君ヲ見ルモノ22


「臭い」学者が居た部屋に入ったユルヅは、明らかに不快そうな表情に顔を顰め呟くのであった。
 室内に充満する腐敗臭やカビ臭にアンモニアに似た臭い等がユルヅの鼻腔の中を刺激してよこす。エッセキュヴァイスはと言うと、何事も無さそうにユルヅの横で佇んでいるのであった。

 室内の床には、カップ麺の容器や保存食の包装にペットボトル等が床に捨てらており、其処から腐敗臭やカビ臭等を放っている。ゴミ等の量は凄まじく、連結されている複数台のパソコンが置かれた机の下迄覆い尽くし、リクライニングチェアの脚に備え付けられたキャスターを埋める程であった。
 エッセキュヴァイスは、床のゴミを爪先で蹴り上げ踵で踏み潰しパソコンが置かれた机に向かう。ユルヅは、不快な表情で上着の袖を鼻に押し当て足元に注意しながら前を進むエッセキュヴァイスの後に着い行くのであった。

 エッセキュヴァイスが机の前に辿り着くと、ユルヅは堪らず急いで壁に有る横滑り窓に向かう。ユルヅは、施錠されていない横滑り窓の枠に指を掛けると急いで乱暴に開けようとした。しかし、窓枠の滑車にゴミが詰まっているのか窓は少しだけ開き、ユルヅの指が窓枠から滑った。だが、透かさず窓枠の縁に両手を掛けると体重を掛けて窓を強引に開ける。そして、窓の内側に寄り掛かり外に乗り出すと存分に外の空気を吸い込むのであった。

 エッセキュヴァイスはと言うと、以前自分がUSBポートに指先を捩じ込んだ事によりカバーに亀裂が入ったパソコンの横に有る別のパソコンのUSBポートに指を捩じ込む。そして、其のパソコンのUSBポートの穴を中心にカバーに亀裂が走るのであった。

「大丈夫カ?ユルヅ」エッセキュヴァイスは、直立不動で片手の指先をUSBポートに突っ込んだままの格好でユルヅに尋ねるのであった。
 ユルヅは、窓から乗り出した上半身を室内に戻しエッセキュヴァイスに振り向く。「うん、…大丈夫」と、少し顔を顰めながら答えるが、まだ臭いがきついのか再び窓から身を乗り出すのであった。

 エッセキュヴァイスは、パソコンに接続してデータを閲覧して行く。そして、学者の使用経歴を調べて行くのであった。そして、最新のメールに辿り着く。打ち込まれたメールアドレスは文字化けしているかの様に不可解な文字が並び、内容も同様に不可解かつ文体を成していなかった。もしかすると、学者は異常を来していたのかもしれない。しかし、其れは何時からだったのだろうか?

「エッセ、机の上にノートがあるよ」ユルヅが言う様に机の上に開かれたノートが置かれている。しかし、エッセキュヴァイスには視覚が無く、レーダーでは机の上に開かれた物が置かれている認識しかなかった。その上、視覚が無いと言う事はノートに記載されている内容を読む事も出来ないのだ。
「ユルヅ、面倒ダト思うが、君ガノートノ内容ヲ読んで私ニ聞かせて呉れないダロウカ」エッセキュヴァイスは、そう言ってユルヅに頼む。しかし、ユルヅは返答に苦慮するかの様に黙り込んでしまった。「ごめん、無理かも」ユルヅは、申し訳無さそうな様子で謝って来た。
「ユルヅノ知識デ読めないナラ、ノートヲカメラデ撮影スルカスキャナーデ取り込んで、パソコンニ其のデータヲ移して欲しい」エッセキュヴァイスは、ユルヅにして欲しい事を頼むのであった。
「ううん、そうしてもエッセでも理解出来ないかも」ユルヅは、申し訳無さそうな表情を横に振り、エッセキュヴァイスの手段を否定するのであった。
「何故出来無いノカ理由ヲ教えて欲しい。私ハ此の惑星ノ知識ト情報ヲ得てイル。ドノ様な言語ヤ数式デモ理解可能デアル」エッセキュヴァイスは、自慢気に答えるのであった。
「ノートに書かれているのは、此の惑星に存在する言語ですらないの」ユルヅは、机の上に開かれたノートを見ながら答えるのであった。「ナルホド」エッセキュヴァイスは、ユルヅの返答に納得するのであった。
「学者ハ、其の様な文字デノートニ記入してイタノダロウカ。ユルヅ、私ニ代わってノートノ内容ヲ確認してミテ欲しい」エッセキュヴァイスは、改めてユルヅに頼むのであった。
「分かった」ユルヅは、両手を開いたノートの下に潜り込ませて親指で押さえて持ち上げた。そして、右手と左手を寄せると右手の親指で前ページを捲り左手の親指で前ページを押さえ付けて開ける。此のページも殴り書きの様にグチャグチャと何が書き込まれているが、冒頭だけは辛うじてユルヅに読める物であった。
「二日後にやっと会える。彼等は空から?……ごめん、これ以上読めない」ユルヅは、ノートの内容を読んで行ったがそれ以降は次ページと同じ様にグチャグチャで読む事が出来なかった。
「デハ、次モ其の前ノページヲ読んで欲しい」エッセキュヴァイスがそう言う。「うん、分かった」ユルヅは、前ページを開けるのであった。
「久し振りに交信していた者達から返答が来た。彼等は無事に向かっ来て呉れている。地球に侵略しに来たロボットも手伝って呉れている。まだ、此の星は滅亡していない。まだ、私達は生きている」ユルヅは、此のページに殴り書きて書かれた内容を読み上げるのであった。

 ノートの内容から察すると、学者はエッセキュヴァイスと出会った時には異常をきたしていた事に成る。だが、最後迄生きる事に執着していた様だ。しかし、学者の言っていた計画は狂言だった事に成る。此の惑星の生存者を探す計画おろか、ユルヅを安全な居場所迄送り届ける事も振り出しに戻ってしまった。

「ありがとう、ユルヅ。大体事情ハ理解出来た」エッセキュヴァイスは、ユルヅに礼を言うのであった。
「うん」ユルヅは、少々陰った表情でノートを閉じると机の上に戻すのであった。

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