幽刃の軌跡 #50
第50話「封じられし妖力の継承者」
時は少し遡る・・・
瀬戸内の乱にて、朱留は霊域静華(れいいきしずか)により捕らえられ、王都近郊の山岳部にある暗く湿った牢屋に幽閉されていた。冷たい鉄の封印によって手足を固められ、意識が戻りかけた朱留は、ぼんやりとした視界の中で暗闇を見つめ、呟いた。
「ここは・・・どこだ・・・」
返事はない。だが牢の外には、一人の女性が座っていた。月明かりが差し込み、静かな白い光が彼女の髪に煌めいている。その美しさと気高さには威厳があり、ただ者でないことを朱留は直感した。
「意識が戻りましたか?」と、柔らかな声が暗闇に響く。
「あなたは・・・?」
「王の妻です」
「ということは・・・明菜の母・・・?」
「そうです」
朱留は困惑しながらも、目の前の女性がただならぬ人物であることを理解した。彼女は霊域静華、明菜の母であり、平安国の皇后である。静華は朱留をじっと見据え、丁寧な口調で天狗の暴走について語り始めた。天狗の暴走を封じた経緯、そしてその危険性を。
「申し訳ありません・・・高知竜馬という敵と戦って・・・負けそうになった時に、天狗の誘惑に負けて・・・そこから意識が・・・」
自責の念に駆られる朱留だったが、ある思いが彼の心を掻き立てた。
「で・・・戦況はどうなっているのですか?明菜は?那須さんは!?」
その問いに対し、静華は静かに語った。
「あなたが意識を失っていたのは、約三時間ほど。戦いはまだ続いています。先ほど、これまでに感じたことのない大きな力の波動を感じました。おそらく決着は近いでしょう」
朱留は拳を握り締めた。戦場で仲間たちが戦っている中、自分だけがここにいる無力さが心に重くのしかかる。しかし、また天狗の力に呑まれてしまうのではないかという恐怖と葛藤が彼を苛んでいた。
「ところで・・・ここは一体どこなのですか?」
「ここは都近郊の山奥。平安国の外れにある静かな地です」
「俺は・・・いつまでここに・・・?」
「それは分かりません。また天狗に飲まれ、暴走する可能性もありますから」
朱留は目を伏せた。八洲の地の混沌とした現状も、自分が生まれ育った現実世界も、全てが不安定であることに気付かされる。
静華は彼を見つめ、言葉を継ぐ。
「朱留殿。明菜からもお話はあったかと思いますが、あなたの中に宿る天狗の力がこの国の未来を左右するのです。故に、あなたには強くなってもらわねばなりません」
静華の言葉には、朱留に課せられた大きな責任が滲んでいた。静華は朱留に霊域と妖力の秘密を解き明かすようにゆっくりと語り始める。
「この八洲の地には、様々な属性を持つ人々が暮らしています。平安国や大和国は大和族、四国には土佐族や阿波族、九国には出雲族が存在します。霊域はもともと大和族の先祖が生み出したエネルギー体。霊域とは、霊的存在の力を具現化し、己の力として使うものです。しかし、あなたの『天幽の刃』は霊域とは少し異なるのです」
朱留は静華の言葉に困惑を隠せない。
「霊域とは違う・・・?」
「そうです。あなたの天幽の刃の源は、霊域ではなく『妖力』というまた別のエネルギーなのです」
朱留は静華の口から発せられる「妖力」という言葉に戸惑いを隠せなかった。
「妖力とは・・・?」
「妖力は、霊域の力を使い果たした者たちの怨念や恨み、辛みが積み重なり、膨大に膨らんだ負のエネルギー体です。西国時代にこの地を治めていた霊域家の始祖『霊域晴明(れいいき せいめい)』の怨念から生まれたもの。そして、この平安国には、四つの強大な妖力を持つ存在がいます」
静華はひとつひとつの言葉を選びながら説明を続けた。
「それが『平安国妖力四天王』です。あなたの中に宿る『鞍馬の赤天狗』もその一つ。私の中にも宿る『稲荷の白狐』。他には『上賀茂の黒馬』と『大江の青鬼』がいます」
朱留は圧倒されるような思いで聞き入った。自分の体内にいる赤天狗が、どのように生まれ、なぜ自分を宿主としたのかという運命にただ驚くばかりだった。
「なぜ・・・そんな膨大な力が俺に宿ることになったのか・・・」
「それは分かりません。ですが、妖力は転生を繰り返し、宿主を介して生き続けているのです。そして、異世界のあなたを選んだのには理由があるのでしょうが・・・私にも分かりません」
朱留は深く息をつき、重く問うた。
「これから俺は・・・どうすればいいんですか・・・」
静華は少しの間を置き、重々しい口調で語りかける。
「平安国の未来には、あなたの力が必要です。平安国妖力四天王の力は恐ろしいほど強大ですが、制御できれば一国をも制する力となる。ですから、朱留殿・・・私たちの力となっていただきたいのです」
静華の真摯な目が朱留を捉えた。八洲の地で変革を成し遂げるため、彼女の娘である明菜からの懇願を受けた時の心の揺らぎを思い出し、今、また母からも同じ願いを聞かされた朱留の心には迷いが生じ始めていた。
その時、静華の背後にある扉がゆっくりと開いた。そこから現れたのは、一人の男であった——
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