THE GREAT HUNTER  黒騎士編 霧雨の章  1.盲目

 黒騎士編 霧雨の章

 霧の中、止まぬ雨、日常は過ぎていく。気を付けると良い、見えづらければ足をすくわれやすいのだから。しかし今宵は分かっていても抜け出せない。

 晴れた日の午前はまだ霧深い。この町は発展しており、都会と呼べるものだ。

「だからぁ、納期まで時間がないんですって。以前から話したでしょう?」

「伸ばしてくれる約束じゃないですか!それを基準にしていたから無理ですよ!」

 男たちが言い合う罵倒の光景。その言葉に真実もない。

「お姉さんたち、この後一緒にどう?」

「ええ~どうしようかな~。」

 男が女を誘う、欲望の光景。それは豊が故の日常と苦悩。また一日は過ぎてゆく、ひどく退屈に。この町に、心はない。

~ユウカ~

 人混みがすごい。一目見て都会だと分かった。ただ心なしかここの人たちは心ここにあらずと言った感じだ。全てがうわべだけ。

「何かここの人たち、暗いよね。」

「ああ、余裕が見えてくると、何もかも退屈に見えてくるんだろう。」

 フォルの言っていることの意味は解らなかったけれど、何となく納得できた。

「まだ、夜になるには時間がある。色々と買い揃えることが出来るな。」

 そのフォルの言葉に、私は嬉しくなる。

「フォル!速く何か食べよう‼まずお腹を満たしましょう⁉」

 興奮が止まらない、どうせ夜には大変になるのだから、今楽しまなければ損である。

「ユウカ、落ち着け。まだ日が出始めたばかりだ、まだまだ時間がある。」

 とフォルが落ち着きを持った声で静止する。けれど、待てるわけがない。前に前に走っていく。

「そうだね!ご飯を先に食べよう。」

「……。」

 フォルが黙ってこちらを見ている。その手を引っ張って食事を食べるところに行く。

「そんなにがっつくな、食べ物は逃げん。」

 食事所の中で、フォルが淡々と言う。

「ん…、ゴクッ。だってこんなに穏やかな時間初めてなんだもん。楽しまなくちゃね。」

「そうか。」

 穏やかな雰囲気を纏う。窓から覗く、日は真上にあり、快晴の日差しが心地いい。

「そうだ!街を歩こうよ‼まだこんなに眩しいんだもの。」

 そして私達は街に出かけた。

「嬢ちゃん、可愛いね。これ。」

 気のよさそうなおじさんが食べ物を分けてくれた。

「奢りだよ。若いうちはたくさん食べないとな!」

 そのおじさんに近づいて頭を下げる。

「ありがとう!」

 そして踊る心のまま、歩き出す。足取りはいつもより軽い。

「良かったな。」

「うん!」

 そして歩き出す。すると、にぎやかな光景が見えてきた。

「フォル!あれなんだろう?言って来るね。」

 そして一人、私は駆けて行った。日はまだ高いままだ。

 宴会の会場、光輝いていて、高揚が踊り狂っている。楽しなぁ。これがずっと続けばいいのに。フォルも早く来ないかな~。

 お茶らけていて、笑っている人達。そうよ、私はタノシイセイカツがしたかったんだ。っと思い周りを見る。そして笑っている人達を見てうれしくなる、

「でも最近物騒だよな。」

 誰かの声が聞こえてくる。

「近くの森がひどいことになってるらしいしな。」

「その向こうの街なんて領主が死んじまったらしいな。」

 それは私も知っている話だった。

「何でも、事件が起こったところは大体黒い騎士がいたらしいな。」

「そいつがやってるんじゃないのか?」

 そんなことしていないのに…、少しバツが悪くなったのでここを離れることにした。

「もう少し楽しみたいなぁ、まだ正午だし。」

 街を歩き回る。ただ歩き回る。何か無いかなぁ…。抜け出してきたのが私の心に暗い物を落としたのか、何も楽しいことがない。あれ、何してるんだったっけ。そうだタノシイコトをしに来たんだった。

 抜け落ちた何か。けれどそれは特段気にならなかった。

「こんにちは!」

 後ろから声が聞こえてきて心臓が跳ねる思いをする。

「こ、こんにちは…。」

 振り向いてみてみれば、きれいな長い銀の髪と瞳をした少女だった。

「遊びたいんでしょ?なら一緒に行きましょ。」

 真珠のような真っ白な手をこちらに差し出し、ついて来てと促してくる。その手を取り、されるがままについて行く。

「見て!綺麗でしょ。」

 気付けば辺りは真っ暗になっていて、塔の上で満天の星空のような夜景を眺めていた。

「すごーい。この町にこんなところがあったんだ。」

「いいでしょ、私の街。」

 満面の笑みで少女がそう言う。

「うん、ずっとここに居たいなぁ。」

「お仲間の騎士様も?」

 目を細めてこちらをうかがうような視線を少女が送った。

「????」

 しかし突然放たれたこの子の言葉の意味が分からなかった。しばらく沈黙が続き、私がきょとんとしていると。少女が私の頭を撫でて、

「ジョーダンジョーダン。ほらもっと楽しいよ。」

 そしてまた少女は満面の笑みを浮かべ、手を差し出してきた。先ほどの言葉はどういう意味なのだろう?

「うん!」

 迷う余地なんてない。この子の手を取った時。また綺麗な景色だったり面白いことが起こるのかもしれない。その選択に、少女はにっこりしながら私の手を引いた。

 穏やかな夜の町の情景、みんな満喫している。

「好きでしょ?みんなが笑っているの。」

「うん、温まる気がする。」

 何か祭りをやっているのだろうか。暗い時間なのにみんな灯りを付けて店を出している。

「ほら、全部おいしそうだよ。私が買ってあげるから。」

 目を細めて笑い、少女がお金を渡してくる。さっき食べたばかりだっていうのに不思議とお腹は減っていなかった。

 しばらく買い食いしていると、大きな道の人が道を開け始めた。

「何が始まるの⁉」

 私が少女に聞くと。

「これからパレードがあるの。みんなが踊ったり唄を歌ったりするんだよ。」

 いったいどんなものなんだろう。そう思って見ていると、光、光、音、音。楽器の音。人の声。たいまつの光。家の灯り。今までに見たことがない光景だった。

「楽しめてる?」

 圧倒される私の顔を覗き込み、少女が聞いてきた。

「うん、驚いてただけ。いい光景だね。でも、終わりは見えちゃうんだろうなぁ。」

「終わりって言うのは始まりなんだよ。だから終わったらまた始めればいいじゃない、何度でも。」

 けれど私は暗い顔をしてしまう。そんな私を少女が心配そうに見つめる。

「大丈夫?もしかして、私に会う前、この町の人が何かしたの?」

「違うの。」

 気付けば、私は噂のことを話していた。

「彼の記憶は消えたけれど悪い噂は覚えていると」

 少女が聞き取れない声で何かを言っていた。

「何て言ったの?」

 と言うと、少女が私に抱き着いて頭を撫でてきた。

「嫌な思いさせたね、ごめん。でも気にしなくていいのよそれであなたと言う人間は変わらないんだから。」

「なら、人からの私を変えるにはどうしたらいいの?」

 どうしても気になっていたことを話す。

「そうねぇ。気にしないことが一番だけれど、変えたいというのなら変える努力をするしかないわ。」

「努力…。なら、神様も何か努力したの?」

 少女は、驚いたように目を見開いた。

「何かを為したから敬られる。それはどうしようもない物への恐れでもあり、身体震える歓喜でもある。けれどそれは努力と言うかしら?神のお話に人のする努力はあるかしら?人が勝手に思い込んでいるだけなのかもしれないわ、その方が楽なのだから。」

 ひどく曖昧な答えだ。だが神は努力していないと言うことなのだろうか。

「私も神様に生まれたかったなぁ。」

 努力したくない、そんな少しの不満。そして少女はまた手を差し出す。ひどく嬉しそうな顔をして。

「行きましょ、ここじゃよく見えないわ。それにあなたの願いはかなわないから、こんなところにいる限りは、だからかなえてあげる。」

 私は無意識にその手を取っていた。

 周りからの大歓声。眩しくなるほどの光。気付けば私は、祭りの人々の中心にいた。少女の声が聞こえる。

「どうしたの?貴女は祭りの中心よ。神様になったんじゃない?」

 周りを確認してみれば、みんなきらびやかな瞳で見つめてくる。私は黄金色の服や装飾品着けられていた。あまりにも現実味がない光景。

 私が戸惑っていると少女が周りの人に言い聞かせるように話し始めた。

「この子はこの町の新たな主、神様なのよ。だから大切に扱って。」

 町の人たちはそれに快く了承した。私は今日から敬られるのだ。もう私の悪い噂を聞く事は無いのだろう。そう思った。

「新しい神様!万歳‼」

「おお、私はあなた様見合えたことを光栄に思います。」

 中には私に向かって歓喜が溢れ出したかのように涙するものまでいた。そんな中。私が主役の祭りを続けた。そうなんだ、これが欲しかったんだ。私は誰かに認めてほしかった。でも、何だろう?少しもやもやする。ずっとほしかったものが手に入ったのに。何かが欠けている気がする。

 ふと辺りを見渡すと、誰かの後ろ姿。その姿は暗かった。

「あれ、誰なんだろう。」

 これまでどんな質問にも答えてくれた少女に聞いてみることにした。しかし聞こえていないかのように何も答えず、その顔はその人のことを睨んでいた。至極嬉しそうに。

「ねえ、あの人は誰な…。」

 その言葉をつむぐ前に私の口は少女の手によって閉じられた。

「気にしなくてもいいのよ、気にすることもない人だから。貴女はね。」

 そして完全に黙ってしまった私の口から手を放し、私の両目は少女の手によって暗く塞がれた…。あれ、何を考えていたんだっけ…。どうでもいいや、私は、人から尊敬される神様なんだから。

 脳裏にちらつく騎士の姿を、私は完全に消し去ってしまった。

~フォルレジス~

「ユウカ!ユウカ‼」

 倒れてしまったユウカの体を揺さぶる。だが決して反応することはない。

「何々、どうしたの。」

「事件か?事故か?」

 人が集まって来る。だがその中にユウカを心配している物などいない。皆野次馬のようにそれを眺めているだけだ。怒りが沸き上がって来る。だがそんな事よりもユウカだ!

「役に立たないのなら退け!道を開けろ‼」

 集まって来た人の壁をかき分け、ユウカを抱えて走り出した。なるべく衝撃を与えないように。

黒騎士編 霧雨の章 幽玄(まぼろし)の章


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?