THE GREAT HUNTER 黒騎士編 聖魔村の章 5.恐怖と怒り

~フォルレジス~

 俺は獣人達が寄ってこない様に教会に火をつけた。シスと呼ばれた化け物が、

「悪魔…彼方は悪魔よ‼」

 と叫んでくる。その言葉に俺は静かな殺意を込めて、

「そうだ、俺はお前たちのような奴らを殺す化物だ、お前も地獄に落ちろ。」

 そんな俺たちのやりとりを終えた後ユウカが、

「どうするの、このままじゃボルコスも死んじゃうよ。」

 と、心配そうな顔で聞いてくる。

「大丈夫だ、この建物はデカい、そう簡単に崩れたりしないさ。」

 そして俺はユウカを建物の入り口に待機させ、教会の中に入った。シスが天に向かって手を広げ、慟哭する。

「どうやらあなたは神が私に与えてくださった試練。なればこそ、死を持った浄化によって彼方を祓いましょう。」

 もうすでに勝っているつもりでいる奴の態度にだんだんと怒りが溜まって来る。

「やって見せろ、絶望に負けた売女。」

 そして、俺は二本のナイフを奴の顔面に向かって投擲する。だが背中の触手によって叩き落され大きく土埃が舞った。そしてシスが見えなくなる。その中でシスが叫ぶ。

「これこそ神の奇跡、この神々しい体こそが神の奇跡の表れなのです。」

 そして見えた姿は、カから血管が浮き出し、右と左の手足が蝶の様に細くなり、また、背中から太く大きな触手が二本生え、青白い体色になる。まるでナメクジと蝶を合わせた様な姿だった。

 大剣で何度も斬りつけるが、奴の体を切断することが出来ない。俺は大剣の向きを変え平たい部分を叩きつける。それも柔らかい体で防がれる。

「打撃も斬撃も、どんな攻撃も聞きはしないわ。彼方は私に倒されるしかないの。」

 シスが自慢げに語る。二本の腕を振り回し、俺を殺しにやって来る。どんな攻撃も聞いていない、どうすればいいのだ⁉

 そして大剣を灼熱の壁に叩きつけ、その燃え盛る木の破片をシスの体に投げる。すると、シスを纏う粘液が燃えだした。その体に向かって大剣を鋭敏に振りぬけば、その体を斬り飛ばすことはできなかったが、切創を与えることが出来た。

「ギャアアアア!死ね、死ね、お前も燃えろ‼」

 背中に生えた触腕で手当たり次第に攻撃し、教会の屋根を崩す。今から下がっても間に合わないと思った俺は落ちてくる炎の瓦礫を吹き飛ばしその中に身を潜めて殺意を抑え、気配を殺した。

「大丈夫、ボルコス。彼方は守るわ。」

 そして、シスはボルコスを蝶の様に細い腕で抱擁し、焼かれながらもボルコスを守った。完全に崩れ去った教会。俺はその炎と瓦礫の中で、周りの死に誘うような熱さと重さに耐えながら機会を待ち続ける。息すら殺して、

「さあボルコス、この地獄から出ましょう?そしてあなたもこの村の一員よ。」

 シスが起き上がり、ボルコスを放し歩き出した。その瞬間飛び出す。駆けだした俺の方をシスが向く。

「!え…。」

呆けた顔をして固まっている奴に向かって大剣を突き立てて風と化した。グサッと言う音がして大量の鮮血が舞う。大剣はシスの胸に根元まで突き刺さり、心臓を深くまで串刺しにした。

「お前は、お前は何なんだ!何で死なないんだ‼」

 心底恐れが混じった声でシスが叫び、その細腕とは思えない凄まじい力でこちらの胴を締め上げ、殺そうとしてくる。だが俺は奴に突き刺した大剣に渾身の力を込め、足を踏みつけて胸から上下に千切ろうとする。

「俺はお前らを絶滅させる者だ。殺しつくすまで止まるつもりはない!いずれお前の神とやらも殺してやる‼」

 力を入れる咆哮と共に上半身と下半身を裂いて分ける。シスが這いずりながらもこちらを触腕で攻撃してくる。大剣で防いでも、何度も何度もこちらに攻撃してくる。

「離れろ、離れろ。来るな、来るな!」

 必死の形相でこちらに攻撃をしてくる。だがその攻撃には正確さがなく。俺はそれを容易くかわす。そしてとうとう目前まで近づいた。シスは獲物を前にした草食動物の様に怯えて動かず、その触腕めがけて大剣を振り下ろし、それを潰し斬る。

「こんなのおかしい。神から授かった肉体に許可なくただの人間が、振れられてはいけないのよ!」

 仰向けになったシスがそう天に向かって絶叫する。その絶叫に答えてか、周囲の雰囲気が夜の星空を思わせる神秘的で恐ろしさを秘める雰囲気を漂わせた。その瞬間、閃光と共に周りが爆発する。

「ぐぅ…。来るな!…ユウカ‼」

 俺は吹き飛ばされ、周りに血しぶきが舞う。あまりの唐突な衝撃により、声すら上げることが出来ない。だがそれでも俺は体中から絞り出して叫んだ。そして頭がひどく冷静になり始めた。先程の爆発していたように見えたのは、凄まじい威力の光弾だったのだ。

「新しく奇跡を授かったわ!これであなたを滅することが出来る。」

 そして周囲の血煙りが、白く光り、爆ぜる。その瞬間光弾がそこら中に飛び散り、衝撃でまた吹き飛ばされる。片方の鼓膜が破れたか、手が震えて剣が握りにくい。いやそんなことはどうでもいい、必ずお前を殺してやる。

 そして震える手で右手を大剣の柄に意志でもって縛り付け、大剣を引きずる。片方の耳だけが何も聞こえず気持ち悪い。狂信的であり盲目的な信仰を持った笑みが身に突き刺さる。血が凍り着く感覚に陥り頭がぼぉっとし始める。だが俺は怯まぬ。大丈夫だ、殺せる。目が見えるのならば。今度こそ必ず仕留めてやる。

そして肩を左手で掴み、もう一度確かな殺意を込めて心臓に刃を突き立てる。しかし、

「お前も道ずれにしてやる!」

 地を這う炎を集めて自分に纏わせ、体だけで跳んで近づいてきたシスが残った腕で俺の腹を絞め上げ始める。全く化け物にだけ都合がいい!その力は次第に強くなり、焼き殺し、絞め殺さんとしてくる。俺は大剣の柄から手を放し、倒れ込んで近づき、その顔を右手で掴んで両目を指で押しつぶす。しかしそれでも止まらない。両目から指を引き抜き、もはや元が人とは思えぬ恐ろしい形相に変わった。ふと、俺の腰に誰かの手が見えた。

「もうやめてくれ、シス!」

ボルコスが弱々しい言葉を発し、俺の腰から長剣を引き抜いた。シスはそのことに気付かない。そしてシスの頭を脳天から串刺しにした。声を発する暇もなく。彼女から力が消え、俺の周りから火が消える。見ればシスの死体が燃えているだけであった。

「シス、シス…。」

 ボルコスが悲しみに暮れる。俺は何と声をかけて良いか分からなかった。

「あなたのせいじゃないよ。」

 いつの間にかこちらに近づいてきていたユウカが跪くボルコスにそう声をかける。

「ッツ!」

ユウカの腕をつかみ引き寄せ、俺の直剣をユウカの首に当てる。

「俺のせいじゃないだと!俺のせいじゃ!」

 その目は血走っていて、とても冷静な会話が出来る状態じゃなかった。

「あんたがあの時手を出しさえしなけりゃ、俺をほっといてくれりゃ、こんなことにはならなかったんだ。」

 ボルコスが涙を流しながらこちらを睨んでくる。理不尽な言葉だ、だが俺は両手を伸ばし、何とかボルコスをなだめようとする。

「落ち着け、確かに俺が悪い。だがその子は関係ない、だから離せ。」

「うぅ、うぅ。黙ってろ!」

 ボルコスが唸り始め、苦しんでいる、そして…、ユウカが叫ぶ。

「ちょっと…⁉キャア‼」

彼の持っている長剣がきらめき、その刀身に血が伝う。自分の首を突き刺して絶命した。彼はおそらく正しいことをした。だがその正しいことは彼にとって、最も残酷で、とても耐えられるものでは無かったのだろう。

「そんな!どうして…。」

 人が自ら死ぬ様を見て、ユウカが目に涙を浮かべる。

「仕方がなかった、それよりここから離れよう。」

 そして、振り向いた時に見た光景は予想を裏切る物だった。

「ここは?どうなってるんだ。」

「誰か説明してくれ!」

村人たちが元に戻ったらしい。目の前のそこかしこから様々な声が聞こえる。

「良かった。みんな操られていただけだったんだ。」

 ユウカが穏やかな顔をし、胸をなでおろしていると。

「キャアアアこの人死んでるよ。」

「こっちは家が崩れている。」

 恐怖した表情で村人たちが叫んでいる。それは冷静な人の目ではなかった。

「あいつ!血まみれだぞ。」

「あいつがやったんだ!」

 皆口々に俺を犯人に仕立て上げる。無理もない、普通の日常を送っているはずが突然地獄が広がったのだから。

「それでも騎士のやることか!腐ってやがる。出て行け!」

「そうだそうだ!この村から出て行け!」

 そして皆一様に俺たちに石を投げだした。ユウカに飛んでくる石をかばいながら俺たちはこの村から出て行くことにした。

「どうだ?これが人間だ。獣でも化け物でも無くな。」

 誰に言うでもなく。俺はそう呟き、歩を進める。

「どうして、みんなないことを信じるの?どうして間違えを訂正しないの?」

 村から十分に離れたところで、暗い顔をしていたユウカが話しかける。

「民衆は短絡的なことしか考えられない。先入観と見たままの情報でこの世がすべてだと思っている。それは宗教の信仰と何も変わらない。異端は払いのけられるだけだ。」

 俺がそう言うとユウカが黙り込んでしまった。

「割り切れ、それともここで旅を止めるか?違う村についた時に、お前は俺から離れるのか?」

 俺がそう聞くと、俯いた顔を上げて。

「違うの!今まで見てきた世界と違いすぎるから。少し戸惑っていただけ。でも、もう大丈夫だよ。」

 澄んだ目をしてそう呟く。もはや何も言うまい。

「ならば行くぞ。この旅はまだまだ長い。」

「うん…あ!ボルコスとの約束、結局果たせなかったね。」

「約束?」

 ユウカから飛び出してきた単語に、俺は疑問に思った。

「ほら!お墓を造るっていう約束。結局できなかったね。」

 今更村に戻るわけにも、誤解を解くわけにもいくまい。だが、少し歩(あし)が重い。

「…ああ、そうだな。とにかく行くぞ。」

 そう言うと、ユウカが顔を俯かせる。

「分かった。」

 心に重いものを残したまま、俺たちは旅を続けることにした。

~ユウカ~

 私はどうしても納得できない。どうしてあの村人たちの主張を訂正せずにそのままにするんだろう。時間をかければ村の人たちも分かるはずなのに。先ほどの問答では納得できず私は話を盛り返そうとする。しかし、

【復讐心、怨み、それしか語ることはない。】

 いつの日だったか、フォルがそんなことを言っていたことを思い出した。彼にはそんなことにかけている時間もないのかもしれない。

「復讐以外に何も興味がないの?」

 そう私が聞くと。フォルが固まる。何か返答を考えている様子だった。

「そうだとも言えるし、言えない。だが、少なくとも俺は英雄になりたいわけじゃない。もしかしたら剣を振っていたら満足なのかもしれない。だが、今は復讐(それ)を続けるしかない。」

 そしてまた歩き始めた。遅れないようにフォルの手を握ろうとする。その指先に触れた瞬間、フォルの感情が伝わって来た。それは憎悪、怒り、そして悲しみ。ただそれだけがフォルの頭の中を駆け巡っていた。

どうしてそんなに恨み続けられるの?もう人生全てがそれに染まってもいいと思っているような。どうして…。

 すると、途端に違う感情と共に何かが流れ込んでくる、それは記憶だった。そして、いつか森で見た幻影の女の人の姿。大量の死体。そこは一昔前にはよくある戦場だった。

「いつも無茶しているな、お前は。」

 呆れたような、しかし嬉しそうな顔をしている女の人が『自分』に手を差し伸べる。これは、フォルの記憶?ならこの女の人は?と疑問は尽きない。

「まあまあ、今日も生き残ったのだからいいだろう?セフィエン。」

 後ろから聞き覚えのない声が聞こえてくる。見えたのは、白銀の髪を短く切りそろえ、穏やかな雰囲気を纏った美青年。この人も『自分』に手を差し伸べてくる。聞こえてくる三人の声は子供のように笑っている。

「二人共、もう帰ろう。」

 立ち上がった『自分』がそう言いった。記憶であるため、本人の姿は見えないが、聞こえた声音は嬉しげだった。

 気が付けば先ほどまでの景色。戻って来ていた。

「何かあったか?」

フォルが心配そうに聞く。

「ううん、なんともない。」

色々の聞きたかったことはあるが、あえて聞かないことにした。そして私はただフォルに着いて行くだけだ。いずれそれを明かしてくれる時が来るまで。


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