ひとり夜咄5 「サヨナラ」
新月が明けて、なぜだか寂しい朝です。夏がサヨナラを言いそびれて夕方には大きな涙を流して帰って行きます。
キミにサヨナラを言って欲しかった。言えないことは誰でもあるけれどね。あれ以来、想い出して泣くことはもう止めようと誓っていたはずでした。涸れたはずの涙がまだ残っていました。
あの日キミはすぐに戻って来るからと瞳で言ったきり、四年も森(病院) に行ったり来たり長い病いの生活を重ねましたね。次第に動けなくなっても、キミは涙を見せずに耐えていました。
ひとりの時は涙で泣き崩れていましたよね。そんな優しかったキミを知っていたからワタシも笑顔を届けるためにひとりでこっそり泣きました。
一年もすると車椅子で「元気だよ」とワタシを気遣っていましたよね。桜吹雪の街道で「寒いね」って言って笑っていた。
それから暫くして雨月が過ぎる頃にキミは森に帰った。起き上がる事も叶わず、戦いの連続の日々でした。
師走を前に我が家に帰って来たら横浜の息子や近所にいる娘と天使の孫娘達が皆んな来てくれたよ。キミはとても嬉しそうで泣いたり笑ったりして楽しかったよね。キミはすべてを悟っていたのですね。そして静かに眠りにつきました。それは暮れの寒いクリスマスの夜でしたよ。
月日の流れは早くて、もう暫くすればまたクリスマスがやって来ます。
キミが言いそびれていた「サヨナラ」を持って来ておくれ。