君ヲ見ルモノ20


「手ヲ合わせるト言う事ハ、難しい物ナノダナ」ユルヅに言われて諦めたエッセキュヴァイスは、感慨深げな雰囲気で感心するのであった。
「ロボットは何でも出来る印象が有るけど、エッセはロボットだけど出来ない事が有るよね」ユルヅは、からかう様にはにかんだ表情で言った。
「ソウダナ」エッセキュヴァイスは、手を降ろすと同感するのであった。自分は、戦闘用で有るが侵略先の惑星に存在する邪魔者を殲滅する為だけの侵略兵器である。滅ぼした相手に思いを馳せる様には造られてはいないのだ。
「行こう、エッセ」ユルヅは、そう言うとリュックを背負うとエッセキュヴァイスの頭部を見上げて催促するのであった。
「モウ出発ノ準備ハ終わったト言う事ダナ」エッセキュヴァイスは、ユルヅに心残りは無いか確認するのであった。「うん、行こう」ユルヅは、頷いて応えるのであった。
「デハ出発シヨウ」エッセキュヴァイスは、地面に立てられた銃火器に背を向けて進み出すとユルヅの横に来る。すると、ユルヅはエッセキュヴァイスの横に付いて一緒に進み出した。

 エッセキュヴァイスのレーダーで検知されている学者は、相変わらず元気そうである。エッセキュヴァイスのレーダーで検知されている学者の生命反応は、決まった一ヶ所に留まって居るが、気紛れの様に施設内を右往左往しているが、時には施設から出ては何かを探す様に辺りを彷徨いていた。

 学者は、未だに独りである。交信により施設に向かって来ている一団が存在していると言っていたが、エッセキュヴァイスのレーダーにも其の様な生命反応は検知されていなかった。
 ユルヅを連れて行けば、学者はとても喜ぶ筈である。ユルヅを学者に預けたら、別の方角に生存者を探しに行く事に成るだろうと、エッセキュヴァイスは、自室にて椅子に座りながらパソコンを弄っているだろう学者の生命反応の動向を伺いながら思考していた。

 廃墟群に囲まれた公園の運動場から学者が居る施設迄距離的に百キロメートルを割っている。戦車の速度なら不眠不休で進めたなら一日以内で到着出来たが、此れを子供の足で進み休息も必要なのだから二・三日弱は掛かる試算だ。
 なら、エッセキュヴァイスが、ユルヅを担いで移動すれば良いのでは?と成るが、其れが難しい。機体は活動する程機関が熱を放ち、其れが戦闘行為なら真夏の日差しに晒された車体並みに熱く成ってしまうのだ。実の所、高層建築物から飛び降りたユルヅを助けた際のエッセキュヴァイスの機体の温度はかなり上昇しており、正にエッセキュヴァイスの構造本位だったのである。なら、車の前方の様な椅子にユルヅを座らせて担げば良いのではないのかと思うが、其れは其れでユルヅが危険だ。しかし、ユルヅはわがままを言う様な子供ではなく、遣り遂げるだろう。この様な環境なのだろうが健気で芯が通った子供だ。

    ※                 ※

 薄暗い自室に籠る学者は、リクライニングチェアに座りながら自室の奥に配置された机に置かれたパソコンのディスプレイの画面に釘入り、一心不乱にパソコンに繋げられている開かれたノートを下敷きにしたキーボードを叩いている。しかし、ディスプレイ上に並ぶ文字の羅列は文章として成り立っておらず、丸で文字化けした文章を作成している様に見えた。

 学者は、頬は痩けて目の下には更に濃い隈を作り唇は乾燥しきり痛々しく荒れている。艶を無くした髪と死んだ魚の様に濁ったと思える虚な目を鑑みて他人から見て明らかに病んでいると一目で分かる程異常であった。
 学者は、キーボードを打つ手を止めると左手で机の左側に置かれた水入りペットボトルを中身を絞り出す勢いで掴み取る。そして、飲み口を口に突っ込むと口を窄めて上を仰ぎ見た。ペットボトルの水は学者の頬の中に注がれ、喉を鳴らして腹部へ流し込まれる。しかし、飲み切れず口内に留まる水は注ぎ口と唇の間から吹き出し頬を伝い白衣に降り注ぐと染み込んで行った。
 学者は、天井を仰ぎ見たまま口からペットボトルの飲み口を引き抜く。すると、容器内に残された水が飲み口から抜け出て顔面に降り注いで行った。学者は、飲み口から降り注ぐ水を顔に浴びながら直様乱暴に投げ捨てる。ペットボトルは、飲み口から水を撒き散らしながら壁に当たると飲み口から水を迸らせて其処を濡らすと床に散乱するゴミの上に落ちて、残った水を吹き出しゴミを濡らした。

 学者は、次にキーボードを強引に払い除ける。そして、机に乱雑に置かれていたペン先が出されたボールペンを左手に持つとノートに殴り書いて行くのであった。
 学者は、ノートに何かを書き込んで行く。しかし、其れは文字でなければ記号でもないし模様でもなかった。グチャグチャにペン先を動かしインクで塗り潰した様な物である。不規則にペン先を滑らせてグルグルグチャグチャに書かれた物は、見た者に異常さを伝える物であった。

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