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「雨宿り」

出会いはいつも偶然がお膳立てをしてくれる。だから、私は雨が大好きです。

昨夜は久しぶりに設営者の彼と物書き談義で「発想と表現」についての緩い夜咄をした。SNSの世界で住んでいる市井の物書きコミュニティ界隈では、作家さんがこれ程たくさん居たのか、との話題で酒と会話が弾んだのだった。その所為(せい)で帰りが遅くなり彼女の待つマンションには午前様の到着となっていた。

仕事を済ませて帰ろうと外に出ると小雨が降りだしていた。今朝は傘を持たずに出勤して来ていた。不意なことから突然に、どうして彼女とあのような顛末(てんまつ)になってしまったのか理解出来なかった。おそらくは昨夜の午前様の所為(せい)で約束を忘れてしまって、どうやらスッポかしたらしい。相変わらずの能天気な性格は何時もの正常運転で、災いの素になっていた。この出来事で私は思考と集中力が妙に乱れていて、落ち着かない心理状態のまま、碌(ろく)な勤務も出来ずに終えてしまった。
「また、やっちまったょ」
後悔と自分の不甲斐無さに舌打ちしながら各駅停車のように歩いていた。すると突然に夜の街を大粒の雨が降り出してきた。パチパチパチと雨音が周りの喧騒も飲み込む程の凄まじさで消し去って行く。偶然にも目の前に小洒落た料理屋を見つけ、躊躇(ためらわ)ずに格子戸を急ぎ開け飛び込んでいた。
「雨宿りさせてください」
そう言って指示されたカウンター席に座った。すると隣の席にいた小柄な佳人が心配そうに話しかけてきた。
「あら、降られましたねぇ。大丈夫ですか?」と笑いを抑えたような表情で言った。
「はい。思い切り彼女に振られました。凄く、落ち込んでます」
私がタオルで顔を拭きながら返答すると、数秒後に彼女とその彼方此方(あちらこちら)から「あはははは」と笑い声が返ってきた。

雨は降り止むような気配は微塵(みじん)も無く訪れては来なかった。早々に切り上げて、彼女の元に戻れば、やり直せるかも知れない思いが過(よぎ)っていた。今、激しく降る雨が私が帰るのを諦めさせる程に足止めをしていた。もう、腰を据えて呑むしかないと覚悟するしかなかった。

あと書き
雪の降りそうな雲行きで、明るくない寒い朝です。サクッと起きられない身ですけれども、竜馬さんのように這ってでも前を向き生きる思いで起き出しました。
あの日から、哀しみの物書きでした。失くしてしまったユーモアのココロを取り戻す物書きになれるまでは珈琲を淹れ続けているでしょう。
繊乃月

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