙は「サッカーがピュアな世界と思ってはいけない」という見出しで汚れた慣習を批判した。
「ときに代理人は、クラブの強化責任者に、セックスサービス込みの豪華旅行をプレゼントする。それが交渉にどんな影響を与えるかは、言うまでもない」
『フットボールアルケミスト』の主人公・先崎恭介は架空の存在だ。物語の中にどれくらいの現実の「事件」が含まれているかは、みなさんのご想像にお任せする。
サッカー界のタブーに切り込むため、これまで連載では「ファンデル波方」というペンネームを使ってきた。しかし、単行本1巻の発売を本田に報告すると一喝された。
「本名で勝負すべきです。すでに出版コードに登録した? そんなの関係ない。すぐに編集部に交渉すべきです」
もう1人の担当編集のT氏に連絡すると、すぐに会社から変更の了承を取ってくれた。連載の方でも今号から「木崎伸也」という本名に変えさせてもらった。
代理人・先崎は過去にサッカー界のダークサイドの沼にはまってしまった。だが、アシスタントのリサを羅針盤として、少しずつそこから這い上がろうとしている。
闇を知ると光がより輝く。12Logさんとともに、サッカーの光と闇を描いていきたいと思う。
(カンボジア代表写真:FFC提供)