幽刃の軌跡 #9
第9話: 現世の鼓動
朱留は現世に戻ることを決意し、明菜にその旨を伝えた。明菜は「ここ(八州の地)と向こう(現世)の時間軸は大きく異なっているから、大丈夫だよ」と優しく告げたが、朱留はどうしても現実世界のことが気になってしまう。
朱留が目を覚ますと、現世のアパートのベッドの上だった。あの八州の地での激しい戦いと修行の日々が、まるで夢だったかのように感じられる。しかし、彼がふと手を開くと、そこで感じた剣の感触や明菜の優しい笑顔が、現実に戻った証として鮮明に残っていた。
時計を確認すると、彼が八州の地で過ごした2日間に相当するのは、現世ではたったの2時間しか経過していなかった。この違和感が、彼の心に新たな緊張感を生む。
朱留はスーツに着替え、仕事に向かう。普段通りにデスクに向かい、書類を片付け、電話を取る。しかし、心の奥では、八州の地での出来事が何度もフラッシュバックし、現実との境界が曖昧になっていく。頭の片隅に、明菜のことがどうしても残ってしまう。特に彼女の作った京料理や、その料理を楽しそうに食べていた彼女の笑顔が、彼の心に温かい感覚を呼び起こす。
朱留は街を歩きながら、ふと目を閉じる。八州の地での修行が、自分にどれだけの影響を与えたのかを考えずにはいられなかった。今の自分は、現世での生活に再び慣れることができるのか。それとも、あの異世界での経験が、自分の生き方を変えてしまったのか。
夕暮れの空がオレンジ色に染まる中、朱留は一人で立ち止まり、未来への不安と希望を抱えながら、再び動き出す決意をする。そして、八州の地へ再び戻るべき時が来ることを、薄々感じ始めていた。