THE GREAT HUNTER  黒騎士編 聖魔村の章 3.獣たち

 元居た廃村の家の中で焚火を囲み、ボルコスが話し始めた。

「俺が旅をしている理由は、この村に来るためだったんだ。」

「何故だ?」

「あんたら、この廃村にいたんなら、妙に毛深い人を見たことあるか?」

 ボルコスのその問いにユウカが驚いた顔をして口を開く。

「あったよ、それがどうしたの?」

 するとボルコスが苦いものを食べた後のような表情をする。

「やっぱりか、実はこの村が滅んだ理由はそれにあるんだ。ほんとはここ、人が多い村だったんだぜ。ただな、ある日村人全員がまるで獣みたいになっちまった。信じられるか?ここらに埋まってた死体まで獣みたいになって起き上がりやがった。」

 その光景がよほど恐ろしかったのだろう、彼の手が震え始め、顔は血の気が引いていく。

「お前はなぜ無事だった?」

「そん時丁度村を出て出稼ぎをしていたのさ。惚れた女のためにな。」

 ふと、手の震えが止まって、どこか暗く後悔した面持ちで彼がそう答える。

「ほんとはこの村から出て行きたかった。その女を連れて。あんときは俺も尖ってたさ。絶対にこんな小さな村では終わらねえ、成功してあいつを迎えに行って幸せに暮らしてやるってな。ただ、数年たって、成功はしなかったけど、安定した生活ができるようになってたんだ。自慢じゃねえけど人一人くらいなら余裕で養えるくらいには稼いでいたんだぜ。」

 ボルコスが自虐げな笑みを浮かべる。

「それであいつを迎えに行こう決心してここに帰って来た。だけどな、親父も、お袋も、死んだはずの爺さんも、親友も、みんな獣みてえな姿に、そして心に変わってたんだ…。」

 ボルコスの顔が泣きそうな顔に変わる。この男は本当によく表情が変わる。

「俺の惚れた女は村の教会のシスターでよ。そいつのところに行こうとしたんだけど、この村のもっと奥に教会があってよぉ。っ俺はそいつのところに行けなかった!獣になってても、死体になってても、俺はあいつのところに行くべきだったのに‼だからよ…、俺をあいつのところに連れて行ってくれ。」

 静かにそう、俺に願い。覚悟の決まった目つきでこちらの目を覗く。惚れた女のため、か。その姿はどことなく俺に似ていた。だから俺はそいつの目を真正面から見る。

「分かった、ただし、ユウカの傷が治ってからだ。」

 俺が答えると飛び掛からんばかりにボルコスが俺に近づいてくる。

「もちろんだ、ありがとう。」

 顔は歓喜の表情に染まり、目に涙を浮かべながらボルコスが感謝を述べてくる。

「いいさ。俺も嫌な予感がしただけだ。」

 感謝してくるボルコスに応対していると、ユウカが耳元で。

「首の傷は反応するの?」

 と聞いてきた。

「少しな、だからここに戻って来た。そう言えばお前、俺が倒れている間亡者たちはどうした?」

 ずっと疑問に思っていたことを話す。もうすぐ夜が訪れる。聞いておける内に聞いておかなければならない。

「それがあんまり現れなかったんだよね。さっきボルコスが言っていたことと関係あるんじゃない?」

 と、ユウカと共に一人で勝手に休んでいるボルコスの方を向く。

「ほら、埋まっていた死体まで獣になったって言ってたじゃん。」

 その言葉に納得する。

「取り合えずお前もボルコスを見習って寝ろ、見張りは俺がする。傷が早く治らんだろう?お前も嫌だろう、俺もそれは困る。」

「分かった、気を付けてね。」

 目を擦り始めたユウカにそう声をかけ、周囲に気を張り巡らせる。正直、心配ないと分かっていても眠れない。もはや、安心して眠れる夜は来ないのだろうか?

 そう思いながら、煌々と燃える炎を見ながら時間を潰し、次第に夜が深くなっていく。ふと、傷から痛みが生じる。

「やはり来たか。」

 外で大量の鳴き声が聞こえる、獣が集まり始めたと考えて言いだろう。

「ううん…、フォル?…!分かった‼火のことは任せて。」

 ユウカの体をゆすり、起こすと、これまでの経験からか、言葉を交わさずとも俺の意図を察したようだ。見渡すとボルコスも起きているようで…、まあ、恐怖で固まっていてくれた方が邪魔にならないでいい。家の外に出るが、家の中には全く入ってこようとしない。獣は火を恐れると言うことはこいつらにも当てはまるようで、恐らく獣の本能でこの家の中に火を焚いていることを知っているのだろう。それでもその目はギラギラとしていて、こちらへの殺意を隠そうとしない。

「本当に人がそのまま獣になったみたいだな。獣人(けものひと)と呼ぼう。来い、小屋に近づいた奴から俺の大剣の汚れになる。」

 そして、大剣を構える。火で足がすくんだ獣たちを殺していると、小屋の中で、灯りが弱まり始めた。もう集めた薪が無くなったか。そして俺は家の中に入る。火が無くなれば凄まじい勢いでやって来るだろう。すぐ近くで守った方がいい。

 やがて火が完全に消え、光源は月明りのみとなる。これ見よがしと、獣人の一匹が小屋に突撃していく。入って来たそれの頭を陥没させ、絶命させる。それに気を取られているうちに他の獣人が家の壁を壊し、俺を無視してユウカに群がっていく。

 その光景で、とある光景を想起させる。愛する人が、化け物たちに蹂躙されている光景。視界が暗くなり、思考が憎悪で支配される。

 気付けば家を派手に破壊しながら剣を無数に振り、まるで竜巻の様に化け物たちが血を巻き散らし、内臓が吹き飛んでいる。そんな光景だった。

 二人が驚愕の表情でこちらを見てくる。だがそんなことは気にならない、頭に血が殺到し、憎悪が煮え立つ。見える景色は真っ赤に染まり、まるで眼球に血を塗った様だ。

「殺し続けてやる。」

 俺は奴らに心の底からの怨言を放ち、俺は二人を気遣いながらも、大剣を振り続けた。体はもはや湯気がのぼる程熱くなり、起伏の激しい山地の様に筋肉が隆起する。静寂な夜に殺戮の喧騒が響き渡り、大地は朱に染まる。倒れ伏した獣人どもはみな懇願の表情を向けて仰向けになっており、まるで天にいる何かに願いを乞うているようだった。

 長い時が経ち、大剣が死の模様を描いていくうちに、胸のむかつく疲労感に襲われる。だがいかに全身が苦痛に悲鳴を上げようと、俺は止まることを知らなかった。倒れるなどと考えては、気味の悪い嘲笑の声が耳元で大合唱を上げている気分になる。

 そして、息が絶え絶えになりながらも、夜を明かした。ボルコスが、

「やっぱりあんたすげえな。あんなでけえ大剣を夜の間ずっと振り続けるし、」

 といい、暗い面持ちになる。

「あの獣たちを紙でも破るみたいに殺していくんだからな。」

 もともと、見知った顔の者達だったんだろう。

「墓を作りたいんだったら手伝うぞ。」

「ああ、ありがとう。優しいんだな、大丈夫だ。全てが終わってからするよ。」

 冷や汗をかきながら、ボルコスがそう答えた。ユウカが、

「村の人口はこれくらいだったの?」

 と聞く。だがボルコスは首を横に振って、

「いいや、もっといたさ、奥に行けば行くほど。それに死人もだからな。気を付けてくれよ。」

 と言ってきた。今回のは氷山の一角と言うわけか。

「ああ、分かった。頭に入れておく。」

~ユウカ~

 私は夜の戦いで傷ついたフォルを力で癒していた。朝焼けを背に、剣を杖にして立つフォルは、何故か幻想的に見えた。

「ねえ、フォル。あの時、急にフォルが怖くなったんだけどどうしたの?」

 と聞くと、フォルの周りの空気が冷ややかなものに変わっていくのが分かった。

「いや、ごめん。今の問いは忘れて。」

 失言だったか。そう思って急いで今の問いを取り下げる。フォルは私の様子を見ると、申し訳なさそうになる。

「いつかはお前に話さなければならない。だから、それまで待っていてくれ。」

 いつもより弱弱しい声でにフォルがそう答えた。

「分かった、待ってるから。」

 そしてこの話を終わらせることにした。あの人に話してもらうまでこの話には触れない様にしよう。重い空気に気を使ったボルコスが話題を変えてくれる。

「お二人さん、準備してくれよ。ここから村のもっと奥に行くからな。」

「うん、行こう?フォル。傷も治ったから。」

 フォルが頷く。朝早くの寒々しい風が吹く中、私たちは奥深くに行くことにした。

~フォルレジス~

 日が真上からギラギラと照りつける中、俺達はボルコスの案内で、村の奥深くへ向かっていた。すると、奇妙な光景に出くわした。

 夜、あれだけ暴れ狂っていた獣人たちが、平和に暮らしている様だった。今まで化け物たちを追っている俺でさえ困惑を隠せない光景だった。

「どういうことだ?化物どもが、人の様に暮らしている?」

 と、ボルコスが慌てだした。

「あいつら、やっぱり人の時のことを覚えているんだ。」

 と口にし、真っ先に駆けだした。まだ過去のことにとらわれているようだ…。その気持ちは俺でもわかる、だが今はまずい!

「待て!」

 と、俺が静止してももう遅い。走り出したボルコスが獣人に見つかり、一斉に襲い掛かって来た。急いでボルコスの手を引き、

「逃げるぞ!俺はまだ夜の戦いの疲れが癒えていない、この数はさすがに手に負えん!」

 そして走り出す。すると、俺の体が急激に降下し始める。そこは地下洞窟だった。そして穴は小さいようで、落ちたのは俺だけの様だった。

「くそ、獣どもがすぐそばまで来てる!あんた、そこの洞窟は村の地下を通っててな!そこには地上に続く川が流れているんだ!見つけて泳いできてくれ。洞窟の出口で待ってるからな!あんたなら無事だって信じてるからな!」

 ボルコスが叫びながら、獣たちから逃れる。すると、ユウカが落とし穴にわざと落ちてきた。落ちてくるユウカをキャッチする。俺がユウカを睨む、

「ずっと一緒だから。」

 と言い、寄り添って来る。もはや何も言うまい。周りを見渡すと、確かに洞窟は村があった方向へ続いているようだった。とにかく、例の川まで洞窟を進んで行くしかない。

「行くぞ、ここの川に行く。」

「うん。」

 持っていたたいまつに火を点け、洞窟を進む。もともと人が住んでいたようで、あちこちに火の消えた灯篭が大量に着けてあった。そして、何故かいたるところから腐臭がする。それは俺の周囲への警戒を確固たるものとした。

 灯篭に火を付けながら探索する。左手にたいまつ、右手に腰に差していた長剣を持つ。この洞窟の中にも獣達がいるかもしれないからだ。狭い洞窟の中では大剣は振れない。

「ユウカ、水の流れる音は聞こえるか?」

「ううん、聞こえない。」

 たいまつに照らされる光景と、音を頼りにあちこちを歩き回る。すると、バチバチバチと言う大きな虫の羽音が聞こえる。獣ではない何かがいることは確かだった。

「後ろを警戒してくれ。」

 とユウカに頼み前だけに集中する。そのまま進んでいると、大きなハエが現れた。だが、手足だけは人間の物が生えていた。ユウカが嫌悪にあふれた表情をする。

「おぇ…気持ち悪い…!こっちにも来た、囲まれてる。」

 どうやら後ろにもいるみたいだった。追われるのも面倒だ、殲滅してしまおう。ハエどもを左右に見えるようにし、ユウカを俺の背中に隠し、洞窟の壁を背にする。逃げ場はないが、後ろから攻撃されるよりマシだろうと判断した。

「俺の後ろに隠れていろ。そこから離れるなよ。」

「うん!」

 俺の提案にユウカが元気よく返事した。

 たいまつでハエどもを牽制し、それでもこちらに飛び掛かって来るハエを切り殺していく。虫を潰した時と同じ感触がして、全身の毛が逆立つのを感じた。暫くそれが続くと、俺達がこの洞窟に入って来た穴の方向から続々と獣人達の唸り声がしてくる。もはや殲滅など考えている余裕はない。何匹入って来たかは知らんが、対応できるような数ではないのは確かだ。多少無理をしてでも穴とは反対方向に逃げるしかない。

「ユウカ、たいまつをもって後ろにかざせ!前は俺が片付ける。」

 と叫び、ユウカにたいまつを渡し、左手で担ぐ。

「え?ちょっと⁉」

 左耳からユウカの戸惑う声がしたが、気にする時間はない。獣人の声がする方向と逆の方向へ向き、そこに居たハエどもを剣風で吹き飛ばしながら、全速力で前へ走る。

 どれほど走っても獣人達とハエどもの声が消える事は無い、しつこい奴らだ。すると、水の流れる音がする。聞き間違いじゃないかユウカに聞く。

「聞こえたか?」

 俺に担がれながら後ろにたいまつを向けているユウカは大きな声で叫ぶ。

「うん、聞こえた。前から聞こえて来たよ。」

 そして前へ進み、見えた物は、切り立った崖に、無慈悲な激流だった。

「どうしたの?」

 後ろの状況がつかめないユウカがそう問いかけてくる。

「高い崖だ。確かに水は流れている、速い。泳げん奴なら普通に死ぬだろう。」

「じゃあ飛び込もう!私泳げないけど。」

 俺の中で驚愕の感情が渦巻く。そういうことは早く行ってほしい。だが迷っている暇はない!もうすぐそこまで奴らが来ているのだ。

「何⁉なら抱えてやる。行くぞ!」

 少し不安を覚えながらも、地下の川に飛び込んだ。

 甲冑は重く、しかもユウカを抱えたままで動きも制限される。必死に泳いでも、どんどん沈んでいく。もがく自分があざ笑われている様だ、ほとんど溺れているのに近い。だが流されていくうちに、光が見えた。そして同時に体力も限界が近づいてきた。

 そして、見えた光景は奴の言った通り外の光景だった。まっ平の平原、川の岸でボルコスが火を焚き、合図とばかりに手を振っていた。そこまで必死に泳ぐ。

「大丈夫か⁉手を取るんだ。」

 腰までつかった所まで来たボルコスが手を差し出してくる。それを掴み、岸へ上がった。






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