君ヲ見ルモノ31
エッセキュヴァイスとユルヅは、廃墟の中を横に並んで進む。ユルヅが一歩進み片足を踏み出すと、エッセキュヴァイスが一歩進む事でユルヅとの歩調を合わせ当ていた。
エッセキュヴァイスは機械故黙々と進むが、ユルヅは思い悩む表情が重苦しい空気を醸し出している。ユルヅの様子からして、明らかに何か言いた気であった。
すると、突然エッセキュヴァイスが足を止める。其れに気遣いたユルヅは地に着けていた足を踏み出した足の横に揃えると立ち止まるのであった。
「ユルヅ、話しタイ事ガ有るナラ、遠慮無く話して欲しい」エッセキュヴァイスは、其の場で直立不動のままユルヅに促すのであった。
「えっ?」ユルヅは、一歩後ろで佇むエッセキュヴァイスに振り返ると、聞き直すのであった。
「ユルヅ、君ノバイタルガ微妙二異常ヲ起こしてイル。何か有るノデハナイノダロウカ」エッセキュヴァイスは、ユルヅの精神情緒に配慮するかの様に尋ねた。
すると、ユルヅは俯き加減で更に深刻そうな表情に成り暫く考え込む。そして、意を決した様に顔を上げ、「ううん、其れなら歩きながら話そう」と答えた。
「分かった」エッセキュヴァイスは、そう応えると再び歩き始める。そして、エッセキュヴァイスが横に差し掛かるとユルヅも進み出した。
「エッセは、本当は地球で製造されたロボットじゃないんでしょ?」ユルヅは、敢えてエッセキュヴァイスと向かい合わず前に向いて進みながら尋ねた。
エッセキュヴァイスは、其の質問に対して考え込む様に黙り込む。「何故、其れ二気づいたノダ」そして、何時も通りの淡々とした音声で応えた。
「エッセが初めて私の前で飛んだ時から勘付いてたけど、学者さんの日記で確信した」ユルヅは、平然と言う。「エッセ、とにかく言っておけば他人は信じると思ったでしょ?此の星のロボットは、空は飛ばないし手からビームみたいな物なんて出さない。ロボットに興味無い人でも分かるよ」と続けた。
「了解シタ。以降留意シヨウ」エッセキュヴァイスは、機械的に答える。「ううん、注意なんてしなくて良いよ」直様、ユルヅは淡々とした様子で言った。
「エッセは、色んな星に行ったんでしょ?」ユルヅは、エッセキュヴァイスに尋ねる。「肯定スル。私ハ、君ノ言う通り沢山ノ惑星二訪れた」エッセキュヴァイスは、隠し切る事を諦めたかの様に素直に答えるのであった。
「丁度良かった。私ね、寄りたい所が有ったの」ユルヅは、足を止めると振り向く。すると、ユルヅの目の前には辛うじて立つ二本の門柱があった。
※ ※
エッセキュヴァイスとユルヅは、門柱から奥に向かって伸びる左右を伸び放題の生垣に挟まれた石畳の道を進む。そして、石畳を進み切ったエッセキュヴァイスとユルヅは、幾何学的な置き物が備え付けられ手前の方が崩れ落ちている屋根の建物の前に辿り着いた。
其の古風で風格の有る建物は、周囲に残る建造物より、特別で威厳の様な物を醸し出している。エッセキュヴァイスがデータベースから得た情報では、此の建物は此の星の最大宗教の教会であった。
ユルヅが教会の両開き扉を開けようと右側のドアノブに右手を掛けて捻りながら左手で左側の扉を押す。すると、少々錆び付いた蝶番が軋む音を鳴らしながら開いていった。
扉の向こうは、左右に中央から端迄届くと長椅子が部屋の手前から奥迄並べられ、広間の奥には講壇が置いてある。後ろには崩れ落ちた天井から差し込む陽の光を浴びて自ら煌々と輝く様に見える祈るローブ姿の女性を模った白亜の彫像と、其の彫像を見下ろす様に帯を右肩に掛けて端を腰に巻きつけた勇ましい表情の長髪跳ね毛の男性が足の下に黒い人型を踏みつける絵が壁に飾られていた。
エッセキュヴァイスの得た情報によると、壁に飾られている絵は神らしき男を描いた物である。そして、男が踏み付けているのは悪魔の様だ。
ユルヅは長椅子に挟まれた通路を足元の瓦礫を避けながら講壇の側に向かっていくと、エッセキュヴァイスも其の後に続く。そして、ユルヅは講壇の前に立ち講壇越しから自ら輝いている様に見える彫像と悪魔を踏み付ける男の絵を見上げた。
「ねぇ、エッセ」ユルヅは、彫像と絵を見上げながらエッセキュヴァイスに声を掛ける。「色んな星に行ったのなら、其の星の神様に会った事が有る?」目線はそのままで、背後のエッセキュヴァイスに尋ねるのであった。
エッセキュヴァイスは、ユルヅの質問に答えるべく補助記憶装置からデータを探す。「私ノ記憶ニハ、神様ト其の存在ニ準ずる者ト出会った記憶ハ存在してイナイ」と、ユルヅの質問に直様答えた。
「私は、神様なんて存在しないと思う」ユルヅは今迄聞いた事が無い冷たい声色で答える。「本当に居るなら、こんな辛い目に遭わせない」辛辣な皮肉を込めて言うのであった。
「ソウダナ」エッセキュヴァイスは、ユルヅの答えに同感する。「ダガ、実際ニ神様ガ存在スルナラ、私ハ絵ノ悪魔ノ様ニ踏み付けられるダロウ」丸で心傷に浸るかの様に付け加えるのであった。
「えっ?」ユルヅは、エッセキュヴァイスの言葉を聞き直すかの様に振り向いた。
「私達ハ、此処ニ来る迄沢山の星に攻め込み全てノ生命ヲ蹂躙シテ来たノダ。其の行為ハ悪魔ノ所業ト言えヨウ」エッセキュヴァイスの言葉は淡々と言っている筈なのにユルヅには哀れみ罪悪感に駆られている様に聞こえた。
「エッセ、其の犠牲が無くても私と出会う事が出来た?」ユルヅは、直立不動のエッセキュヴァイスを見上げながら尋ねた。
「宇宙の旅ハ、膨大な資源トエネルギーヲ消費スル。其の犠牲ヲ出して迄奪い取った資源ガ無ければ、私ガ此処ニ訪れるノハ不可能デアル」エッセキュヴァイスは、ユルヅの質問に即座に答えた。
「人も、長く生きるには他の生命を沢山犠牲にするの。エッセが此処に来る迄に沢山の物を犠牲にしたのは悪い様に見えるけど決して悪い事じゃないと思う」ユルヅは、罪悪感に苛まれている様なエッセキュヴァイスを慰める様に言う。「私は、其れでエッセと出会えたなら、其れでも良かった」そして、微笑みながら言った。
「ダガ、状況ニヨッテハ私ハ此の星の侵略者ト成ってイタ。我々ガ欲しい資源ハ、其の星の原住民ニトッテモ非常ニ必要ナ物デアル。旅をし続ける為ニハ強引デアロウガ奪い取らなければナラナイ」エッセキュヴァイスの音声は、冷徹に答える。「私ガ侵略者ノ兵器トシテ此処ヘ来たら、ユルヅノ大事ナモノを奪い取ってイルダロウ。其れデモ、君ハ私と出会えて良かったト言えるダロウカ」ユルヅの表情を伺う様に見下ろしながら尋ねた。
「そんな事無い」ユルヅは、穏やかに首を横に振る。「私は、エッセと出会う前から、もう自分の大事なモノを失っていたから、私の大事なモノが有った場合の事なんて考えられない」健気に微笑みながら答えた。「変かもしれないけど、私ねエッセと出会えて嬉しいの。だから、エッセは自分がした事を悪いと思わないで」と、続けた。
「了解シタ」エッセキュヴァイスは、何時もの様に機械的に淡々と答えるのであった。
「スッキリした。エッセ、戻ろ」ユルヅは、晴れ晴れとした表情でエッセキュヴァイスの傍を擦り抜けて扉に向かって行くのであった。
「ユルヅ、君ハ此処ニ用事ガ有ったノダロウ」エッセキュヴァイスは、ユルヅを呼び止めた。
「もう、良いの。此れでスッキリしたから」ユルヅは、そう答えると満足そうに満面の笑みを見せるのであった。
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避難民キャンプで支給された古着から自宅の中に有った丈夫な生地のシャツとズボンに着替えたユルヅは、客間にて床にお気に入りのTシャツを広げ折り畳んで行く。やはり、今の自分では母親の様に上手には折り畳めなかった。次に、予め畳んでいたスカートの上に重ねると、其れごと持ち上げ横の蓋が開いたリュックサックの中に収める。そして、リュックサックの蓋を閉じると、其れを背負うのであった。
ユルヅは、客間の扉を開けると、廊下に置かれた草臥れた靴に爪先を入れる。片方の靴に片足を納めると最後に踵を整えて次も同じ様に履いた。本当なら、新しい靴も欲しかったが家に有った自分のスニーカーは小さく、母親の外出用の靴は頼り無く、父親の革靴は自分の足には合わない。よって履き古されている今の靴を履くしか無かった。
ユルヅは、廊下を進み土間に降りる。そして、扉のドアノブに手を伸ばした。しかし、思い止まる様に手を引く。すると、振り返るのであった。
ユルヅの目に涙が滲んでいる。今此処から出て行けば、もう二度と此処に戻る事は無いと分かっていた。暫くして、名残惜しさを断ち切る様に玄関の扉へ振り返る。「行って、来ます」そう言うと、意を決したかの様にドアノブに手を掛けて捻った。