垂水文弥「Dear my planet」 角川俳句賞2020
Dear my planet
久女忌の橋は飛び立ちたいのです
彗星の色の特急なれば凍つ
潮騒の染みついてゐる父の布団
春浅しチキンカレーの山吹色
多喜二忌の雪が市街を沈めてゆく
千客万来石鹸玉石鹸玉
客なくて客間もなくてヒヤシンス
風光るホルンの管の大彎曲
大試験美食のごとく紙置かれ
花影に入る遷化とはこんなもの
落第を姉に知られぬやうにする
野遊の子は太陽を父として
月光や溺るるごとく蝶まぐはふ
ふかぶかと蜂を宿して伯父の花
その中にせせらぎを持つ春大根
神話みなすつぴんといふ桜の実
真つ白な栞が一つ夏の川
白百合を抱きて真昼のこと悔やむ
飛び込んで見つけて買つて鉄砲百合
冷蔵庫閉ぢつつ彗星の話
枇杷食べて種残る黄昏が来る
夏の月函うしなひて本うつくし
短夜や舟のかたちに人は老い
金属バット振り下ろす白薔薇の家
ぷかぷか笑つて金魚は空になる
シャワーの音を父の慟哭だと思ふ
八月の脳に孔雀のための場所
コスモスはみんな嘘です他人です
秋灯は夜間飛行のしづけさに
しらとりの夜学の空を渡りけり
鷺いつも静かに発ちて牧水忌
金秋やムエタイの肩うづたかし
曼殊沙華右脳のあたりより朽ちぬ
少年は駆く蟷螂に食はれつつ
恒星の青く遥けき夜食かな
冷まじや己を向きたる犀の角
行く秋やウチナーグチは木を癒す
行商のたくましき影冬隣
鯛焼を割つて渋谷の空深し
ラガー等のもつとも力ある眉間
白鳥の愛するときも頭(かうべ)を垂れ
悴むは彼の赤き星指してより
着ぶくれて虹の在処を言ひ交はす
西より風西より枯れてゆきにけり
寒月や校舎は蔓に閉ざされて
くたくたのネクタイくたくたのおでん
物言はぬ少女と寒昴を見る
冬ざれや岩塩に陽のとどこほる
一陽来復ひろがれば水うすくなる
遊星に生まれ葛湯に落ち着きぬ
2020年、高校二年生の時のコロナでの休校期間を利用して作り上げた50句です。それまでの自分の俳句では駄目だと思い立って様々なことをやる中で挑戦の一環として角川に出してみたことをよく覚えています。今から見ると満足いかない部分も多く、そもそもなんでこんな句を作るのかとさえ思うこともあるような連作ですが、運良く予選を通過させていただき、とても励みになりました。ほとんどもう何かに使うということもないでしょうし、供養がてら。
久々に読み返してみると自分の俳句なのに自分の俳句じゃないような不思議な気分です。数句あげてみると<久女忌の><冷蔵庫><金属バット>あたりは今でも自信を持てる句かなと。<彗星の><落第を><真つ白な><ぷかぷか><枇杷食べて><八月の><着ぶくれて><遊星に>なんかも、好きかもしれないです。
ご意見・感想などあったら何でも是非。