幽刃の軌跡 #57
第57話:交錯する世界、深化する力
朱留は京都の実家に帰宅すると、明日には香川県高松市に戻ることを両親に伝えた。家族で囲む最後の夕食は、彼の大好物である母の京おでんだった。湯気が立ち上る鍋を囲み、家族の温かい笑い声とともに、日本酒と共に味わうおでんの味は、彼にとって格別だった。家族との時間を大切に感じながらも、朱留の心はどこか落ち着かなかった。
翌朝早々に実家を後にした朱留は、3時間ほどかけて高松市の自宅に戻った。長時間の運転で疲労が溜まっていた彼は、荷物を置くとすぐに温泉へ向かい、サウナで体を癒し、ゆったりとした時間を過ごした。湯船に浸かりながら彼は考える。祖父が追求した研究の目的、そして自分が八州の地と現実を行き来できる存在である理由――答えは未だ霧の中だった。しかし、全てを解き明かせなくとも、この休暇が自身にとって大きな意味を持つものだったと感じていた。
「明日からまた仕事か……」
現実の平凡な日常と、八州の地の壮大な世界観。そのあまりの隔たりに、朱留の思考はまとまらないままだった。
次の日、彼はいつも通り会社に出社し、淡々と一日を過ごした。しかし、帰宅後、八州の地への思いが頭を離れない。朱留は思い切って久々に八州の地へ向かうことにした。
再会と試練
八州の地に降り立つと、朱留は牛若の前に姿を現した。
「戻ったか」
「こちらの状況が少し気になって……」
牛若は朱留を見つめる。
「特に大きな変化はない。だが、町も瀬戸内の乱からの復旧が進み、落ち着きを取り戻している」
「それは良かったです」
牛若は無言で朱留に目でついて来いと合図し、彼をいつもの地下堂へと案内した。そこには、牛若の隣に弁景が控えていた。
「久しぶりに霊域を解放してみろ」
牛若の真剣な声に、朱留は頷いた。
「分かりました……霊域解放! 天幽の刃!」
その瞬間、凄まじいエネルギーが辺りを覆った。
「……これは……」
弁景は驚愕し、思わず牛若を振り返った。
「やはりな。来た時よりも霊域幅が格段に上がっている。朱留、次の試練だ――魔王坊とリンクし、その妖力を解放してみよ」
朱留は未だ慣れない自身の力に不安を感じつつも、魔王坊との絆を信じることにした。
「分かりました……妖力解放! 魔王坊!」
「わしの力に呑まれるなよ!」
魔王坊の声と共に解放された妖力は地下堂全体を覆い尽くした。圧倒的なエネルギーに、牛若と弁景ですら一歩下がらざるを得なかった。
「これは……朱留よ、見事だ」
朱留の姿は真紅の天狗へと変貌し、大きな翼を広げるその姿はまさに鞍馬の大天狗そのものだった。
「……こんな禍々しい力を扱えるとは……」弁景が言葉を失う。
「いいや、私よりも格上やもしれん」牛若の言葉には驚きと期待が込められていた。
朱留は自らの成長を実感していた。
「これが……お前の力……」
「ほう、留めたか……わしの力を定着させた人間はお前が初めてじゃ」魔王坊が感嘆する。
遠くまで響く力の波動
朱留が妖力を解放したその瞬間、平安国各地では異変が起きていた。
平安王宮では、平安王が静かに言葉を発する。
「……感じたかい」
「このエネルギー……彼ですね」明菜が頷き、どこか嬉しそうに微笑む。
「彼が鞍馬から下山して来る日も近いようです」藤原皇后の言葉に、明菜の心が高鳴る。
だが、この力を感じ取ったのは平安国内だけではなかった。八州の地全域、そして隣国の者たちまでもがその存在に気付きつつあった。その力が引き起こす渦が、やがて八州の地全体を飲み込むことになる――その運命をまだ誰も知らないままであった。