君ヲ見ルモノ8


「私ハ、君ヲ保護シテ安全な所へト連れて行く。此の星で、モウ安全ト言える所は無いダロウ。君ヲ、積極的に生存者ヲ集めている者ノ元に連れて行く。その者ハ、信用出来ないガ信用シテ欲しい」エッセキュヴァイスは、背を向けたままのユルヅに伝えるのであった。

「ごめんなさい。セリシアを此のままにしておくなんて出来ない」ユルヅは、セリシアを見下ろしながら消え入りそうなか細い声で答えた。
「解った。ユルヅ、君ハドウシタイ?」エッセキュヴァイスは、ユルヅに尋ねた。
「セリシアを、せめて私の手で弔ってあげたい。このままじゃ、可哀想」ユルヅは、エッセキュヴァイスに振り向いて言う。その目には涙が滲み出ていた。

     ※            ※

「此の木の種類はね、時期になると薄いピンクの花が咲くの。セリシアは、その花が好きだから時期に成ると一緒に近所の木を見に行ったわ」とある木の前に来たユルヅは、セリシアを抱き抱え後に付いて来るエッセキュヴァイスに語るのであった。そして、根元の手前に両膝を着くと此処にくるまでに拾った金属の板で地面を掻く様に掘り始める。だが、金属の板で掘り返せる土の量は僅かで、セリシアを弔える程の穴を掘るのは時間が掛かりそうだ。

「ハァッ……ハァッ」ユルヅは、目に涙を滲ませ息を荒げている。「うっ、くうっ」そして、手を止めると辛そうな表情で呻き、頬を流れる涙を泥で汚れた手の甲で拭うのであった。そして、顔面に泥を付けながら再び穴を掘り続ける。だが、その様子は心労により今にでも倒れそうであった。
「穴を掘るナラ、私ガ掘ろう。ユルヅは、セリシアを見てイルト良い」エッセキュヴァイスがそう言うと、ユルヅは暫く考えたのち金属の板を手放すのであった。

 エッセキュヴァイスは、セリシアの腰を降ろす。そして、傍に来たユルヅがエッセキュヴァイスに代わり背を支えるのであった。
 エッセキュヴァイスは、先程迄ユルヅが掘っていた穴を正面にして片膝を着けて腰を降ろす。そして、右腕の肘を肩の高さ迄掲げ立てられた指は地面に向けられた。

「エッセキュヴァイス…さん」ユルヅは、背を抱き起こしたセリシアを見下ろしながらエッセキュヴァイスに声を掛けるのであった。
「私を呼ぶナラ気を使わずニ好きニ呼ぶト良い」エッセキュヴァイスは、そのままの体勢で応えた。
「エッセ、セリシアはね流れ星に戦争が終わる様に三回願い事したの。暫くして本当に戦争は終わったけど、結局こう成ってしまったわ」ユルヅは、そう言うとセリシアを強く抱き締めて涙を滲ませた悲しげな表情で鼻を啜り上げるのであった。
「ソウカ、其れハ残念だったダロウ」エッセキュヴァイスは、地面に向かって指を立てた右手を突き付けた。右手はバターに突き立てられるバターナイフの様に地面に突き刺さると手首より少し上迄食い込む。地面に埋まったエッセキュヴァイスの右手は土砂を掬い上げると右脇に盛った。「私ガ早く駆けつけていられれば、セリシアの命ハ救えたカモシレナイ」そう言いうと、ユルヅの返答を待つ様に地面を掬い上げて右脇に盛る作業を止めてた。
「確かにそうかもしれない」ユルヅは、セリシアを抱き締めたまま呟く様に答える。「ううん。でも、エッセが悪い訳じゃ無い。貴方が来てくれなかったら、私も何とか成っちったかもしれない」と、付け加えた。
「ソウカ」エッセキュヴァイスは、ユルヅの返答に納得を示すと、再び穴を掘り出すのであった。

     ※                 ※

エッセキュヴァイスは、土木作業より戦闘向けのロボットである。しかし、そうでなくても地球に存在する重機よりも優れた性能により穴を掘り進めたので、短時間でセリシアを弔う事が出来る穴が掘れた。

 ユルヅは、先に地面から腰の高さ位の段差を降りると、其処から片膝を突きながら腰を低くしてセリシアを抱き抱えているエッセキュヴァイスを見上げる。「セリシアを渡して下さい」彼女なりに気丈さを演じながら言っているつもりだろうが、無表情なのが痛々しくもあった。

 エッセキュヴァイスは、抱き上げているセリシアを差し出す。ユルヅは、セリシアを抱き上げると腹部の近くに引き寄せ振り返るのであった。ユルヅは、セリシアを慎重かつゆっくりと腰を下ろして行く。そして、抱き抱えたセリシアを穴の底に安置するのであった。セリシアの身体を真っ直ぐ伸ばす。その次は、胸の上で掌を合わせると祈らせる様に指を組んでやるのであった。

 ユルヅは、セリシアに遣って上げる事を終わらせると立ち上がり踵を返すと段差の前に来る。「掴まるト良い」エッセキュヴァイスは、片膝を地面に着けてユルヅの前に右手を差し出し言うのであった。
「有難う」ユルヅは、両手でエッセキュヴァイスの右手に手を添える。エッセキュヴァイスはユルヅの身体を引き上げると、ユルヅは穴の縁に爪先を掛けて段差を乗り越えた。
 ユルヅは、エッセキュヴァイスが盛った土の傍にしゃがむと穴の底に寝かされたセリシアを見下ろす。「こう見ていると、本当に寝ているみたい」ユルヅは、先程迄の苦労から解放された様な穏やかな表情で言うのであった。
「ダガ、セリシアには生命反応が検知され無い。残念ナガラ彼女は生きてイナイ」エッセキュヴァイスは、盛られた土砂越しから片言が混じる声で答えた。「そう、…だよね」ユルヅは、エッセキュヴァイスの言葉に表情を曇らせると、か細い声で言った。
「其れデハ、セリシアを弔うトシヨウ」エッセキュヴァイスは、両手を合わせて後ろの盛り土からシャベルの要領で土を掬い上げると穴の底で横になっているセリシアに掛けた。

 ユルヅも、改めて地面に両膝を着けると両手の小指側を合わせて器状にすると盛り土から土を掬い上げるとセリシアの上へ振り掛ける。土は、セリシアの組まれた手の辺りに注がれた。二度目は、大量の涙を流しながら震える手で土を掬い上げ振り掛けるがセリシアの手前に落ちる。三度目は、苦悶の表情で喘ぎながら全身を震わせて両手から掬い上げた土を溢していた。すると、ユルヅの合わせた両手の小指側が離れて土を溢す。そして、突然土を被るセリシアの上へ崩れ落ちた。
「うぅ、……あぁうっ」ユルヅは、セリシアの胸元に縋り付きながら嗚咽を漏らす。「あーっ、あっあっあっ!」そして、到頭咽び泣き始めるのであった。

 エッセキュヴァイスは、地面に片膝を付けたままである。ただセンサー類によってユルヅのバイタルの変動を検知しているだけであった。
《制御システム:思考回路の負荷を確認しました。機能の最適化を始めます》突然制御システムが、エッセキュヴァイスに告げる。此れは、初めての事であった。

 エッセキュヴァイスは、セリシアに縋り付きながら咽び泣くユルヅのバイタルの変動を検知し続けている。そして、暫く経ってユルヅのバイタルの平均値が正常に戻って来ると咽び泣きから啜り泣きに成って行くのであった。

 エッセキュヴァイスは、ユルヅに腕を伸ばす。「ユルヅ、其処を退くノダ。此のままデハ、セリシアを弔う事が出来ない」そして、背を向けているユルヅに言うのであった。
 すると、ユルヅはセリシアから離れると黙ったまま項垂れて立ち上がり踵を返すと、エッセキュヴァイスの腕に掴まる。しかし、先程の様に自分から段差を乗り越える様な仕草を見せなかった。
 ユルヅは、暫く経っても動こうとしない。なのでエッセキュヴァイスは、ユルヅの手を引き離し穴の内側に身を乗り出すと、ユルヅの両脇に自分の手を添えるのであった。

 エッセキュヴァイスの力では、迂闊にユルヅを持ち上げてしまうと彼女の身体を壊してしまう可能性がある。其れ故、繊細に力を加えていきユルヅを持ち上げるのであった。そして、ユルヅを持ちながら立ち上がると、ユルヅの靴の底が穴の底から離れる。その身体は、穴から取り出されると盛り土の前に降ろされるのであった。

「ユルヅ、現在君ノバイタルは非常に優れナイ。此のママなら、作業ヲ続ける事を推奨しナイ。セリシアを弔う作業ハ私に任せて、君ハ安全な場所で休む事を推奨スル」エッセキュヴァイスは、俯いたユルヅに言うのであった。ユルヅは、俯いたまま静かに踵を返す。そして、少々覚束ない足取りで此のばから去って行くのであった。
 エッセキュヴァイスは、盛り土に振り向くと再び両手の小指側を合わせると盛り土から先程よりも多い土を掬い上げる。そして、セリシアに掛けるのであった。

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