ほんとうの優しさ、とは。
涙の浄化作用
あの名作「大地」三部作から作家のパール・バックが好きになり、彼女の手記「母よ嘆くなかれ」にたどりついたのであるが、私は、初めてこの手記を読んだとき、通勤の電車のなかで、人目もはばからず、ぽろぽろと涙をこぼしてしまった。
誰でも、生きていたら、どうにもことばにあらわしようがない深い悲しみが、ひとつやふたつあるものだ。
ことばにあらわせないぶん、悲しみは心の奥に沈澱していく。でも時折、底から激しく噴きあげて、日常の平穏を壊す。
パール・バックのかみしめるようなひとことひとことは、心に沈澱して行き場を失った悲しみをそっと溶かしてくれる。
この涙は、「浄化」の、さらさらと流れていくような涙だ。
母と娘の悲しい旅
パール・バックは、娘の病気(知的な発達の困難)をなんとしても治したいと、アメリカ中の名医を転々とする。
その母と娘の悲しい旅は、アメリカのメイヨー病院で終わることになる。
パール・バックは、最終診断で小児科部長の部屋に呼ばれる。
小児科部長は首を振る。
「原因はわかりません。しかしあきらめずにいろいろやってみます。」
彼女が、失意のなか部屋をでて廊下を歩いていると、よびとめるひとがいた。
過酷な真実を見なさい。
呼び止めたのは、さきほど、小児科部長とパール・バックのやりとりをそばで聞いていたドイツ人の医師だった。医師はそっと手招きで彼女を呼ぶと、人気のない部屋についてくるようにいった。
本当の優しさとは
本当の優しさとは、こういうことをいうのかもしれない。
カウンセリング関係も、カウンセラーが未熟であると、クライエントに嫌われることを怖れて共依存の関係になりやすいことがある。わたしは未熟な人間なので、「冷たいひとになろう」といつも自分に言い聞かせている。「こんなひとに聞いてもらうくらいだったら、自分でなんとかしよう」そう思って、より大きな世界につながっていってくれたら、それが一番よいではないか。
人生は、孤独な旅なのだ。この「狂った世界」から脱出するかどうか覚悟を決めるのは、その人にしかできない。中途半端な優しさは、そのひとを遠回りさせるだけだ。
通りすがりの冷徹なドイツ人の医師は、パール・バックの診断を求めての全米行脚を終わらせた。
彼女は、その後、娘の治療教育への費用(当時のアメリカは高額の自費だったらしい)を作るために必死で文筆に取り組み、ノーベル賞、ピュリッツァー賞を取ったと聞いている。
浄化の涙のなかで、本当の優しさについて、深く考えさせられた。
ちなみに、後年医学の進歩とともに、パール・バックの娘さんの病気は、フェニルケトン尿症であったことが判明したようである。現在この疾患は早期発見によって知的能力が向上することが知られている。
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