スポーツで学ぶ会計・税務 #移籍金①
スポーツビジネスの領域で話題になるテーマを題材にして、会計及び税務の解説を行うコラムを開始します。
第1弾は、サッカーで話題になる移籍金について取り上げてみます。
移籍金シリーズは、次の項目に分けて説明していく予定です。
今回のテーマは【移籍金収入】の計上方法です。
①【移籍金収入】<- 本日のテーマ
②【移籍金支払の費用】
③【選手の交換 (追加の支払・受取)】
④【移籍金に係る税金(法人税・消費税)】
スポーツ選手の移籍金とは
移籍金が発生しないケース
まず、移籍金が発生しないケースは、次の2パターンの場合です。
クラブに所属している選手との契約期間が満了した日以降に、選手が他チームに移籍する場合は、移籍金は発生しません。
サッカー界における具体例では、当時ロシアのプロリーグのCSKAモスクワに所属していた本田圭佑選手が、イタリア・セリエAのACミランに移籍したケースでは、ACミランは移籍金を支払を負担したくなかったので、CSKAモスクワと本田選手の契約満了する迄待ちました。
レンタル移籍金の場合は発生しません。
レンタル移籍は、クラブと選手の契約期間内に一時的に短期間だけ他のクラブに移籍させることで、その期間満了後に選手が戻る場合(ドライローン)、または戻らずに他クラブに移籍する場合(買取オプション付きレンタル移籍で買取義務が発生した時に移籍金が生じる)があります。いずれもレンタル料または選手の年俸を負担するなどの費用は発生しますが、レンタル期間中は移籍金は伴わないこととなります。
移籍金が発生するケース
プロスポーツの中でも特に欧州サッカーでは、毎年7~8月のリーグ開幕前に選手の移籍話が話題になります。
移籍金が発生するケースでの登場人物は、次の3人となります。
プロスポーツ選手及び代理人(以下、選手)
1の選手が現在所属しているクラブチーム(以下、現所属クラブ)
1の選手が将来移籍するクラブチーム(以下、移籍先クラブ)
選手と現所属クラブの間で締結された契約書には、大抵契約解除項目が盛り込まれており、XXXユーロの契約解除ペナルティー(つまり移籍金)を現所属クラブが受け取れば、契約を解消して他チームに移籍することが可能になります。この移籍金は、移籍先クラブが通常支払うことになります。例外的に選手がどうしても他クラブに行きたい場合は、選手が支払うケースがあるかもしれませんが非常に稀です。
身近な例としては、携帯電話のキャリアを2年間の契約期間内でドコモからソフトバンクに乗り換えたい場合、以前なら契約者がドコモに違約金を支払うことで契約解消して、新たにソフトバンクに乗り換えることができましたが、プロスポーツではソフトバンクがドコモにその違約金を払うイメージとなります。
移籍先クラブは、選手と現所属クラブとの契約満了するまで待つのではなく、移籍金を支払ってでもすぐにその選手がほしいということなので、その移籍金が選手の価値を定める1つの目安になっています。
ドイツの専門サイトであるTransfermarketでは、全てのサッカー選手の移籍金実績と選手の移籍金価値が公表されています。
2024年7~8月ではアルゼンチン代表のJulián Alvares選手がマンチェスター・シティーからアトレチコ・マドリードに移籍した7,500万ユーロ(約120億円)が最高額でした。アトレチコ・マドリードはマンチェスター・シティーに分割払い(推定4~5回)で移籍金を支払うことで、Alvares選手とマンチェスター・シティーの契約を解除させて、新たに同選手と契約を行いました。更に、アトレチコ・マドリードは、移籍金の何パーセントかを選手の代理人に支払うことになります。
尚、移籍金は選手に支払われることはなく、選手の収入はクラブとの契約に基づいたサラリー(年俸)及び試合出場数や成績に応じたボーナス、住宅や旅費等の手当、肖像権の収入(選手の名前や写真・映像が入った物品の収入)等になります。
移籍金収入の計上方法
さて、所属選手との契約解除に合意したクラブは、移籍先のクラブから移籍金をもらうことになります。この場合、移籍金の収入は一度で計上するのか、又は分割払いで移籍金をもらう場合は分割して収入を計上するのか、どちらが正しいでしょうか?
日本の会計基準(J-GAAP)では、2018年より国際的会計基準であるIFRSを模倣して、収益認識基準に基づいて売上を「いつ」・「いくら」・「どのように」の基準で判断して、計上する方法を採用しました。
(1)「いつ」
移籍金による売上を計上するタイミングは、「1度に全額」、「ある期間に分ける」の2つの方法が考えられます。
たとえば、1年間有効可能な年間チケットを販売したのであれば、1年の期間に渡ってチケット購入者は試合を観戦することができます。従ってこの場合は、チケットの売上は1年間かけて計上することとなり、年間チケット販売額÷12カ月を毎月売上として計上することとなります。
一方で、移籍金の売上は、クラブが選手との契約を解除することで移籍金を得られる権利が生じることから、契約解除した時点で移籍金を計上するのが適切です。
(2)「いくら」
次に移籍金の収入を所属選手との契約解除した時点で、いくら計上するでしょうか。
たとえ5年の分割払いで移籍金全額を支払ってもらう約束であっても、移籍金全額をもらわなければ所属選手が他チームに移籍することはできないので、移籍金を一度に収入として計上することになります。
注意すべき点があり、移籍金収入として計上する金額は、移籍金全額ではなく利益となる部分だけになります。
(A)移籍金による受取額 - (B) 選手の簿価 = (C) 移籍金収入の計算式となり、現金での受取額は移籍金全額ですが移籍金収入は上記の利益が出た部分だけになり、ズレが生じます。
この計算方法は、企業が建物や土地等の固定資産を売ったときの収入計上と似ています。企業は、3億円で買った土地(=簿価)を5億円で売った時の収入=売却益となるので、5億円-3億円=2億円が収入になります。土地を売ったことにより得られる現金は5億円ですが、収入は2億円となります。
ここで実例を出しますと、サッカーのポルトガルリーグのベンフィカ・リスボンは、2023年1月末に当時所属していたアルゼンチン代表のエンソ・フェルナンデス (Enzo Fernández) 選手をプレミアリーグのチェルシーに移籍させました。
ベンフィカ・リスボンは、ユーロネクスト・リスボン取引場に上場している企業なので財務データ(ポルトガル語)を公開しています。https://www.slbenfica.pt/pt-pt/instituicao/sad/prestacao-de-contas/contas-anuais
2022/2023年度の年次報告書では、移籍金収入の内訳は次のように説明されています。
(3)「含めないもの」
もし、選手の移籍金に係るオプションとして、選手が移籍先チームで100試合出場した場合や欧州チャンピオンズリーグへの出場権を獲得した場合に、移籍先のクラブから追加の移籍金が払い込まれるボーナス条項があったりします。
この追加の移籍金の受取については、将来確実に発生するか不透明なので、原則所属移籍金の収入には含めません。移籍した選手が移籍先チームで100試合出場達成した時や欧州チャンピオンズリーグの出場権を獲得した時に、その追加の移籍金収入を計上することができます。
従い、選手の移籍が成立した時点では、これらの様なボーナス追加収入は含みません。
次回は、【移籍金支払の費用】の計上方法について解説します。