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「〈叱る依存〉がとまらない」竹中直人

 筆者は公認心理士・心理療法師。大変読みやすく、集中して読めば2時間で読了できそう。メッセージもかなり明確。

 筆者のメッセージは次のとおりです。「叱る」という行為には依存性がある。一方、叱られる側に生ずるのは叱られないための防御反応(fight or flight)でしかなく、望ましい行動の学習を促す効果はほとんどない。したがって、「叱る」ことを徐々に手放さなければ、問題→叱る→防御反応はあるが根本的な解決はせず→また叱る→叱る依存が深まっていく→問題は解決しない…という悪循環に陥っていく。

・叱っているのは誰か
 叱るは権力の強い人から弱い人に対して行われる行為。権力とは「状況を定義する権利」のことで、ある状況下で何が良い/悪いを決める力のことです。叱る相手に対して、自分が良いと決めた行動をとらせようとして「叱る」が発生します。

・「叱る」とは何か
 本書では、「言葉を用いてネガティブな感情体験(恐怖、不安、苦痛、悲しみなど)を与えることで、相手の行動や認証の変化を引き起こし、思うようにコントロールしようとする行為」と定義されます。これは、「叱る」の本質は叱り手の気持ちではなく、叱られる側の感情体験にあると考えるからです。そのため、「叱る」は良いが、「怒る」「罰する」はダメという言説には何の説得力もありません。受け手にとっては同じ体験だからです。

・「叱る」ことが相手にもたらす効果
①  危機介入
 「叱る」行為は防御反応を即効性を持って引き起こすため、一刻も早く状況を変えなければいけない危険な場面では効果があります。たとえば、交通事故を起こしそうな場面などです。
②  抑止力
 望ましくない行動を抑止することができますが、筆者は「叱る」そのものは必要ないとしています。受け手に、叱られてしまうという予期・おそれが生ずれば、それだけで行動抑止の効果があるとされます。

 主に上記2つが指摘されていますが、筆者はこの他にも本書の随所に、叱られる側にどんな影響があるかを説明し、叱ることの無意味さを説いています。

 中でも私の印象に残ったのは、心理学者のセリグマン博士らが名付けたという「学習性無力感」です。「叱る」を繰り返すことにより子どもなどが我慢できるようになったと見えても、それは「諦め」や「無力感」であって「忍耐力」ではない。「何をしても無駄」「どう行動しても意味がない」と考えさせてしまうということです。理不尽な対応への我慢の強要は、私も被害者として身に覚えがあり、自分の経験に名前をつけてもらった腹落ち感がありました。

・「叱る」の依存性とは
 叱ることには即効性があるため、状況がすぐに変化しやすく、そのため自己効力感を得やすいと指摘されています。その上、人間が持つ処罰感情も充足されます。
 加えて筆者が提案するのが自己治療仮説です。人間が依存してしまう快楽は、苦痛から解放されることによっても得られるというものです。「叱る」は、目の前にある「正しくない状況」から叱り手を解放することで、叱り手の脳内にドーパミンを放出させているのではないかということです。
 いずれにせよ、「叱る」が多用され、繰り返される事情は、叱られる側ではなく、叱る側にあるというのが筆者の主張です。

・「叱る」を手放すために何が必要か
 「本当は叱りたくないけど、教育や指導のためには叱らざるを得ない!」と感じている人にとって、この項目が最も大切です。しかし、本書が示す対処法は満足いくものではないかもしれません。
 筆者は、まずはマインドセットを変えようと言います。「人は苦しまないと成長できない」ということと、「叱らなければならない」ということはまったく違うことです。苦しみが成長につながるのは、主体的、自律的に苦しみを克服することであり、周囲の人に求められるのは叱ることではなく、本人が自発的に「やりたい」と思える目標の発見をサポートすることです。
 また、上手に叱る方法というものは存在しないと筆者は喝破します。その上で、叱るときの注意点を、上記で述べた2つの効果との関係で以下のように整理しています。
1)危機介入
 この場合は、あくまで対症療法であるということを自覚し、問題となる状況がなくなったらすぐに叱るのをやめるべきとのことです。
2)抑止
 抑止は、実際に苦痛を与える必要がなく、苦痛を予期させることで得られる効果です。そのため、どんなことをしたら叱られるのかをあらかじめ伝えておくことが必要です。
 また、これは特定の行動をしない、という効果しかないので、「どんな行動が求められているのか」も同時に伝えることが重要だとのことです。
 ただ、これについては、私の子育ての経験上、理想論にすぎるなーと思います笑。「ここを走るな」とあらかじめ言っていても子どもは走りますし、「抱っこできないから自分で歩いてね」と言っても子どもは抱っこを求めて駄々をこねるものです。

 以上のように、発見が多く、納得できるところの多い内容の本でした。ここにまとめきれない内容もたくさんありました。たとえば、未学習(相手のレディネスレベルを見極め、やり方を工夫すること)と誤学習(「できるのにしない」には、何が望ましい行動かを明確に伝え、それができたときの報酬を上げる)への対応など。

 ただ、少年犯罪や薬物問題など筆者の専門外と思われる範囲にまで議論を広げたのは悪手だったと思います。筆者の議論を敷衍しており、また、きちんと他説や統計を引用しているので飛躍や荒っぽさは感じません。しかし、専門家から見ると「他にも考慮すべきことがあるんだよ」と思われ、本書の内容に疑義を生じさせそうです。

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