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幽刃の軌跡 #56

第56話:交差する世界

神戸市灘区、長峰霊園を後にした朱留は、京都の実家へと帰宅するとすぐにスマホを手に取った。

「真言密教、天狗、鞍馬寺か……」

次々と検索を続け、深夜になる頃には布団に潜り込んだまま、スマホを握りしめて眠りについていた。


翌朝、朝日が寝室を明るく照らし、目を覚ますと時計の針はすでに9時を指していた。

リビングでは母が用意した朝食が並び、家族3人がにテーブルを囲む。温かな空間の中、朱留は一人で鞍馬寺へ向かうことを決めた。父には別の予定があるらしい。


家を出た朱留は、叡山電鉄に乗り込む。

窓から眺める景色は秋の風情に染まり、記憶の片隅に残る中学時代の校外学習を思い出させた。

「次は~鞍馬~鞍馬~終点の鞍馬~」

車内アナウンスが響き、終点の鞍馬駅に到着した。


駅を出ると、朱留の視線の先には鞍馬山への入り口が広がる。懐かしい気持ちに浸りながら、一歩一歩山道を進むと、秋風が心地よく背中を押してくれる。30分ほど歩くうちに、額には汗が滲み始めた。

「もうすぐ本殿か……懐かしいな」

疲れよりも感慨が勝り、ようやく本殿にたどり着いた朱留は、深く一礼し、お賽銭を投じて手を合わせた。


昨日の調べ物で気になっていた地下堂へ足を進める。薄暗い空間に足を踏み入れると、空気が一変し、静寂が包み込む。小さなお堂の前に座り、目を閉じた瞬間だった――


「おう……何しに来た……?」

低く響く声に、朱留は戸惑い、周囲を見回す。

「誰だ……この声は……」

「わしじゃ、わし」


その声が名乗った瞬間、朱留の意識の中に巨大な存在感が現れる。

「まさか……魔王坊……!」

彼の精神世界に魔王坊が現れたのだ。


「よう来たな」

「やはり……ここは八州の地と繋がっているのか?」朱留が問いかけると、魔王坊は静かに首を振る。

「いや、正確には……わしとお前が繋がっているだけじゃ。八州の地とは直接は繋がっておらん。しかし、わしもお前も両方の世界に存在する。それが意味することはお前次第だ」


朱留が理解を深める中、右手に違和感が走った。

「これは……!」

目を開けた朱留の手には、八州の扇が握られていた。


次の瞬間――周囲の景色が変わり、朱留は見覚えのある二人の前に立っていた。

「早かったな」

牛若が微笑み、弁景が腕を組んでいる。


「ということは……ここは八州の地か」

「その通りじゃ」弁景がうなずく。


八州の地と現世がいかにして交わるのかを二人が説明する。

朱留は困惑した表情のまま牛若と弁景に問いかけた。

「八州の地と現世が繋がっている……どういうことなんですか?具体的に教えてください。」


牛若は少し口元を緩めながら、穏やかな声で語り出した。

「まず、お前が理解すべきは、現世と八州の地が同じ世界ではないということだ。八州の地は現世とは別の次元に存在しているが、完全に独立しているわけではない。いくつかの条件が揃えば、その二つの次元が重なり合うことがある。」


弁景が続けて説明する。

「その条件の一つが場所だ。天狗信仰や修験道が栄えた場所には、現世と八州の地を繋ぐ霊的な結節点があると言われておる。鞍馬寺はその結節点の一つ。鞍馬山そのものが、霊的な力を蓄えた地であり、古くから天狗や霊的な存在が目撃される場所じゃ。」


朱留は真剣な眼差しで耳を傾けた。

「じゃあ、俺が鞍馬寺で体験したのもその力の影響ってことですか?」


牛若が頷いた。

「その通りだ。お前が持つ扇が鍵となる。扇は現世と八州の地を繋ぐ媒介としての役割を果たしている。それがあることで、お前は両方の世界を行き来できるのだ。ただし、注意が必要だぞ。」


「注意……ですか?」


弁景が厳しい口調で言い足す。

「そうじゃ。繋がることで、両方の世界のエネルギーが干渉し合うことがある。もしバランスを崩せば、現世や八州の地の一部が崩壊する危険性すらある。そのため、繋がりを利用する者には強い精神力と慎重さが求められるのじゃ。」


牛若が優しく微笑む。

「だが、安心しろ。お前にはその力が備わっている。魔王坊との契約がその証だ。そして、鞍馬山のような特別な場所では、八州の地との繋がりがより鮮明になる。それゆえ、お前がこちらへ戻ってこれたのだ。」


朱留は頷きながら、少しずつ状況を理解していった。朱留は試してみたいことを思いつく。

「少し、試したいことがあります」

牛若は興味深そうに笑い、「やってみるがいい」と促した。


朱留は両手で印を結び、呪文を唱え始める――

「オン、アロマヤ……テング……スマンキ……ソワカ……」


その瞬間、再び魔王坊が姿を現した。

「お前、そのマントラ……」魔王坊は驚きを隠せない。

「やはり、魔王坊……お前のマントラだな」

朱留が得意げに言うと、魔王坊はそっぽを向きながら照れ隠しのように呟いた。

「まあいい……わしの力が強くなるのは悪くない……いつかお前を喰らってやるからな」

朱留はそっと瞼をあけて牛若に伝える。「大丈夫でした。ありがとうございます。もう少し、向こうでやることがありますので、帰りはまだ先になります。」

牛若も快く答える「ああ。ゆっくりしてこい。」


目を開けると、朱留は再び現世の鞍馬寺に戻っていた。だが、周囲には多くの人が集まり、住職が静かに声をかけてきた。

「大丈夫ですか? あまりに長く座っていたので心配しました。それに……そのマントラは……」


朱留は住職に促され、別室へ移動。

進の名前を出した朱留に、住職は彼との過去を語る。

住職は穏やかな表情で、静かに語り始めた。

「進さんの研究は、私たちが住職として知り得ない領域にまで及んでいました。彼は真言密教に関する深い知識を持つだけでなく、それを現代の科学的視点から再解釈しようとしていたのです。」


朱留は興味深そうに耳を傾けた。


「進さんが特に力を入れていたのは、『アシヤ族』という古代の存在についての研究です。このアシヤ族とは、現在の神戸市周辺に存在していたと言われる古代の種族で、彼らは高度なテクノロジーや霊的な力を持っていたとされます。進さんは、そのアシヤ族が天狗や稲荷信仰の起源に深く関わっていると考えていました。」


朱留が不思議そうに尋ねる。

「テクノロジーと霊的な力……それがどう繋がるんですか?」


住職は静かに頷き、続けた。

「進さんの仮説によれば、アシヤ族はテレパシーのような高度な意思伝達能力を持ち、それが天狗の超常的な力として伝承されたのだと言います。また、彼らは特殊な鉱物やエネルギーを利用して空を飛ぶことができた。それが『天狗の飛行』の伝説の元になったのではないかと。」


「つまり、祖父の研究は天狗信仰を単なる神秘主義として捉えるのではなく、現実の科学的な裏付けを探ろうとしていたんですね……」


住職は微笑みながら頷いた。

「そうです。進さんはまた、鞍馬山がただの信仰の地ではなく、地球のエネルギーが集中する『霊的磁場』であるとも考えていました。その磁場が現世と他の次元を繋ぐ場所だと。そして、その場所繋ぐ鍵を解明するために真言密教の教えを深く研究したのです。」


住職の言葉に、朱留は自身の祖父がどれほど壮大なテーマを追求していたのかを痛感した。

「祖父は……本当にすごい人だったんですね。」


住職は穏やかに微笑みながら答えた。

「ええ、彼の研究は私たちにも多大な影響を与えました。彼が言っていた『古代の技術と信仰の融合』という考えは、私たちに新しい視点を提供してくれました。残念ながら、彼がすべてを解き明かす前に旅立たれてしまいましたが……」


朱留は祖父への尊敬の念を胸に、静かに頭を下げた。

最後に魔王堂に立ち寄り、朱留は静かに家路についた。



住職の話を聞きながら、朱留の心は八州の地と現世の繋がりについてさらに深まっていく。

最後に魔王堂に立ち寄り、朱留は静かに家路についた。



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