THE GREAT HUNTER 黒騎士編 無明長夜の章4.最愛の人
~フォルレジス~
ユウカとのやりとりを終えたあと、彼女はすぐに眠ってしまった。日が傾くまで時間がある。俺も少し休むことにした。指以外の折れた骨はいまだに治っていない。
赤い月が差し込み、暗く青ざめた空の中、肌寒い風が吹いている、ふいに地響きが響き渡る。
「な、なに?」
飛び起きたユウカが慌ててこちらに寄って来る。そして一方を見た瞬間震え始めた。
「フ、フォル、あれ。」
ユウカが指差した方を見つめると。昼間殺したドラゴン、そして巨人がこちらに向かって来ていた。
殺された時の傷そのままで動いており、単なる復活ではないということが分かった。と、ユウカが呻き声を上げながら頭を抱えだした。
「うう、森がざわめいているの。やかましく。速くここから離れよう?ものすごく嫌な予感がする。だから離れよう⁉」
パニックになりながらこちらに叫ぶユウカの肩を掴み、なだめながら言葉を掛ける。
「落ち着け、俺が守ってやる。だから離れるな。」
しかし、俺もユウカの言葉に困惑していた。俺も嫌な予感がしていることは事実だからだ。だが考えている暇はない。
「とにかく後ろに居ろ。そして火を絶やすな。」
「うん。」
ユウカにそう言い、大剣を構える。そして両方が襲い掛かって来る。その動きに知性のかけらもない。ただ生きているものを殺すそんな感じの動きだ。復活前から弱体化している?ドラゴンに至っては炎を吐いて来ない。誰かが操っているのか?
ずっと疑問が絶えないが、一度戦ったことがある上に、単調な動きばかり。俺はそいつらを一太刀の下確実に急所を捉え動かぬ肉塊に変える。だが今度は、黒い靄となって消え失せた。
「やっぱり強いね、お前。早くこの森から出ていけばいいのに。」
現れたのは、数日前に殺したはずの、幻影を見せる女だった。
「けれどこれならどう?幻影は実態がある。だから君を殺せるんだ。この幻影はお前の心の中から生み出したもの。本物そっくりさ。」
そして出てきたのは鎧を着た一人の騎士だった。嫌な予感が頭をよぎる。
「お前は…。」
俺がその騎士のことを理解したとき、雷に打たれたような衝撃が体を駆け巡る。
「…セフィエン。」
そしてその女性は兜を取る。目立つ金色の髪に獲物を前にした猛禽のような鋭い目をしており、美しい玉の肌に美しい彫刻の様に整った顔をしている、その細くしなやかな体は雌豹を思わせる強靭さと、美しさを持っていた。腰にサーベルを下げ、研ぎ澄まされた刃の切っ先のような美しく恐ろしい、そんな雰囲気を纏っている。俺が最も愛している女性。
偽物だと、本物はここにはいないと分かっていながらも。剣を持つ手が止まる。
「お前のせいでこうなったんだ。」
過去に何度も聞いた、セフィエンの鈴の様に美しい声が俺の耳を打つ。
「お前が私の仲間を皆殺しにしたんだ。お前が私をひどい目に合わせてきたんだ。」
すぐにも否定したいその言葉を、否定出来ずにいた。
「あの緑髪の少女もケダモノとなって殺すんだろ。」
否定出来ない俺にセフィエンが追い打ちをかけてくる。俺はそれに力なく返事するしかできることが無かった。
「…そんな事にはならない…。」
だが、追い打ちをかけるように、俺に向かって冷たい雨が降り出し、また暴風が吹き荒れる。
「そうなる前に私がお前を殺す!」
そして腰のサーベルを抜き、こちらに向けた。彼女の後ろから兵士が大量に現れる、かつて、何度も言葉を交わし、酒を飲み交わした仲間たちがこちらに剣を向ける。次第に雨が強くなり、雷鳴が轟く。彼女はそれに照らされていた。
見覚えのある動き、記憶と重なる。双肩に躊躇いの重みがのしかかり、動きが鈍くなる。そのせいで傷が増えていく。意を決して剣を振ってみても、さすがは歴戦の猛者たちである。生半可な攻撃では届くはずがなかった。
「お前が欠けてくれた言葉も、あのひと時も、全てまやかしだったのか?」
この声、偽物だと分かっていても傷を、体が…。
本物そっくりのそれに、攻撃できないでいる。しかしみな、歴戦の者達であり、傷がどんどん増えていった。
「復讐するなんて嘘だろ、お前はただ、殺したいだけだ。」
言葉で精神を、心を削って来る。すまない。と心の中で言いながら。
「うおおおおお。」
と叫び、鼓舞しながら彼らの体を斬り飛ばしていく。そして俺の叫び声しか聞こえなくなったころ、見える限り周辺にいたのは俺とセフィエンだけだった。
「ここで決めよう私とお前の戦いを。」
そうセフィエンが話し、疾走する。俺がそれを迎え撃つ形となった。だが、そんなことはできるはずがない。
大地を蹴った衝撃と、凄まじい速度でこちらに向かうことによる風圧、それにより土埃が舞っていた。
その凶刃を長剣を左手で引き抜いて防ぎきる。そのままセフィエンの胸を鎧ごと蹴り、飛ばす。邪魔な大剣を投げ捨てて長剣を両手で握り直し、防御の構えを取る。
「どうしたんだ?何故かかってこない?挙句その構え。」
二人共立ち竦み、セフィエンが俺を睨む。
「なぜ、敵を殺すことが出来ないんだ?お前は強い。強くあるよう、私に誓ったんだろ?」
沈黙するセフィエンとの間で、ずっと語り掛けてくる。
「…、お前は敵ではない。俺の、守るものだ。」
呟くように弱く、俺がセフィエンに言うと、彼女が険しい顔になる。
「甘いことを言うな!お前は進み続けるんだ‼」
セフィエンが俺を叱咤した。そしてどこからか拾い上げた石を茂みの中に投げた。
「う!」
聞き覚えのある呻き声が響く。セフィエンがそこに近づき、呻き声の主を掴み上げる。それはユウカだった。隠れておけと言ったが…こうもすぐに見つかるとは。セフィエンは歴戦の戦士である。隠れていたとしても彼女の勘ですぐに見つかってしまうだろう。そんな事にも気づかぬとは、なんとうかつであったことか!
「この少女はもうすぐ死ぬ。私がこの傷一つない首を鮮血に染めるだろう。」
そして、セフィエンはユウカの首にサーベルを宛がった。鋭い刃があたり、少しづつ血が流れていく。
俺は悲痛に満ちた咆哮を上げ、セフィエンに向かって駆けた。だが、しゃにむに駆けたところで、戦場はそう甘くはない。
セフィエンはユウカを俺の方に投げ捨て、蝶の羽ばたきのような身のこなしでひらりと後ろに跳ぶ。俺はユウカを抱え、目線と剣の切っ先をセフィエンに向けたまま俺の後ろに寝かせる。
「そこでじっとしていろ。」
短く、簡潔にユウカに伝えて全神経をセフィエンに向ける。ユウカがこの言葉を聞いてくれていると信じて。
もはやこちらから攻めることが出来ず。セフィエンがこちらに攻めてくるのを待つしかない。だが、
「もう終わらせよう。」
研ぎ澄まされた鋭い殺気を放ち、一本の銀色の矢と化す。
勝負は一瞬だった、セフィエンのサーベルが破片と共に空を切る。俺は剣を斜め上に斬り上げ、叩き切った。そして、そのまま振り下ろした俺の剣は彼女の肩に直撃し斜めに切る、命に届く斬撃。倒れ込む彼女を支える。
「すまない。」
偽物だと分かっていても、そう言わずにはいられなかった。すると、弱く震える手で、雨水で濡れた俺の顔を拭う。
「変わらないな。ずっと前に進み続ける。そんな強いお前が、好きだった。」
そう言って彼女は消えた。静かに、しかし強く俺の中では暗い炎が燃え上がった。
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