THE GREAT HUNTER 黒騎士編 無明長夜の章2.死闘
~フォルレジス~
肉を食い終え、ぐっすり寝ているユウカを横目に火の面倒を見ていた。不穏な空気が森を纏い始めることが分かる。まるで嵐の前の静けさかの様に森は静かだ。
(そろそろ薄暗くなって来たな。)
そう思いながら、ユウカを起こそうとした。その体をゆすり、覚醒を促す。
「おい、もう夜が来る。起きろ。」
「う、う~ん。」
細い目をこすりながら傘を拾い上げ、立ち上がる。すると、足音が聞こえてきた。そして首に傷みが走り始めた
「おーい、道に迷ったんだ。取り合えずそこの火にあたらせてくれ。」
と言い、仮面を付け、赤く、左側だけマントの付いた男物の赤い貴族服を着た女がこちらに向かってきた。一目でただ物ではないと見抜く。
「うん、いいけど。」
と恐れながらもユウカがその女に近づく、しかし手を引いて止める。びっくりした様子でユウカが訪ねてくる。
「何するの…!」
疑問を述べるユウカだったが、俺の首から血が流れていることに気付いた様だった。そしてその女の前に立ちはだかり、顔面を殴りつける。怯んだように後ろに下がり、仮面が砕けた。美しく、しかし悪魔のような凶悪な顔があらわになる。
「あーらら、バレちゃったか。」
その顔は凶悪な笑みを浮かべていた。森は暴風が吹き荒れ、うねる木が悲鳴を上げているようだった。
「下がれ!」
ユウカの方を向き、そう誘導する。そして女の方に向き直る、その瞬間女は掌を突き出し、俺の体を吹き飛ばす。それは甲冑の上から体の内部に大地震の如き揺れを起こし、ダメージを与える。今までの化物どもの力任せの攻撃とは違い技術も交じった一撃だった。
「相変わらずの強さだ、ケイラ。」
血を吐き捨てながらそう呟く。それは見覚えのある女だった。過去の記憶、俺の全てを破壊したあの男。そいつが娘と呼んでいた女のうちの一人。それ故に俺の頭の中で、憎しみの元となった記憶が這い上がり、黒い感情が俺全体を支配する。
「覚えてるなんて嬉しいねぇ。あの時より成長いるともっと嬉しいなぁ。それにその首の傷は役に立っているよね?」
嘲りを含んだ声音で語り掛けながら駆けだし、走る勢いのまま死の弧を描く蹴りが俺へ迫る。だが、渾身の力を込めて大剣を迫る足に叩きつける。ドガンッと言う音と、凄まじい衝撃に腕全体がしびれを伴う。俺は森全体に響くほどの咆哮をあげ、嵐を思わせるほどの剣舞を浴びせる。だが、ケイラはその速度をあざ笑うようにかわし続け、両の掌で俺を吹き飛ばす。やはりこいつは化物だ。格闘の技術、そして化物の様な力。少しの油断を伴えばすぐに命が消えてしまう。だが俺も成長したはずだ!戦えている‼。
攻撃を防ぎ、反撃の機会をうかがい続けるが、素手と大剣では手数が圧倒的に違う。堅牢な防御と針の穴に糸を通すような性格で鋭い攻撃が俺に傷や疲労を増やすことを強いる。そして自分の意に反して大きく隙が生まれる。声を出す暇もなく、二度の大きな衝撃が頭全体に響き渡る。
どうなっている、もはや自分が希薄で分からない。だが、わずかに残った意思で歯を噛み締め、ガリガリと言う音と共に気を確かにする。ぼやける視界、まだ詳しく思考することが出来ない。だが、殺気を感じ、自分の体が動くままに転がる。大きく舞い上がった砂埃の中、立ち上がりながらだんだん意識が回復し、状況を理解してくる。俺は即座に大剣を仕舞い、腰に差した長剣を引き抜く。このまま重い大剣と、速い素手とでは、同じ結末になるのは必定だった。あの瞬間、拳で俺の意識を飛ばし、頭を踏みつけとどめを刺そうとしたのだ!
その思いが、闘争が始まる一瞬によぎった。ケイラの目に向けてナイフを二本投擲する。奴はそれを難なく弾き落とすが、その隙、ケイラの視界が一瞬俺から外れた瞬間、鍛え抜かれた脚力でもって大地を蹴り、ケイラの前から姿を消す。ケイラは周りを見渡しもせず、何故か瞳を閉じて立ち尽くしていた。後ろに回り込んだ俺の、絶対の殺意を込めた刃は確実に奴の心臓を捉えた。しかし俺に一言呟く。
「みいつけた!」
そして体を横に捻り回避した後に、剣を持っている右手を掴まれる。
「あの少女、お前が大事にしているなぁ。ぶち殺してやろうか?」
凶悪な笑みを張り付けた顔を近づけてくるケイラの手を振りほどこうとする。だが猛獣の咬合にも似た握力に掴まれていて振りほどけない。
「お前は復讐心でここまで強くなったんだろ。ほら、頑張らないと!せっかく出来たお仲間さんが死んじまうぜ?あの時みたいにな…あ、お前が殺したんだっけ?」
耳をつんざく嘲りと罵倒の声音が精神を逆なでる。
「…うるさい奴だ。」
思わず漏れたその言葉と共に、怒りに任せて左手で顔を殴る。その瞬間俺の手からケイラの手が離れた。
「ほお~、効くねえ。」
そう言ってケイラがぺッと口から唾と混じった血を地面に吐く。
「その怒り、激情がお前の身を滅ぼしたというのに、学ぶ頭もないのかな?」
ケイラの声、発する言葉全てが不協和音に聞こえる。
「今すぐ、その口閉ざしてやる。」
そして、長剣を逆手で持ち奴の口めがけて素早く振る。しかし、それを口で掴まれ、そのまま全身を使って俺を投げ飛ばし、木に叩きつける。倒れた体勢のままケイラを引きずり倒そうとする。だがすぐさま口を開き長剣を放す。目を見張るケイラは猛獣に似たしなやかさでかわしていき、攻撃の終わりに鋭い手刀を突き出してきた。寸分の狂いなくそれを自分の左手で受けた。死を纏う右手が俺の左手に貫通する。
「!…。」
ケイラの顔に動揺の色が広がる。そして俺の手から自分の手を引き抜こうとする。だが、痛みを無視して手を握り締め、固いものが砕ける音がする。左腕の筋肉を隆起させ、ケイラの体を振り回し、力任せに近くの木に叩きつけた。
「痛いねぇ良いよ。なら次は私だ!」
心底面白そうに嗤うケイラは、俺の手を振りほどこうと、左腕に向けて蹴りを放つ。それは俺の全身にまで響く衝撃をともなった、俺の体が蹴りの威力で吹き飛ばされる。ただそれでも奴の手を離さない。
「っち、お前いい加減にあきらめろよ。」
ケイラから余裕の表情が崩れ、暗い声の罵倒を吐き、俺の手を振りほどこうとする。片手同士で何度も殴り合い、左腕の骨が砕かれる。しかし手を放す事は無い。
「今すぐ、貴様を殺してやる。」
そして空中で数回殴り合いながら地面と衝突する。とうとう衝撃でケイラの手が俺の手から引き抜かれてしまう。そして何度も体を打ち付けながら転げる。その衝撃の余韻が抜けきらないうちに、声が俺の耳の奥を震わせる。
「ちょっとフォル、大丈夫?」
さらに不幸は続く。飛んでいった先にはユウカも逃げていた場所だったのだ。今までのダメージのせいで体に力が入らない。こんなことになるとは、なんとうかつだったことか!
俺の満身創痍をあざ笑うかのようにケイラが立ち上がり、
「ラッキーだな、私は。」
と呟きながら俺に背を向けて、ユウカの方にケイラが近づく。ユウカが死ぬ。短い間だったが、情が移ったのだろう。死ぬという想像をしただけで怒りがこみあげてくる。
「おい、今すぐそいつから離れろ!」
噴火の如く湧き上がる激情に身を任せ、何かに吊り上げられたかのように立ち上がる。こちらに背を向けたケイラの下に音もしない程速くまっすぐ前に跳躍し、心臓に向けて持っていた長剣を突き立てる。意識全てが負の感情の濁流で満たされてしまう。痛みが全く感じられず、折れたはずの左腕も流麗に動く。また不思議と力と憎悪が際限なく湧き上がって来た。
しかし、無造作に突き出した切っ先はケイラに死をもたらすことが出来ず、心臓よりもっと下の位置に、腹の方に突き刺さってしまう。とっさに両足に力を込め、ケイラを長剣ごと岩に固定し、背中を何度も何度も殴りつけた。
「やぁっと、やる気になって来たか。」
怒りの混じる笑いを顔に張り付け、岩に手を入れ、割り、こちらにぶつけてくる。そのまま背中から腹に貫通し、岩に刺さっている長剣を手にし、右の腹を切ることでそれから脱出する。
「本番はここからだね。」
切迫の感じない言葉と声色とは裏腹に、ケイラから笑いの表情が消え失せた。ケイラのその言葉に咆哮で答える。
そして、俺はケイラの下へ疾走し、掴み掛る。そうはさせまいと後ろに下がりながら両手の動きが一つの手の様に組み合わさって攻撃を放ってくる。だがやはりどれほど傷をつけられても痛みは無く、体は十全に動かすことが出来る。
もはや考えることが出来ず、猛り狂った全身の筋肉を使い、片手で長剣を振り、片手で敵を直接殴る。磨き上げた氷のような冷光きらめく手刀をケイラが放てば、荒々しく力強い剣撃を浴びせる。もはや全身の感覚はなく、だが、生きているという暑さだけがマグマの様にゆっくりと、だが確実に駆け巡っていた。
「面倒臭いなあ、このままじゃ依り代が壊れちゃうじゃん。」
「……。」
喉が焼けるように熱く、何も答えることが出来ない。自らの異変を脳に巡らす前に、視界の端に何かがある。そう捕らえた途端、身をひるがえす。目の前を死の弧を描く。それはケイラの高く上げた蹴りだった。その光景に一瞬強張るが、すぐに立ち直る。岩から引き抜いた長剣を両手で握り直し、腕と長剣が死の歌のような声を上げてケイラの胴体を叩き飛ばした。
叩き飛ばされたケイラが、勢い良く木にぶつかる。その瞬間低く飛び、もう一度ケイラの腹に長剣を突き刺し、貫通した刀身を奴の背後の木に突き刺す。低いうねり声をあげるケイラの頭に向けて至近距離から殴る。殴り続ける。乱雑に、とにかくケイラの体を捉えて。そして、ケイラの体にヒビが入る。瞬間、俺の腕がケイラの胸を貫通した。
「まったくお前は予想外ばかりだ。まあ、満足したし、姉さんから言われた目的も果たしたし、また会おうか!」
最後の最後まで態度を変えず、ケイラの体はボロボロに崩れていった。これ以上はいけない。そう、俺の中で何かが訴えるように、俺の意識は途絶えた。
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