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幽刃の軌跡 #2 yuujinnokiseki

第二話 真夜中 朱留(まよなか あける) 
高松市の朝は、またもや変わり映えのしない風景が広がっていた。灰色の雲が空を覆い、少し湿った風がビルの隙間を吹き抜ける。真夜中 朱留はいつものように目を覚まし、ベッドの脇に置かれたスマートフォンに手を伸ばした。画面には、無数の未読メールと、上司からのメッセージが並んでいる。

「またか…」

朱留は、しばらくの間画面を見つめた後、無言でスマホを机に置いた。彼は自分の顔を鏡に映し、少し憂鬱な表情で髭を剃り始めた。鏡の中の自分は、まるで生気を失ったかのように無感情で、どこか遠くを見つめているようだった。

シャツに袖を通し、スラックスを履いてネクタイを締める。だが、その手際はどこか雑で、ネクタイも少し曲がっている。彼はそんなことは気にしない。朝食も簡単に済ませ、缶コーヒーを片手に玄関を出た。

街は平日の喧騒に包まれ、人々が慌ただしく行き交っている。朱留もその一人だが、心の中ではすでにここにいること自体が退屈で仕方なかった。会社に向かう電車の中で、彼はふと昨夜のことを思い出す。あの不思議な森、鞍馬天狗の霊、その全てが現実だったのか、ただの夢だったのか。だが、その思考はすぐに現実の騒音にかき消された。

会社に到着し、朱留は黙々とデスクに向かい、パソコンの電源を入れた。無数のメールに目を通し、顧客リストを確認しながら一日の業務をこなす。営業の成績は相変わらず低迷しており、上司からのプレッシャーも日に日に増している。

「朱留、お前またこの数字か? このままじゃ部門の足を引っ張るだけだぞ。」

上司の声が響く。朱留は表情を変えず、ただ無言で頷いた。心の中では何かが冷めたように感じていたが、それを表に出すことはなかった。

昼食の時間になると、彼はいつものように近くのコンビニで弁当を買い、社内の休憩スペースで一人静かに食事をとる。他の社員たちが笑い合いながら話しているのを耳にしながらも、彼はその輪には入らず、ただ静かに時間をやり過ごしていた。

夕方、業務が終わると、朱留は真っ直ぐに帰宅することはなく、街の酒場に足を向ける。カウンター席に座り、馴染みのバーテンダーにいつもの注文をする。

「今日はどうだった?」バーテンダーが何気なく声をかける。

「まあ、いつも通りさ。」朱留は淡々と答え、グラスを口に運ぶ。

酒が体に染み込み、彼の心を少しだけ和らげてくれる。だが、頭の片隅には、昨夜のあの出来事が何度も浮かび上がっていた。あの鞍馬天狗の霊域、本当に自分があんな力を持っているのだろうか?それとも、ただの幻覚だったのか?

帰宅すると、朱留は疲れた体をソファに投げ出し、無意識にリモコンを手に取り、テレビをつける。だが、画面に映るのはいつものつまらないニュースやバラエティ番組で、彼の心に何の刺激も与えない。

「このままでいいのか…?」

自問自答する朱留だが、すぐにその思考は途切れ、眠気が彼を襲ってきた。こうして、また同じような一日が終わり、灰色のルーチンが続いていく。

しかし、朱留はまだ知らなかった。この平凡な日常が、近い将来、劇的に変わる瞬間が訪れることを…。

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