THE GREAT HUNTER 黒騎士編 聖魔村の章 4.幸せ足りうるか
「大丈夫か⁉ユウカ‼」
先にユウカの心配をする。するとゴホッ、ゴホッとせき込みながらユウカが指で丸を作った。
「二度と甲冑を着て泳ぎたくないな、だが無事だ。」
と答える。すると、安心した様な声が聞こえてくる。
「二人とも無事でよかった。」
と言いながらボルコスが吹く物を用意してくる。甲冑やその下に来ている鎖帷子を脱ぎ、焚火に当てて乾かしながら頭や腕を拭く。
「お二人さんいくつか服を持ってるんだ。それに着替えたらどうだい。」
ボルコスが服を見せてくるが、どれも大人物だけだ。
「ユウカに似合いそうな服はなさそうだけどな。」
と言うと、ユウカがこちらを睨んでくる。
「ぶかぶかでいいから頂戴、あと見ないで、ボルコスもフォルも。」
そして俺はユウカに背を向け、着替え始める。
「あんた、灰を被ったみたいな肌の色してるな。あとやっぱり強そうな人相だ。」
とボルコスが話しかけてくる。
「生まれつきだ。」
そうやり取りしながら着替えを済まし、装備が乾くのを待つ。
「あの時は済まなかった。思ってもみなかった光景で…。だが俺が見たあいつらは確かに人間みたいに生活していた。」
反省の面持ちになったボルコスがあの時見た光景を振り返る。
「さあな。だが、考えられるのはこれを操っている奴らがいるってことだ。」
「いったい誰が…。」
ボルコスが悔しそうな顔をする。本当にこいつはよく表情が変わる。
「そう言えば二人って好きな物ってある?」
暗くなった場を和ませようとしたのか、ユウカがそう尋ねてくる。
「あ、ああ。俺はこの村とあとは都会が好きだな。」
と、明るい顔のボルコスが言う。ボルコスの好いている物にユウカが首を傾げた。
「いったいどうして。」
「この村には育ててもらった恩がある、あとそれ以上に都会への羨望と言うか、ほら、手に入らないもん程人は欲しくなるっていうじゃねえか。」
その話にユウカが眼を輝かせる。
「そうだよね!私達だと絶対行けないような場所だもん。」
興奮したようにユウカの声のトーンが上がった。
「フォルもそうだよね!」
しばらく黙って聞いていたら、突然話をこちらに振って来た。空を見上げ、自分の記憶を色々と探る。
「都会と言えば、俺は王都に行ったことがある。」
懐かしい思い出、仲間たちと戦場を駆けた日々を思い出す。感傷に浸っていると、二人が眼を見開いてこちらの顔を覗いてくる。
「フォルって実はすごく偉い人だったり…。」
「しない。」
ユウカの問いを即座に否定し、俺達は乾いた装備に着替え、立ち上がる。もう日が暮れ、丸い月が顔をのぞかせる。
「どこ行くの?」
立ち上がった俺に、ユウカがそう問いかけてくる。
「もう一度奴らが押し寄せてくるかもしれん。だから今夜あの村を襲撃する。」
ボルコスが眼を見開く。
「今夜?早いうちに叩いておこうってことか?」
ボルコスも立ち上がり、こちらの顔を見る。
「ああ、もう出しゃばった行動はするなよ。」
先ほどのボルコスの行動を思い出し、釘を刺しておく。それにボルコスは頷いた。
「行くぞ、ユウカ。」
「うん。」
そして眼前に見える村に向かった。
不思議なことに、道中獣人やハエなどの化け物が襲ってくることもなかった。と言うより見かけることもなかった。やはり何者かが操っているのだろうか?もしそうだとしたなら、そいつは俺たちの存在を知っているだろう。そして村の入り口に立つ。すると、
「また来たのですね?あのような目にあったというのに。」
いかにも平和に暮らしている獣人達を背に、修道女の恰好をした女がこちらに向かってきた。俺の予想は当たったか…。
「シス、何で…ここに…。」
突然ボルコスがそう呟き、目を丸くして、食い入るようにその女を見つめる。
「知っているのか、ボルコス。」
「ああ、俺の好きだった女さ。死んだと思っていたのに。」
声色からも彼の驚愕の様が伝わって来る。なるほど、あのシスと言う女が。
「味方したいのならそうすると良い、逃げたいならそうすると良い。」
奴を前にして、首の傷がひどく痛む。もはやボルコスの頼みなど関係なく、ここの化物どもを皆殺しにすると決めた。それを彼に無理やり付き合わせるわけにはいかない。俺はそう思い、ボルコスに言葉を投げかける。
「すまん…、今更そんな事は無いさ。」
暗い表情でボルコスがそう答えた。だが彼の表情は危うさを秘めていた。
「ボルコスに注意しておけ、」
ボルコスには聞こえない声でユウカに注意を促す。それにユウカが頷き、あどけない少女の顔から、戦いを前にした戦士の様に引き締まった表情をする。よくぞここまで成長したものだ。そう感心しているとシスが口を開いた。
「私達は籠って暮らしているだけ。これが人間の本来あるべき姿でしょう?ただただ平和に、悪しき心無く暮らしている。」
黙って聞いていると、まるで子供が考えた夢の様だ。
「平和に、悪しき心無く暮らす。確かに理想郷だ。だがお前のそれは人から感情を奪い、お前の思想の下、お前の掲げる幸せを他者に押し付けているだけに過ぎん。何でも言うことを聞く人形にしてな。それの何が人間だ?そもそもお前はもう人間じゃないだろう、人間を辞めただろう、人らしさなど語るな。」
シスのふざけた主張に俺が反論すると。奴は暗い雰囲気を纏う。理解されなければ嫌悪するか、そこだけは人と変わらんな。
「もういいです。ボルコス、こちらに来て。彼方なら救済を受ける権利がある。来ないのなら無理にでも連れ出してあげます。」
そしてシスと呼ばれる女が、ボルコスに手を伸ばす。俺は大剣を引き抜き、それを止めようとするが、剣の音に反応した一際大きな獣人が、それを食い止める。それを一刀の下に切り捨てる。だが、
「うああああああ。」
俺が足止めをされている間にボルコスがシスに連れ去られる。
「どうするの?」
ユウカが慌てたように訪ねてくる。
「奴らを始末する、離れるなよ。」
「うん。手伝うよ。」
以前なら頑なに否定していた提案。だが、俺はユウカを信じてみようと思う。
「…無理はするなよ、援護だけでいい。決して激情に支配されるな。」
俺の言ったことに、ユウカが静かに、だが素早く頷いた。久しぶりの感覚だ。多い敵の中、たった一人でもいる大切な仲間…。
俺の中で過去の光景が駆け巡る。それをすぐさま払いのける。今考えるのは、奴らをどう殺すかだ。
獣人達を殺しながらだんだんと前に進んで行く。まだユウカに化物を倒す力はない。なので簡単な足止めをしてもらっていた。すると、視界の端からキラリと何かが光る。それが矢だと、ユウカを狙っている物だと気づくのに時間はかからなかった。
「ユウカ!危ない‼」
そして自分の勘のままに頭の前に左手を差し出す。その瞬間掌に矢が刺さった。
「フォル!剣が…。」
ユウカから心配の声が聞こえてくる。左手のちょうど真ん中に刺さったので、剣が握りにくくなった。
「大丈夫だ、片手でも大剣は振れる。それよりも問題なのは…ッ。」
首から痛みが走る。どうやら矢を放っていた奴はなかなかの奴の様だ、さっきの女よりは弱い。だが手ごわいだろうな。
そして前方の獣人達を退け、騎士のような鎧を着ていて、まだその顔に人の面影が残る男が現れた。俺はその男に見覚えがあった。
「お前ほどの高潔な騎士であろうとも人間を辞めるのか。」
こいつの顔は戦場で何度か見かけたことがある。時に敵として切り結び、時に味方として肩を並べた。だからこそ俺はこの男の人となりを知っていた。
「お前は俺を知っているのか?俺には何もない、だがそんな俺を拾ってくれたこの村の人たちに報いるために戦う。この村は誰にも迷惑はかけていない。今なら見逃してやる。ここから立ち去れ。」
そいつはそう言う。だが俺たちは奴らに何度も襲われている。俺たちは何もしていないのにもかかわらずだ。
「ほう、人間やめて化け物なり、無差別に人を襲っている分際で誰にも迷惑を掛けていないだと?」
だが奴は表情も変えずに答えた。
「お前も見ただろうこの村の者達がただただ平和に暮らしている様を。これこそ人間の本来の姿だ。」
「いや、違うな。本来の姿じゃないぞ。お前も人の心のひとかけらでも残っているのなら分かっているだろう?こんなのは人じゃない。」
「…ここから立ち去れ。俺は騎士だ、そこらのモノとは強さが違うぞ。」
その警告に大剣の切っ先を向けて答える。後方の獣人と前方の獣騎士。ユウカは足止めしかできず、俺は片手でしか大剣が振れない。奴らが向かって来ているため、武器を変える時間もない。
「ユウカ、後ろは任せた。敵の気を引いて足止をする程度でいいピンチなら遠慮はいらない。声をかけろ。」
少し無茶だと思ったが、前方に集中したかった。獣騎士は戦斧を振り上げ、それを振る。だが奴の動きは分かっている。俺は戦斧を払いのけた、だがその衝撃は凄まじい。化け物らしい膂力で恐ろしい速さと威力になっている。また、奴は素早く動き回ることができ、隙の少ない細やかな攻撃を放ってきて戦いずらい。さすがに歴戦の騎士だな、手強い。それにいつも後ろを警戒しておかなければならない。防戦一方で思った以上にきついな。
「フォル!お願い、」
その声が聞こえた瞬間、獣騎士から目を放し、後ろに向いてユウカによって足止めされていた獣数十匹に向かって竜巻と化した俺の剣戟が散々に切り殺した。
「俺から目を放してもいいのか!」
「グッ‼」
やはり獣騎士の攻撃を許してしまう。何とか大剣で受けることが出来たが、相手は化け物だ。左腕を大剣の刀身に添えて何とか拮抗する。だがその瞬間、
「フォルから離れて!」
ユウカが短刀を獣騎士の足に突き刺した。だが子供の膂力では浅く突き刺すのが精いっぱいだった。だが、ユウカの攻撃に気を取られている奴の腹を蹴り飛ばし、距離を取ることに成功した。ユウカはすぐに俺の後ろに走り、後方にいる獣人どもを足止めしに行った、また戦局は振出しに戻る。
俺は敵の攻撃を防ぎながらどうしたものかと思案した。獣騎士の攻撃を防ぎながらユウカが足止めした獣人を処理する。しかしそれが続けばこちらが消耗するだけだった。さらにボルコスのことで猶更急がなければならない。
「ユウカ、森の中でやったあれはできないか?」
森での戦いで、ユウカがやったことを思い出す。敵の足にツタのような植物を巻き付け、動きを止めていた。
「出来るけど…そんなに多く足止めできないよ。どうするの?」
「考えがある。合図したら前方にいる奴と俺の目の前にそれを仕え、多少引っかって奴らが躓く程度でいい。」
その提案にユウカが深く頷いて、
「分かった。」
と、承諾した。そして俺は敵を挑発する。
「どうした?一斉にかかってこなければ倒せないぞ。まあ、お前は次俺に近づいてきたら死ぬがな。」
「!…ならばやって見せろ。その口を塞いでやるからな。」
そして獣騎士と獣人達が走ってっこちらに向かって来る。真っ直ぐ向かって来る今がチャンスだと思った。
「今だ‼」
そう叫んで前方に集中する。腰を深く落とし、左肩を前に右肩を後ろにして、剣を下の方に下げる。そしてタイミングを合わせる。
「死ね!ニンゲン。」
獣騎士がメイスを振り上げる。その瞬間、獣騎士が前のめりに倒れる、見計らって大剣の柄を握り締め獲物を狩る猛虎の必殺の一撃に似た一閃を倒れ込む奴めがけて放った。それは獣騎士の胴体から上を叩き切り、奴の上半身は宙を舞った。動けないが、まだ生きている獣騎士を警戒しながら、後ろの方を見てみると獣人達がドミノ倒しに倒れていた。
「凄いね!さあ、前に行こう。」
ユウカが興奮が冷めないといった様子で話しかけてくる。だが俺はまだこの獣騎士に用があるのだ
「待て、こいつがまだ気になる!」
ユウカを止めて上半身だけで生きている獣騎士に近づき、鎧を引きはがす。
「うわ!なにこれ⁉」
ユウカが驚いた様子で後ろに下がる。そこにあったのは赤い髪の女性がそいつの体にへばりついているさまだった。それを見た獣騎士が叫ぶ。
「ああ!そうだった。私は最も大事なものを失っていた!ああ、ああああ!何故だ!何故俺はそれを忘れていたんだぁ!」
獣騎士は血を吐くような叫び声を上げた。その叫び声は死ぬまで続いた。
「行こう…。」
左手の傷を治し、獣人達が起き上がる前に例の教会へ急いだ。だが、
「ギュギャアアアア。」
それは、巨大な肋骨のような骨が前進を覆い、その中にたくさんの人の肉塊を詰めた、立派なたてがみをした巨大な馬の化け物だった。
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