君ヲ見ルモノ29
日が暮れて辺りが夕焼けの光に染まる中、ユルヅを背負ったエッセキュヴァイスは、中破したり崩壊した建築物の瓦礫と廃墟を通り抜け、倒壊して炎上した廃棄物の様な木材が広がる所に遣って来る。エッセキュヴァイスが得た情報によると、此処等一帯は中間層よりもやや劣る所得層達の住居が立ち並ぶ地区であった。
点々と辛うじて残る住宅は、運良く中破しているか正面の外観と自家用車二台程度を止められる軒先を残している程度である。其の光景は、正に戦禍の凄惨さを物語る物と言えた。しかし、この凄惨な光景を敢えて残そうとする者や名残を探し続ける者は存在していない。屈指の都市も、現在は一切の生命反応が検知されないゴーストタウンを超えてどう足掻いても人が住めない土地に成り下がっていた。そして、エッセキュヴァイスとユルヅは目的地に辿り着く。其処に佇む住宅は、他の建物に比べるとましと言えた。
「やっと、帰って来れた」ユルヅは、エッセキュヴァイスの背から身を乗り出し懐かしさが込み上げ来ると嬉々とした表情で自分が家族と過ごした二階建ての家を此の時を待ちわびていたかの様に嬉々とした表情で見上げるのであった。
エッセキュヴァイスは、歩道で片膝を地面に着けて腰を下ろす。すると、ユルヅは地面に足が着くとエッセキュヴァイスの背から離れると軒先を駆けて玄関先から家を見上げるのであった。
「ねぇ、エッセ」ユルヅは、エッセキュヴァイスに振り向く。「今晩は、私の家で休んでいきたい」強い決意を滲ませて言うのであった。
「私ハ其の行為ヲ推奨シナイ」エッセキュヴァイスは、直ぐに淡々とした音声で答えた。「此の建物ハ、現在デモ倒壊スル可能性ガ有る。ユルヅノ就寝中ニ倒壊スレバ、君ノ生命ニ関わる事故ガ発生スル」其の音声は、ユルヅに保護者としての使命感に似た物が込められている様に聞こえるのであった。
「ううん」すると、ユルヅはエッセキュヴァイスの警告を否定する様に顔を横に振る。「その時は、エッセが助けて」エッセキュヴァイスを信頼し切っている様子で言うのであった。
エッセキュヴァイスは、ユルヅに此れ以上否定しても素直に従っては呉れないと推測する。一応、エッセキュヴァイスの性能でも建物が倒壊する前兆を察知する事は可能性だ。「了解シタ。シカシ、倒壊スル可能性ガ出て来た場合ハ速やかに退去サセル」仕方無しと言った渋々とした音声で答えた。
ユルヅのわがままは、エッセキュヴァイスを信頼し切っての事である。ユルヅの行為は規定違反だが、エッセキュヴァイスには其れを阻止おろか拒否する判断も出来なかった。
「ありがとう、エッセ」ユルヅは、笑顔で返した。
「ユルヅ、クレグレモ気を付けるノダ。ソシテ、何時デモ離れラレル準備ヲシテオクノダ」エッセキュヴァイスは、低い音声でユルヅに念を押しておくのであった。「分かった」ユルヅは、そう答えると玄関の内側に入って行った。
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ユルヅは、玄関に入ると土間から室内へ伸びる廊下を覗き込む。廊下の上には木片が散らばり砂埃が堆積しており、それ以外は避難直後の状態に近かった。室内の床は、木片と鉄片が散乱している。土間で靴を脱ぎ室内に上がる習慣が有る分、気が引けるが靴を履いたまま室内に上がるのであった。
ユルヅは、廊下から扉に嵌められたガラス越しにリビングの様子を伺う。室内は、窓枠に嵌められたガラスと爆発で飛び散った壁の一部であろう木材と金属の破片に砂埃等が散乱している以外は手付かずであった。
ユルヅは、扉越しのリビングから目を離すと後ろに振り向く。リビングの扉と向かい合う様に扉が備え付けられていた。此の扉は、リビングの扉とは違い内側の様子を見る為の覗き窓は存在していない。此処は客間で、セリシアや友達と集まって勉強会やおしゃべり会をした物だ。その扉のドアノブに手を掛けると捻り押し開ける。此処は、床に裏返し状態の脚が折り畳み式のテーブルが床の上に倒れている以外大した変化は無く、此処は当時の状態を保っていると言えた。暫く懐かしさに浸る様に室内を見回すと、静かに扉を閉じる。そして、廊下を奥へ進んだ。
廊下の奥には、洗面所と風呂場にトイレが有る。其の手前には、階段が有った。二階には、自室と寝室が存在している。ユルヅは、階段の段差に足を掛けると足元には目も呉れず天井を見上げながら上へ上がって行った。
階段を昇り切り、辺りは大した変化は見受けられない。此処だけを見れば、エッセキュヴァイスが倒壊の恐れを指摘していたが、全くの誤情報で掃除さえしてしまえば再び此処で生活出来そうとユルヅは思えて来た。
ユルヅは、自分の部屋の扉を押し開ける。真っ先に目へ飛び込んできたのは、天井を突き破りベッドを下敷きにして床に減り込む戦闘機か何かの鉄の塊であった。そして、風雨が其処から飛び込み酷くユルヅの部屋を汚している。そして、床に横たわったお気に入りだった動物のぬいぐるみが、風雨を浴び続けた影響で外見と中綿は固まり埃を帯びて萎んだ姿で、顔面に縫い付けられたアクリルの眼球が虚に持ち主を見上げていた。
此の光景を見ると、やはり此処では生活するのは無理だと確信して、心臓が抉り取られる様な感覚に襲われる。外の地上から見て全く分からなかったが、リビングの状況を鑑みてみれば此の様な事に成っていると覚悟しておくべきであった。ユルヅは、今晩位は自分の部屋で休みたいと願っていたが、其の望みは叶いそうでは無かった。
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エッセキュヴァイスはと言うと、軒先で緊急事態に対して何時でも掛け出せる様身構えたまま待機している。逐一、建物の状況に注意しながらも室内で行動しているユルヅもしっかり見守っているのであった。
ユルヅが玄関から出て来るとエッセキュヴァイスの側に駆け寄って来る。すると、エッセキュヴァイスは身構えていた体勢を止めて改めて立ち直すのであった。
「エッセ、荷物ありがとう」ユルヅは、礼を言いと手を差し出すのであった。
「リュック程度ナラ、全く問題ハ無い」エッセキュヴァイスは、そう言うと足元に置いていたリュックを持ち上げユルヅに差し出すのであった。すると、ユルヅは リュックサックを片手で持ち上げ、開いた腕をショルダーストラップに通す。そのまま背負いながら、もう片方の腕もストラップに通し、背中に馴染ませる様に軽く揺すって整えた。
「君ノ家の中ハ大丈夫デアロウカ。見ていて辛い事ハ無いダロウカ」エッセキュヴァイスは、ユルヅに尋ねるのであった。
「エッセ、心配して呉れてありがとう。でも、私は大丈夫」ユルヅは、エッセキュヴァイスを見上げて答える。「エッセ、お休み」挨拶をするが、「そうだ、エッセも家に入る?」急に思いついた様に尋ねるのであった。
「遠慮スル。君ノ家ハ私ノ機体ニハ狭い」エッセキュヴァイスは、淡々とした音声で答えた。
「そう」ユルヅは、少々残念そうな表情で答える。しかし、改めまった笑顔で「お休みなさい、エッセ」と挨拶するのであった。
「お休み、ユルヅ」エッセキュヴァイスもユルヅを見下ろしながら挨拶をするのであった。
こうして、ユルヅは振り向くと玄関に向かって駆けて行く。そして、玄関先で振り返ると翳した手を数回振り、降ろしたら中に入って行った。