シシ尼寧蒙木木
勿論諸君は、丸善をご存じであろう。
日本全国都道府県何処にでも必ず一店舗はある、あの丸善である。
何処にでも……と書いたが、実は唯一か所、出店のない都道府県がある。
京都府だ。日本全国で唯一京都府には、丸善がないのである。
勿論、元から無かった訳ではない。嘗ては京都にも丸善は在った。
ある事を切っ掛けに、丸善は京都から、将に完全に消えて無くなったのである。
マントを羽織って京都を街から街へ放浪する男が在った。友人宅を転々とする住所不定の不逞の輩である。肺病を患う呑気な患者であり浮浪者であるこの男は、始終その心を焦燥と嫌悪に支配されていた。
この浮浪者は、袂に一顆の檸檬を忍ばせていた。勿論檸檬は比喩であり、実際は爆弾であった。檸檬のような丈の詰まった紡錘形の格好をした黄金色に輝く恐ろしい小型の爆弾を、袂に忍ばせいたのである。
運命の日、この浮浪者は丸善に忍び込み美術書のコーナーにそれを仕掛けた。
その十分後、丸善は粉葉微塵に吹き飛んだ。京都河原町から跡形もなく消え去ったのである。
そして丸善は、京都の地に終ぞ再建されることなくそのまま撤退、今に至るのだ。
今、その跡地には無数の桜の樹が植わっている。春には爛漫と咲き誇り、その花の下を800羽もの兎が駆けずり回る。
また、近くにある崖上の館上からの瞰下景は中々の評判である(そこに至る道は万年の泥濘で、常に足元が悪いので難渋すると言う事だが)。
諸君が京都を訪れる際には、観光のルートにひとつ加えてみては如何であろうか。
以上はフィクションにつき、実在の地名・団体等との関りの一切ないことを付け加える。
て言う話。
今日は檸檬忌。これは信じていいことだ。
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