プロローグ 美しさの町
女たちが化け物を崇めている。肌が白く頬と唇が赤く染まった女たちが、血を吐き、目を潤ませて歓喜している。
娼婦ヴィスタは今日もまた愛想笑いで仕事に取り組んでいた。この村は化粧でうまく着飾った様に、美しい者達が多い。その中にいるヴィスタは憂鬱な日々を過ごしていた。それはこれから体を売るためではなく、自らの残酷な運命のためであった。
「ヴィー、仕事だよ」
ヴィスタを呼ぶ声がする。彼女が指名されたのだ。この村自体がそうやって生き残って来たのだ。
「はぁい、今行くよ~」
とヴィスタは言った。相手になるのはさまざまである、金さえ払えばどんな者にも売らなければならない。せめて顔が良い人ならいいなと彼女は思いながら向かった。
相手だった男はある傭兵団にいる男であった。終わった後に、その男がヴィスタに話しかけて来た。
「おれの名前はアルス。なぁあんた、どうしてこの町はこんなにも美人さんが多いんだい?」
と疑問を述べる。それにヴィスタは暗い表情で答えを話し始めた。
「そうねぇ、呪いとか病じゃないかしら。この村の人たちはね、ある程度成長すると、儀式を受けるの。」
「美しくなる儀式か?」
「そう、するとね、肌は白く、頬と唇は赤く、なで肩になるのよ。まるで美しく化粧をしたみたいにね。」
「ほぉ、どうりで女ばかりが美しくなるわけだ。男がそんな儀式を受けても何にも変わらんからな。」
アルスは納得した顔をして呟いた。ヴィスタの話は続く。
「けれどその儀式を受けた人は長くは生きられない。ある日突然血を吐き始めて、少し長く苦しんで死ぬのよ。そして私も儀式を受けたから例外じゃない。でも生きるためには仕方なかった。男より体は強くないし、身分の高い人みたいに学があるわけではないから。けれど、怖くないと言ったら噓になるかな。」
そこまで話すと、アルスがヴィスタの肩を掴んで力強く話しかけた。
「よし、分かった。仕方のない事でもとにかくあがいてみよう。一夜のお礼だ」
ヴィスタは少しドキリとして、考えてみた。運命に足掻くなどこれまで考えたことがなかっからだ。
「あがく?………そうねやってみる。」
それに、他の傭兵たちも賛同し、アルスの下に傭兵団の者達が、アルスの仲間たちが集まって来る。ただ一名を覗いて。
「俺は興味がない、お前達で勝手にしろ。指揮はアルスがやれ。」
北方なまりの言葉で冷めた様に語るのは、傭兵たちの中でひときわ大きな体躯をした、険しい顔の戦士。鎧の隙間からは古傷と、真っ白な肌が伺える。傭兵団の者達は彼の言葉に一斉に耳を傾けていた。その男はこの傭兵たちはまとめる存在なのだ。
「フォルレジス…、まあそうだな。じゃあ俺たちは行って来る。」
少しがっかりした様子でそう言って立ち去るアルスと傭兵たちにフォルレジスは、「武運を祈る」と言葉をかけて酒をあおり始めた。だがフォルレジスの纏っている雰囲気は戦場にある時と同じだった。
ヴィスタとアレスと傭兵たちは、暗い陰鬱の洞穴の中を松明の光だけを頼りに進んでいた。そこは例の儀式の場所であった。やはり儀式のことは儀式が実際に行われている場所に行くべきだと思ったからだ。
緊張が駆けまわっている、人間は暗くて閉鎖的な場所を本能的に怖がるようである。
「もうすぐでつくはずよ。」
少し上ずった声でヴィスタは声を発し、傭兵たちにさらなる緊張が走った。だがそれは恐怖ではなく、戦いの前の緊張と言えた。
「よし、松明は壁に立てかけて、捜索に入ろう。」
アルスがそう命令を下して、傭兵たちが儀式の場に多くの松明を立てかけて散策を始めた。
「おい!ここの垂れ幕の中に何かがあるぞ!」
傭兵の一人が何かを見つけたようだ。全員がそこに集まり、垂れ幕を上げる。そこにあったのは不気味な像であった。邪教の物であろうか?しかし不気味である。アルスが口を開く。
「これが例の儀式に使うやつか?にしても不気味だ、教会の奴らが見たら異端として弾圧しそうだ。」
「ええ、これよ。垂れ布から移る影でしか似たことないけれど、形はこれよ。」
傭兵たちにゾッとした空気が流れ始める。その瞬間、
「「「ヒャヒャハハハハ!」」」
複数の不気味な笑い声が聞こえる、まるで地獄の悪魔がこちらに来たみたいである。アルスの怯えた声が響く。
「何だ、村民か?悪魔か?」
アルスの怯えた声と共に、傭兵たちから罵声が走る。暫く笑い声と罵声が飛び交った後、その声の主が姿を現した。村の上層部の者達であった。だが、その顔はとても正気のモノではなかった。村長である老人が怒気を纏って叫びたてる。
「お前達か!我らの神秘を暴かんとするものは‼」
そこに居た傭兵たちとヴィスタはその勢いに押され、体が凍り付く様に動かなくなった。
「我らが神はお怒りだ!故にお前たちを生贄に捧げてやる」
そうやってその場にいた上層部の者達が手を上に掲げると、邪心の像が動き出して、無機質な肌から生物的な生々しい肌に変わる。その瞬間アルス率いる傭兵たちとヴィスタは血を吐いて倒れ始めた。
「な、何が起きて」
そして屈強な傭兵たちは瞬く間に死んでいった。ヴィスタはその死に様にひどく見覚えがあった。
「あなた達が、いいえ、この化け物が病を操っていたの⁉」
すると村民たちは邪悪な笑みを浮かべて黙り始めた、まるで清聴するように。化物の声が静寂を切り裂く。
「お前達はただ盲目に生きていればよいのだ。それを暴こうとするからこうなる。」
ヴィスタは血を吐きながら苦しみただ死を待つだけの存在となった。
「さあ信者たちよ!宴を開こう。俺を称えろ‼」
そして宴が始まる狂気と恐怖がヴィスタの愛らしい瞳いっぱいに広がって、覆い隠し始めた。ヴィスタは生きることへの執着も、血を吐く苦しみも、すべて忘れ恐怖していた。
「だれか!だれかこの狂気を殺して!すべて燃やし尽くして‼」
ヴィスタは死を直前にした獣の様に吠えた。その時、村長たちに一つ、また一つと矢が飛んできた。その矢はすべて頭や胸に命中し、射手の腕を示していた。ヴィスタ以外の村民を射殺したころ。くだんの射手がようやく姿を現した。その姿はあのフォルレジスだった
「生きていたいのならあがくことだ。女」
その声はひどく冷静である。そしてフォルレジスが着た方向を見てみると、炎で真っ赤に染まっていた。彼は煤と血で汚れた鎧を纏い、槍と斧を背負い、腰には幅が広く分厚い片刃の山刀と弓と矢筒を下げていた。
「ここは気ちがいばかりだ、それで怪しいと思って来てみればこれだ。」
どうやらフォルレジスもこの村の住人に襲われたようで、今、村ごと焼き払ったようであった。化け物もフォルレジスを見据えたようで顔色を変える。
「ヒ、ヒイイイイイイ。」
ヴィスタは顔に出すことは出来なかったが、内心では驚愕していた。今まで恐怖の象徴であった化け物が、今度は恐怖しているのだ。
「お、お前はフォルレジス!何故こんな辺鄙な村まで、ううう………。」
化け物はうずくまり始める。その姿はあたかも薙いでいる子供の様だった。だが、
「あのお方の命令だ!死ね‼」
化け物は急に立ち上がってフォルレジスに襲い掛かった。だが彼は背中に背負っている槍を持って投げていたのだ。
「ギャアアアア」
槍は得物を狩る肉食獣の速さで投擲され、化け物の頭に深々と突き刺さった。だが人外の生命力か、化け物はナメクジの様に蠢いていた。
「弱いな、まあこんな奴もいるか。」
そしてフォルレジスは山刀を引き抜き頭を縦に叩き切った。
「ニンゲン如きにぃぃぃギャァァァァァァァアアアアアアア!」
化け物は甲高い叫び声を上げてぐったりとした、死んだのだ。ヴィスタはその光景を見に焼き付けた。そして弱々しく語り掛ける。
「あなたは化け物を狩る狩人様なの?」
フォルレジスは強く答えた。
「そうだ、奴らは俺と言う虎の尾を踏んだ。だからこそ滅ぶのは必然なのだ!」
そしてフォルレジスはナイフを取り出した。
「もう助からんだろう、どうしたい?」
ヴィスタはうつろな目でナイフを見つめた。苦しまぬことが、この病で死なぬことがあの化け物への抵抗に思えたからだ。そしてフォルレジスは躊躇なくナイフを、絶対の急所足る心臓へ突き刺した。ヴィスタは薄れゆく意識の中で炎の中を強く歩くフォルレジスを見た。
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次回はまだリメイク中なので見なくてもいいです。