夜咄 三夜「絵葉書」
行き付けのレトロな雰囲気の通い慣れてる珈琲店から家に戻ると、郵便受けに一通の絵葉書が届いていた。差出人の名前だけ書かれてある。微かな記憶を辿りながら思いを巡らせてみたが記憶になかった。
仕事に行き詰り、それ迄勤めた代理店を退社していた。ニューヨークへ行こうかと迷っていたが以前より思っていたあの島に行くことにしたのである。
届いた絵葉書を眺めながらその頃の事がうっすらと蘇って来た。島の椿の花を切り取った写真だった。あの時に島の椿が群生する画像に感動して導かれるように訪れたのだ。その時に案内してくれた島の娘と気心が通い恋に堕ちた。その記憶は傷が癒えずに凍結して甦えることなく脳裏の奥に閉じ込めていた。
あの時の娘の消息は、後に届く友の便りで、その翌年の夏に椿の花が散るように静かにあの世に旅立ったと知らせて来た。それ以来その島には仕事に追われて訪れていない。
絵葉書には真紅の藪椿が鮮やかに咲いていた。記憶が解凍するように蘇ってきて、私はあの椿の花咲く島にお墓参りに行ってみようと思っている。葉書の差し出し人が誰なのかも知りたくなった。
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