虹を盗んだ話

君は今日虹を見たかい?
私は今日幸運にも虹を見たよ。
成子坂の向こうに虹が架かっていた。
雨上がりの午後、成子坂の向こうの空に、虹が架かっていたんだ。

私は、淀橋から一つ新宿寄りの横断歩道に信号待ちをしていた。
十二社方面へ向かうため、花屋の前の横断歩道に青信号を待っていたんだ。
右手は淀橋から坂を上り中野坂上、左手が成子坂を上り新宿という位置にいた。
ふと左手を見遣ると、ビルとビルに切り取られた、縦に細長い狭い空に、大きな虹が見えたんだ。

私はちょっとワクワクした。
だって虹を見たのは実に久し振りだったから。
同時にちょっとドキドキしたんだ。
だって虹を見遣る者が誰ひとりなかったから。
前を向き信号機を顔を向ける者、俯いてスマートホンの画面に目を落す者。
私以外、誰一人として成子坂の上の虹に気を留める者は無い様子だった。或いは、虹などに関心を持つ者のなかっただけかも知れない。

この隙に虹を盗ってやろう。

私の中の小悪党が首を擡げて、一寸した冒険を提案してきた。
そして私はその悪戯に乗ることに最早異存はなかったんだ。
軈て信号は赤から青に切り替わり、人々は動き出し、私は左前のポケットからスマホを取り出し、誰にも悟られる事のない様に注意深く慎重に、スマホのレンズを虹の方へ向けた。
私は盗撮を楽しむ変質者の心持ちで、到底抑え切れない興奮の溢れ出るその前に、素早くそして素知らぬ振りでシャッターを切ったんだ。
果たして成子坂の上の虹は、私のスマホに収まった。
私は成子坂の空の上から切り取った虹を左前のポケットに突っ込むと、足早に横断歩道を渡り十二社方面へ歩を速めたんだ。

今日成子坂上に現れた虹は、今この私の手の中にある。
私だけの秘密の虹だ。

明日は何を盗もうか。

今日の戦利品、私の盗った成子坂上の虹

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