君ヲ見ルモノ34
ユルヅは、異常をきたした今のエッセキュヴァイスを助けられるのは自分しかいないと強い意志を持って近付いて行く。
近付く程に熱波が露出した肌に突き刺さり、鼻腔・喉・気管を撫でられると体内が熱で焼かれそうな感覚に襲われた。確かに発熱するエッセキュヴァイスにペットボトルの水を掛けただけで解決出来ると思ってはいない。たが、何もせずに壊れていくのを悩みながら見ているだけに成るつもりは無かった。
「ユルヅさん!此れ以上は、エッセキュヴァイスに近付いてはいけまん!寧ろ、後ろへ退いて下さい!」流暢な言葉使いの女性の声が、突然ユルヅの行いを止めに入った。
ユルヅは、其の声を聞いて素直にその場から後退りする。すると、重機を運んでいた小型船よりも小型の船が開いた機体の表面からスロープを突き出して飛んで来るのであった。
突き出したスロープが、片膝を突いて項垂れるエッセキュヴァイスを舌で舐め取る様に掬い上げると、機体の中にスロープごと収めて飛び去る。ユルヅは、小型船が巻き上げた後流に煽られながら見送るのであった。そして、透かさずに卵に小さな飛翼を付けた様な船が前に降りて来る。「急な出来事だったので失礼します。是非、貴女を客人として招待したく迎えに参りました。そして、貴女が艦内に招かれるお客様第一号となります」其の卵型船から発せられる女性の声が告げた。すると、卵型船の胴体が自動ドアの様に開くと簡易の足場が差し出される。「突然の事で信用出来ないのは承知してます。しかし、私達は貴女が憎み拒まない限り親しい隣人である事を信じてください」卵型船から発せられる声が訴える様に続けた。
目の前でユルヅにとって非現実的な事が繰り広げられている。しかし、此の声は嘘騙しを言っている様には不思議に感じなかった。寧ろ、遊園地に来た様な好奇心と高揚感の方が恐怖や緊張感を上回っているのであった。
ユルヅは、リュックサックのショルダーストラップに腕を通すと本体を吊り下げる。そして、差し出された足はの前に来た。しかし、足を掛ける前に爪先で力を掛けてみる。見た目以上に丈夫でイタズラの様な仕掛けは無い事を確認した。
ユルヅは、船内に乗り込むと円形の足元の縁に沿って配置された枠にクッションが収まった背凭れが高い長椅子が出迎える。そして、無機質で白を基調とした船内は、不思議と圧迫感が存在していなかった。
正に、客人を丁寧に扱う意志を滲ませた作りである。今自分はサイエンスファンタジーを題材にしたテーマパークに遊びに来た感覚に陥っているのであった。
「では、ユルヅさん。席にお座り下さい。何処に座っても大丈夫です。安心して下さい。安全ですよ」女性の声が、ユルヅを長椅子に座る様に促すのであった。
ユルヅは長椅子の前に立つと、腕に掛けたリュックサックを降ろす。そして、慎重そうに長椅子を眺めた。
長椅子は、長いクッションを外枠へ詰め込んだかの様に飛び出している。クッションの表面は、フェルト生地の様に手触りが良さそうであった。
ユルヅが腰を下ろしてみると、身体の曲線に合わせてクッションが包み込んでくる様に体重を受け止める。其の感触は、巨大なスライムに座り込む感覚だ。
ユルヅが長椅子に座ると、出入り口が塞がれる。そして、出入り口を塞いだ扉は壁と同化してしまい区別がつかなくなってしまった。すると、長椅子と足元のタイルを残して壁が外の風景に替わると言うか、壁一面に外の風景が写し出される。「其れでは参ります」女性の声がそう言うと、ユルヅの身体に押し付けらる感覚がした。そして、ユルヅが座る長椅子を置いた足元が地上から離れて行く。ユルヅは、非現実的な体験をするなんて思いもしていなかった。
※ ※
ユルヅは、長椅子に座りながら眼下に広がる雲海と其の隙間から覗く陸地と海面を食い入る様に眺めている。どの様にして壁に映しているのか分からないが、其処に映る地球は本に記載されている地球の写真より美しく思えた。
「ユルヅさん」すると、不意に女性の声が話し掛けて来る。「はっ、はいぃ⁉︎」ユルヅは、思わず肩を竦めて返事をするのであった。
「初めて喋ってくれましたね?では、改めて自己紹介をさせて頂きます」女性の声は、丁寧に切り出す。「私は、管理システム。宇宙船の管理システムであり、惑星侵略兵器エッセキュヴァイスの現指令官、即ち貴女にとっては侵略者の首領です」流暢な女性の声でためらわず答えた。
「ユルヅです。宜しくお願いします」ユルヅは、何処に向かい合って話せば良いのか分からないので、取り敢えず辺りに目を配らせながら答えた。
「貴女をエッセキュヴァイスとの通信データを通じて拝見させて頂きました。さすが、エッセキュヴァイスと共に行動していただけ有りますね。とても、勇気が有り落ち着いてます」管理システムは、ユルヅを褒め称える様に称賛する。「大概の知性を持つ生物なら、エッセキュヴァイスの役目を知れば恐れて逃げ出すと思います」と、付け加えた。
「そんな事は無くです。寧ろ私はエッセに助けられた方です。エッセが居なかったら、私はどう成っていたのか分からない」ユルヅは、思い出す様に微笑んで答えた。
「エッセキュヴァイスを其処迄慕う程ですから、貴女はエッセキュヴァイスと共にとても辛く過酷な体験をしたのでしょう」管理システムは、ユルヅの体験に思いを巡らせ共感する様に言った。
「はい、エッセが居て呉れたから此処迄来れたんです」ユルヅは、思い出す様に目を伏せながら答える。「所で、良く私達の言語を喋るけど元から知っているんですか?」急に思い付いた様に顔を上げ疑問を尋ねた。
「私でも、元から貴女方の言語を喋る事は不可能です。エッセキュヴァイスが得たデータを受け取り学習しています」管理システムは、ユルヅの疑問に答えた。
「其れより、エッセは大丈夫なんですか?」ユルヅは、明らかに不安な表情で宙を見上げ管理システムに尋ねた。
「大丈夫です。安心して下さい。私は、異常をきたしたエッセキュヴァイスを助ける為に来ました。そして、貴女にも重要なお話しが有るので招待しました」管理システムは、嘘偽りを見せる事はせずに答えた。
「大事な事ですか?」流石に、ユルヅでも訝しげな表情で尋ねる。「はい、とても大事な事です」管理システムは、これに関しては勿体ぶる様に言い、「此れは、後程です」と答えた。
「もう時期、此の船は目的地に到着します。ご覧下さい。あれが、私の本体です」管理システムの声が、ユルヅに呼ぶ様に声を掛けてきた。
ユルヅは、声がした方向に振り向くと、陽の光に照らされて光沢を放つ巨大な宇宙船が迫ってくる。視界の殆どを塞いでいる其の姿は、改めて間近で見ると空を飛ぶ猛禽類か膜を纏う深海生物を彷彿とさせる禍々しい物であった。
其れを見たユルヅは、先程迄の高揚感が消え去ってしまい現実に引き戻される。丸で宇宙人に誘拐された様な感覚に襲われると心拍数が上がるのであった。
「ユルヅさん、怯えていますか?リラックス、リラックスです!」管理システムは、緊張しているユルヅを励まそと明るい声で励ますのであった。
「ユルヅさん、私は船です。機械です。人を取って中で食べる事はしませんし、必要有りませんから、安心して下さい!」管理システムは必死に訴えてくるが、ユルヅから見て宇宙船の風貌は正に悪の宇宙人の船であった。