「ひとり言」
「ねぇ、お酒呑もうか。熱燗(あつかん)でね」
「なんかさぁ、胸がイタいんだよ」
「寒いからね」
そんな独り言で話しかけていると、突然に森から鴉達が喧(けたた)ましく鳴きだした。一瞬で不気味な夜になったのだ。
あの娘と別れてから、もう一年も経つのだ。彼女があの鴉の住む森(病院)で暮らしはじめてから何年過ぎたのか思い出せないのだ。何度もこの庵に帰っては来た。ここと森を行き来して、とうとう帰らない夜がやって来た。そんな事をつらつらと思いながら、話がしたくて始めた矢先の鴉の騒乱で、掻き乱されてしまった。
満月が遠くで白く泣いてた。突然の侵入者で静寂を遮(さえぎ)られて流行る心を抑えられずに暫(しばら)く気持ちが乱れていた。
明日が来ると信じていても来る筈がなくて、今日を繰り返すのが人生ですよ。そんな戯言(ざれごと)を言われて諭(さと)されても響かずに過ごして来た。
ただ、今を信じて歩いて行けば見つかると、哀しみを笑いに無理に変換して、想いと過去を捨てながら泣いて過ごしたこれまでも、ゆっくり歩けば一歩先は笑顔が待ってると思い始めている。
あの満月が欠けて繊月(せんげつ)になる一周忌の聖夜には、泣かずにいつものように大好きだったお酒を酌み交わしながら、あの時の楽しかった話でもしようじゃないか。
ゆっくりと煙草に火を点け静寂を待ち、徐(おもむ)ろに話し始めた。
「ねぇ、お酒おくれよ」
「冷(ひや)でいいからさ」
「なんか、落ち着かないんだ」
「ひとり言」後書き
夜に鴉が鳴くと、心が騒めきます。だが、恐れずに聞けばそれは故人からのメッセージを預かって知らせに来たのが分かります。かつての思い出や果たせなかった約束を伝えに来るのです。だから、果たせなかった約束を振り返りながら、ゆっくりとお酒でも呑みましょうか。