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夜咄 六夜「眩暈(めまい)」


 暑い夏が来た。去年の夏は二人は愛しあっていた。次の夏は海に行く約束もしていた。秋の風が冬を連れて来る頃にふたりは別れた。

 今年の夏も変わらない熱波を吹かせて燃える陽射しで海岸を焦がしていた。私は体調を崩してこの海辺の病院にいる。病棟の窓から海岸を見ていると滲む視線の先に海に向かって歩く君の姿を見つけた。海風の中で白いワンピースが眩しく揺れた。

 刹那に君の名を呼んでいた。

 振り向きざまに太陽の光が反射し、眩しさに眩暈が走り君を見失しなっていた。錯覚だったのか暫く君の姿を追いかけたがその姿を見失っていた。

 入院のためこの浜辺に来た二週間前、去年の夏に愛を重ねふたりで買い求めた歪んだ形のオープンハートのペンダントを小瓶に入れ手紙を添えて海に流した。終わりにした恋を忘れるために。
 見失った日の燃える夕日に誘われて、ひとり海岸を散歩していると打ち寄せる波間にあの時の小瓶が揺れて中のハートが鈍く光っていた。きっと別れた筈の去年の想い出が迷子になって漂っているのだ。

 君は帰って来たのか‥‥。

 何匹もの半透明の蜻蛉(かげろう)が飛び交う夕暮れの夏の浜辺は何時もより静かだった。




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