THE GREAT HUNTER  黒騎士編 無明長夜の章5.彼女

 ふと、耳障りな声音が聞こえる。

「そんな、自分の中で最も大切なもの。それをちゅうちょなく殺すなんてどうかしてるわ。人は心に付け込めば簡単に壊れるはずなのに。」

 幻覚を見せる怪物女がそう叫ぶ。

「殺す?確かにそうかもしれない。だが俺の心の奥底に刻み込んだ。俺の、生きる力にした。」

 淡々と、怪物女の疑問にそう返した。すると、分からないという風に耳をつんざく笑い声を上げながら反論してきた。

「つらいことが、苦しいことが生きる力?そんな苦しみに満ちた生に何の価値があるのさ⁉楽しいからこそ生きるんでしょ‼」

 それに俺は淡々と返す。

「分からないだろうな、お前には。森に籠るしか能がない、夢見がちな餓鬼にはどれだけ言っても。楽ばかり、そんなのは生きている人間じゃない。作り話の空想だ。」

 すると、やはり首を傾げながら。

「もういい、彼方は異物。お兄ちゃんと一緒にお前をハイジョするんだ。」

 そして長身の男が怪物女の背後から現れる。俺からすればお前たちの方がよほど異物だがな。

「お兄ちゃん。一緒にあいつをやっつけようよ。」

 そして、その男が巨大な猿のような化け物に変わる。またその怪物女も化物の頭に乗っかり、不気味な気配を漂わせ始めた。背後にいるユウカが心配そうな身でこちらを見つめる。

「ユウカ、いつでも俺の傷を治せる準備をしておけ。」

「うん!分かった。」

 そう言って後ろに下がる。いつの間にか焚火を付けてくれたのか、辺りはずっと明るい。

「感謝する。」

 そう礼を言い、俺は先程の戦闘で投げ捨てた大剣を素早く拾い、前方に化物に集中する。その動きはその巨体らしからぬ速さで、雨を吹き飛ばしながら動く。雑に振るった腕でさえも、周りの大木を吹き飛ばしながらそれが迫る。

「うおおおおお‼」

それを振り上げた大剣を叩きつけて受け止める。俺は引くわけにはいかない、骨が軋み、限界を訴えている。だが勢いを殺し、奴の体を押し飛ばした。

「お兄ちゃんには、人間如きではかなわないんだよ。」

 と言いながら怪物女は、半透明で紫色の、薄気味悪い玉のような物を複数生成する。嫌な予感がしたのでユウカを抱え、そこから飛び退く。すると俺のいた位置に弾は直撃し、人の体など一たまりのも無い範囲の窪みが出来た。

「避けないでよ。楽に死ねないよ。」

 そう言いながら大猿に命令し、こちらを殺そうと突進する。迫りくる巨大な肉の塊、だが俺はそれに逆らうように大剣の切っ先を大猿の顔面に突き立てる。しかしこいつは本当の化け物だ。切っ先は顔面に深く食い込んだだけにとどまり、貫通はしなかった。そしてその膂力のすさまじさは俺を踏ん張った態勢のまま後ろへ引きずり後退させる。だが鎧を弾き飛ばさんばかりに隆起した俺の筋肉は遂に怪物と拮抗し、どちらとも動きが止まる。

「キャハハハ、敵は一人だけじゃないの。もう彼方もおしまいだね。」

 そして女がまたあの玉を出そうとする。だが、

「そのとおりね、敵は一人じゃないの。」

 俺の腰からナイフを引き抜いて飛び出したユウカが、俺の肩から跳躍し、大猿の頭を踏みつけて怪物女の心臓めがけて突き立てた。

「ううう…。」

 怪物女が顔をしかめる。とたん大猿が怒気を纏った叫びを響かせる。そして俺の大剣を引き抜き、ユウカを振りほどく。声も出せず背中から地面に激突したユウカは、しばらく動けない様だった。大猿が腕を振り上げたが、俺から注意が外れた。大猿の振り上げた腕の関節めがけて落石の如く振り下ろす。その一撃は完全なる切断をもたらし、大猿が後ろに跳びあがった。だがそのスキを逃す俺ではない。大地を蹴った俺は怪物が後ろに跳ぶよりも早く肉迫し、奴の喉めがけて死を纏う切っ先を深々と突き立てた。それは奴の首の骨を打ち砕いて進んだ。そのま俺は大剣を手放し、両の手で大猿の頭をすぐさまつかむ。反撃する暇を与えず、頭をねじ切った。あと一人か、そう思った時。

「ハハハ、残念だったね。お兄ちゃんはこのくらいでは死なないの。」

 大猿が左腕で右腕を拾い上げ、こん棒の様に振り回して暴れまわる。

「不死身の化け物か?」

 俺がそう呟くと、女が凶悪な笑みを浮かべる。

「そうよ、私のお兄ちゃんは最強なんだから。ハハハハハ‼」

 そしてナイフを引き抜くと腹部の服も破け、化け物に共通する禍々しい痣が怪しく光っていた。そして大猿から離れる。

「お遊びは終わり。さあ早く死ね。」

 大猿と怪物女。それが連携してこちらを殺しにかかる。爆発する玉を避けたと思ったら、大猿の剛腕が俺の体を死を纏って弧を描く。どちらとも無視できるものではなかった。いかにして切り抜けてくれようか。そう思考しているうちに、怪物の足が止まり、大猿は戸惑いの色を隠せなくなった。

「ちょ、同下のお兄ちゃん⁉何で止まっちゃうの。」

 怪物女が慌て始める。大猿の足にはツタが乱雑に絡まり、化け物でもそう簡単に抜け出せない量だった。

 チャンスは今しかない。そう思い、大いに踏み込みんで大猿の体を駆けあがる。

「うおおおおお‼」

 力を籠めるためにそう叫び、大剣を振り下ろす。だが強靭な筋肉の前にそれは阻まれる。

「へん、首は脆かったけど、お兄ちゃんの胴体はそう簡単に切れないよ。」

 怪物女が得意げに話しかけてくる。

「そうか、だがどんな硬い物も亀裂が出来ていればそこから壊れるだろ!」

 そして切れた首の断面に大剣を突き刺す。だがすさまじく硬い。

「がぁ‼」

 筋肉が隆起し、血管が浮き上がる。ゆっくりと突き刺さる様に恐怖を覚えたのか、

「させない!させないよ‼お兄ちゃんをあの時みたいに…。」

 怪物女がそう叫んで玉を俺に向けて放つ。凄まじい衝撃が体に突き刺さり、だがそれでも大剣を放さず、力を緩めない。そして根元まで突き刺したころ、大猿の動きが止まった。怪物女の狂ったような叫び声がこだまする。

「そんな!お兄ちゃんが殺されるなんて…。」

 そして大猿は、他の幻と同じように、黒い霧となって消えた。

「そうか、お前は現実を捻じ曲げたか。」

 今思えば、大猿に怪物特有の痣はなかった。

「何を…言っているのよ。」

 怪物女に戸惑いの色が見え始めた。

「化け物になるとき、それはお前に大きな不幸が訪れた時だ。」

 俺は冷たい目を彼女に向ける。

「うるさい、うるさい!」

 怪物女は首を振って否定する。それに共鳴するように雨風がさらに強くなり、森が呻き声を上げ始めた。

「うるさい、うるさい!私の幸せはお前が壊したんだ。静かに暮らしていただけなのに。お前を殺してまたモトドオリにするんだ。」

 人形をいくつも抱いている、三メートル程の老婆のような姿に変わる。人形たちが這い出し、こちらに向かって来る。

「薄気味悪い化物め!」

 俺は呪詛を吐きながら、人形を大剣で吹き飛ばす。だが無尽蔵に這い出すそれはずっとキリがない。

「コロす、コロしてやる‼」

 怒りで頭が満たされているのか、怨嗟の声しか口に出していない。人の姿をしていた時に放っていた弾がさらに多く、さらに大きくなってこちらに向かって来る。

 大量の人形たちに阻まれて、身動きが取れない。玉の爆発に、人形諸共吹き飛ばされる。やはり人形どもは捨て駒のようだ。

「死ね!消えろ‼。」

 何度も何度も爆発が起き、そのたびに衝撃と爆音が体を襲う。だが俺はずっと命と大剣を手放すことはしなかった。

「アハハ!おじさんすごーい。何回も耐えるなんて、でももう死んじゃうんだ。嬉しいなぁ。」

 身動きが取れない俺はそのまま死ぬと思った。すると、傷と痛みが引いて行く。これはユウカの⁉先ほどの植物もユウカの仕業か。あいつには感謝してもしきれないな。

 そして、膝をついて周りを手探りで探す。すると奇跡か、まだ悠々と燃える焚火を見つけたのだ、それを女の顔面に投げつける。

「ギィヤアアアアア。イタい、イタい。シね!シね!」

 叩きつけられた燃え盛る木の棒により、顔の半分が焼け爛れ、大きく怯む。乱雑にのたうち回るそいつの両腕を疾風と怒りを宿した刃が正確に両断した。抱えていた人形のガラクタが雪崩の如く行く手を阻む、だがそのまま近くへと押し入り、丸出しの腹に十全たる力を込めた大剣を振りぬく。叩き飛ばされた怪物女は、いたるところから血を拭きながら舞い上がり、仰向けに激突した。そのまま地面を這いながら、

「お父さん、お母さん、お兄ちゃん。怖い人たちがいなくなったら…また一緒に遊ぼ?この森の家で、神様が助けてくれたんだ……だからシアワセに暮らそうよ…。」

 芋虫の様に手のない体で地面を這っている。不幸が重なった結果。幼い子供がこうなったのだろう。だが選んだのは彼女だ、同情はしない。

 まだ深い夜の中、戦いの終わりを告げるように、雨風が止み、静かな夜が始まった。

~ユウカ~

 私は化け物に勝ったフォルに駆け寄る。

「大丈夫?傷を見せて。」

 そしてフォルにできた傷を治す。

「助かった、感謝してる。」

 フォルが静かに答える、だが確かに感謝が伝わった。それに少し照れ臭くなった。上機嫌に答える。

「得意分野だからね。いくらでも傷を治してあげる。」

 と私が得意げに言っていると。フォルが疑問を呈する。

「大猿の動きを止めたのもお前だろう?」

 と言ってきた。勿論そうなので頷く。

「そうか、よくやった。だがあまり使うな。」

「!。」

 何かを察したようにフォルがそう忠告した。あの化け物を止める強度と量を生み出すのにはだいぶ疲れた。暫く身動きが取れなかったほどだ。その後すぐにフォルの傷を治したので、いまだに頭痛が収まらない。

「…もう休め。疲れているだろ?ただし寝るんじゃないぞ。」

 そして、辺りを警戒し始める。そして心を落ち着かせた。私はあの化け物の人に、憐れみを感じて、未だ地面を這う化け物の人を見る。すると、見慣れない美しい女の人がしゃがんで化け物の人に手をかざしていた。女の人の冷たい声が耳をつく。

「おやすみなさい。善き永遠の夢を。」

 瞬間、森が静かすぎる事に気付いた。どういうこと?森がこんなにも喋らないなんて、嫌な予感がする。

 すると、森全体に異様に巨大な気配が支配し、全身の毛が逆立つ。

~フォルレジス~

 俺は首に激痛が走り、その気配が最も強い方へ向く。月明りが強くなり始め人型の影が現れ、それが顕現する。

「スタルトスか。」

 血の様な赤いドレスを身にまとい、それとは対照的に絹のように白い肌と髪。両目を黒い金属の輪で隠した、長い髪の女性が現れる。

「妹(ケイラ)のおかげで来る事が出来たけれど、少し遅かったみたいね。」

 少し残念そうな顔をしながらこちらに話しかけてくる。

「可愛そうな信徒のために、そして気になるあなたを見に。」

 そして呆れたようなため息をつきながら。静かに話す。

「どうやら何も変わりが無いようね。貴方は同じ間違いを犯し、永遠に失い続ける。あの時と同じ自業自得にね。」

 その発言に怒りが沸き上がる。

「お前達のせいだろう。それを俺のせいだと?ふざけるな!」

 静かな森の中で俺の叫びがこだまする。だがスタルトスはいつまででも冷たい声で喋る。

「いつまでもそう思っているがいいわ、何も成長しない。」

 その言葉に怒りが沸き上がり、周りの空気が揺れる。

 気が付いたら大剣を振り上げ。叩きつけようと飛び上がっていた。だがしかし、全身に凄まじい衝撃が突き抜け、気付けば地べたを這っていた。

「このままでは勝てないわね。それともまた生贄の如く大切なものを壊すのかしら?まあ、私はあなたを殺すのだけれど。」

 そして立ち上がった俺に手を掲げ、腕から青白い不気味な触手を放つ。その一撃は鎧越しに衝撃を与え、柔軟に動き回り鎧の隙間からも攻撃を与える。全身から凄まじい量の出血を伴い、気を抜けば意識を手放してしまいそうだった。もはや戦いと呼べず、一方的な遊戯の様だ。すると、視界の端からユウカが、頭を抱え顔をしかめながらこちらに手を伸ばす。

「止めろ!これ以上お前を犠牲にするな‼」

 とユウカを制止する。しかしユウカは、

「でも!フォルが‼」

「俺のことは良い。まずは自分の身を守れ。」

 そうこうしているうちにスタルトスがユウカに手を伸ばし、首を掴み上げた。何たる油断か。と心の中で自分を責めた。

「うう…放して‼」

 叫ぶユウカ。だが、手を放してくれるはずもなく、ひどく冷たい声でスタルトスが言い放った。

「面白い生き物。けれどあなたのその呪いが、失わせてしまうのね。」

 とたんユウカの苦しそうな呻き声が静かに鳴る。俺は呪詛を吐き、怒りと力に体を震わすことしかできない。何故この体は動かない!そう思ってスタルトスに怒りの視線を送った瞬間。白い光が現れる。

 そこには彼女がいた。心臓が激しい愛の下に激しく脈打ち、その存在の感じさせる、めくるめく思いは波の様に俺の思考を覆い隠す。

「セフィエン!」

 いつの間にかそう叫んだ俺に彼女は少し微笑、敵の方へ向いた。

「貴女は、どうやって⁉」

 その戸惑いのうちにスタルトスはユウカを持っていた腕を切り落とされ、返す刃で目を金属の輪ごと切り裂いた。蘭々とする彼女の目の奥には俺に対する愛情の火が燃え盛っていた。だがいま彼女はここにはいないはずだ。だが確かに彼女の声が、熟練の音楽家の鳴らす竪琴のような美しい声色が俺の頭に優しく響く。

「私とお前は遠いところにいる。けれど!あなたが戦っている限り必ず‼私はお前の下に征く、例え魂だけできたとしても、お前を助けたい。お前の成し遂げることを共に成し遂げたい。だから私をーー。」

 そこで光は消え去った。俺は感じていた愛情を狂気に変えて燃え盛る火の如く全身に駆け巡らした。そのまま裂帛(れっぱく)の気合を筋肉に宿らせ、体を跳ねた様に立ち上がらせた。そして脇を引き締め、屈んで大剣の切っ先を奴へ向ける。そのまま大地を蹴って一つの矢の様に突撃した。狙うは損傷させれば絶対の死が宿る心臓。スタルトスは切れていない腕で自分の目を抑えていた。見事に胸に突き刺さり、スタルトスの口元は歪んでいた。だがすぐ近くで鼓動を感じる。まだ心臓を貫き崩したわけではない様だった。

「少しだけ痛い…。まあ今日はあなたの頑張りを認めましょう。お父様からのお使いも終わっているし。できるならあなたを殺したかったわ。」

 ちょうどその時黄色い光が差し込み始め、朝の冷たく、清浄な風が吹き込み始める。もはや何もかもが消えていた。

「フォル!」

 とユウカが駆け寄って来る。その頬には涙が伝っていた。

「無事か、ユウカ。」

 と身を案じる言葉をかけると、拳を握りポカポカと殴って来る。

「もう!心配するのはあなたの体でしょ。さっきの人の攻撃、肉体だけじゃなくて、精神や気力、魂まで削ってる。すごく重傷じゃない!普通の人じゃ耐えられないほど痛いのよ‼」

 戦いの狂気的な興奮が収まらないのか、怒気と心配が混じった声でそう叫んでくる。

「済まなかった。お前の身が一番心配だった。」

 俺はユウカを落ち着かせようとする。すると、

「あのね!フォルが私を心配しているように、私も心配なの!もっと自分を大事にしてよ、お願いだよ…。」

 少し落ち着いてきたのか、今度はしょんぼりし始めた。暗い雰囲気のユウカの肩に手を置き、

「これでも大事にしている方だ。」

 とユウカと対話を試みる。どんな言葉が消えても答えるつもりでいた。

「ならもっと大事にしてよ、本当は痛いのもつらいのも嫌なんでしょ。」

 つらいなどと考えたこともなかった。その言葉に少し黙り込んでしまう。

「それは分からん。だが傷つく事で命が拾えるのなら安いものだ。だが、心配する気持ちもくもう、善処するさ。」

 その言葉に、やっとユウカが少し笑顔になる。

「うん、私だって分かってるんだ。でも、物事ってゆうのは何時か終わる物でしょ。だからさ…その時、フォルに元気でいてほしいから。」

「気の早い話だな。」

「先のことっていうのは速く考えといたほうがいいでしょ。」

 他愛のない会話、普通の日常、かつて仲間たちと当たり前の様に交わした日常。その大切さに気づく前に壊れてしまったもの。もう二度とそう思っていたはずなのに、また持ってしまった。独りなら失わない。だからこそ最後に残ったものまで突き放した。そんな俺がまた持つことが許されていいのか?

 にこやかに笑い、俺の傷の手当てをするユウカを見ながら、俺はそう考える。相も変わらず後悔ばかりだ。だが、それでもなお、俺はユウカをついて来させた。生き方を教えた。復讐、その原点、俺の罪の断片も見たであろう、だがついてきてくれた。だから、もう失わない、二度と。

 心の中でそう決意を固めた。

~ユウカ~

 私はフォルに傷の手当てを行いながら考えていた。フォルが、仲間と言っていた人達が言っていた事を。おそらくそれは本当に起こった事なのだろう。おそらく、今もそれを引きずっている。人に冷たいのもそのせいだ。けれど私にはもちろん役に立つって言うのはあったけれど、仲間になるチャンスをくれた。私はそれに答えようと思う。私はフォルの、普段からは考えられない程弱った右手を両手で包み込む。

「安心して、私は逃げ足だけは速いから。もしフォルが心配していることが起きるかもしれないなら、何としても生き残るから。」

 するとフォルは、私の頭を撫でてきた。心なしか口元から見える表情は少し緩んでいるように見えた。

「もういい、ユウカ。」

 傷がまだ完全に治りきっていないのに、フォルがそう言いだした。

「で、でも…。」

 いつまでたっても治らない傷に私は焦っていた。すると、フォルが私の腕を引っ張って来た。

「何する…の……!」

 私を抱えながらフォルが進む、ずっと足取りがおぼつかない。その森を抜けた瞬間。

「う、うぐ…。」

 とうとうフォルは倒れてしまった。私は全身の血が凍った感覚を覚えた。

「フォル、フォル‼」

 急いで生きているか確認する。

「良かった、生きてる。」

 きっと限界が近いのを悟っていたのだろう。意識のあるうちに森から抜けさせてくれた。私に少しでも負担を感じさせないために。

「私も君みたいに足掻いて見せるから、ちゃんと目を覚ましてね。」

 そしてフォルを引きずりながら、近くに見える集落に向けて歩き始めた。









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