心に溜まってるものを吐き出す

仕事しないと仕事ないけど、し始めるとどんどんやるべきことが出てきて、しかも始めるとあの勉強もしたい、これも読みたい、とどんどん欲張りになってくる。
子どもたちの元気な様子を見ていると日常に戻ったんだと思うけれど、道を歩いていると未だ涙もこぼれそうになるし、いろんな思いや思い出が蘇ってくる。まだ泣き足りないのか?私。離れた母はどうしているだろうか。家の中は暗いのだろうか。なんだか息苦しくて連絡できない自分がいる。
バイトにもまた行かせてもらっている。でも行くまでが本当にしんどい。行ってしまえば大好きな人たちばかりなので、元気になれるんだけれど。なのに行くまでが本当にしんどい。『社畜なんで』と社員の若い女の子が言う。そんな彼女が眩しい。有休をなぜ取らない、の話からだ。有給、大事だと思うんだけれどな。その間にキャリアアップできることをしたらいいのに。同年代のパートと眩しいわ、の話になる。『私たち、重いね』『いろいろ背負ってるね』と。
アメブロを再び始めた。フォローを確認してみると、なんとやめてしまった人の多いことか。毎日書いている人のでもいいねがついている人とそうでない人の差がすごい。アメブロは毎日継続していればアメトピに選ばれてそこから読者が増えるイメージだったけれど。そして広告の多さにうんざりする。今では商用に使っている人がほとんどなのだろうか。中にはnoteと使い分けていて、毎朝6時にきちっと更新されている人もいる。すごい。そのパワーがすごい。眩しい。LINEアカウントに流れるように仕組みを作っている人もほとんどのよう。インスタに変更しますとクローズしている人もいる。昔アメブロセミナーがまだ盛んだった頃の講師を探してみるといらっしゃった!でもこの方もあちこちに手を伸ばしてるようだ。
ブログを更新するということはそれだけにでも時間がかかる。書く速度が早い。おそらく考えながら打つのではなくて打つから言葉が出てくるんじゃなかろうか。商用や告知記事であればもちろん手直し入るだろうけれど、それでもすごい量だ。
講師業やって主婦やってパートしてライターして、と今私は飽和状態になっている。どれかを人に任せないと、そのうちまた力尽きてしまう。
母を呼ぶか?きてもらうか?母のご飯は美味しい。うちの子どもたちも母が来てくれたら大喜びだ。早速声をかけると、まだ体と心が無理、と返事が来る。そりゃそうだ、とLINEを見て納得する。一日中泣いていていい、と言われたら私だってそうしてる。なんで父はいきなり死んだかねえ。なんで顔見に、1月にでも帰らなかったかねえ。葬儀が終わって帰ってきた翌日、旦那には『もうぐずぐずするのはやめて切り替えて』と言われたけれど、心の準備もないままさよならするのは、やはり辛い。夢中になっている間は忘れているけれど、もう一度向き合った方がいいのかもしれない。泣くだけ泣いた方がいいのかもしれない。


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