散文詩集「坂の途中」vol.1
「呪文」
雨が降る朝です。
水を跳ねる車の音が距離と方向を知らせてくれるのみです。過ぎてしまへば、静寂に戻る朝、目覚めの香りを珈琲が届けてくれる頃に、呼ばれるかのように旅立って行く。
キミを探して果てしのない旅
をして、見知らぬ宿にたどり着く頃には夜明け前の欠けた月が薄灯りを漂わせている。
その先に無限の雲海の波が聴き取れないリフレインを繰り返して、誘い込む不思議な呪文を唱えてる。
呪文は出逢った時にキミが
呟いていた言葉のようなのだ。
「誘惑」
再び季節がめぐり、その赤い花は可憐で清楚な姿で惹きつけている。いつものように、甘く優雅で媚びた香りを漂わせている。
何も知らぬ旅人を無限の夢へと誘っているのか。旅の途中で声をかけられその赤い誘惑の話を聴いた。
ひと言呟くだろうか。
そんな疑問がいつものように分からずに見ている。自らへの問いは、立ち向かう意志の有無で伝わるから、優しさと厳しさは表裏して漂流している。花に戯れ遊ぶ蝶でさえ見抜けるのに。
「何時のまにか」
八畳間の天井に飽きもせず節目に話しかけていた。幾ら何度も問いかけても返事がないので寝返りをうって外に目を遣る。すると何時のまにか、窓から見えるいち面の秋が色付いた葉を撒きながら話し掛けてきた。
〜こんど振り向いたらね。辺りいち面が白い雪に染まっているから〜
「誘惑|梔子」
再び季節がめぐり、可憐で清楚な姿で惹きつけている。
いつものように、甘く優雅で媚びた香りを漂わせている。
何も知らぬ旅人を無限の夢へと誘っているのか。
「わすれた悲しみが」
どうして、こんな木枯らしのような哀しみが来るのだろう。ステージが終わり暗い客席の帰り支度の姿を映し出して、スポットライトは消えてすべてを照らす明かりが灯し始める。期待するアンコールもなく、それぞれの帰路を急かすライトが差し込む、祭りの後は哀しみのバラードが流れているのだ。
「旅の終わり」
あと幾つの過去を集めたらひとつの想い出になるのだろう。過ぎ去る想いを呼び戻して集めて積み重ねれば、燃える情熱と凍てつく憎悪とがひとつの想い出の渦に巻き込まれて行く。
あの深い青空に想いの丈を振り撒けたら、ワタシの旅は終わりが来るのだろう。