ヒトメタニューモウイルス(hMPV)感染症に関するWHOの最新見解
要旨
新型コロナウイルスやインフルエンザに続き、ヒトメタニューモウイルス(hMPV)が国際的な健康課題として浮上しています。2001年に初めて発見されたhMPVですが、実は長年にわたり広範囲で感染していた可能性が示唆されており、現在では乳幼児から高齢者、さらには免疫抑制状態の患者に至るまで、多様な層に影響を与えています。WHOは2025年に向けて、hMPVのサーベイランス強化を推進し、その流行状況やリスク要因を綿密に監視しています。本記事では、hMPVの基本的な特徴から世界各地での流行パターン、特に高リスク集団における感染の深刻さまでを網羅的に紹介。さらに、現行の予防策や治療法の最新情報、将来への対策についても詳述しています。hMPVの全貌を知ることで、私たちの日常生活や医療現場での対応策を見直すきっかけとなるでしょう。ぜひ続きをお読みいただき、hMPVに対する理解を深めてください。
1. はじめに
新型コロナウイルス感染症やインフルエンザ、RSウイルス(Respiratory Syncytial Virus)など、多くの呼吸器ウイルスが世界的に注目を集めるなか、「ヒトメタニューモウイルス(hMPV)」も看過できない病原体として浮上しています[1-3]。hMPVは2001年に初めて同定されたウイルスですが、近年の分子疫学的な研究によって少なくとも65年前から循環していた可能性が示唆されており[11]、現在では乳幼児から高齢者まで幅広く感染が確認されています。
WHOは2025年1月7日現在、北半球各国での急性呼吸器感染症サーベイランスを強化しており、hMPVについてもその動向を注視しています[11]。本稿では、hMPVの基本情報から世界的な流行状況、特にWHOが示す予防・管理上のポイントまでを包括的に解説します。高齢者施設や小児領域での集団発生事例、さらに免疫抑制状態の患者が直面する課題などを中心に、最近の研究結果や具体的な数値を交えながら、いま私たちが取るべき対策を再考していきます。
2. hMPVとは:WHOが注目する理由
2-1. ウイルスの概要
hMPVはパラミクソウイルス科に属するRNAウイルスで、RSウイルスと類縁関係があります[2,3]。2001年に新種ウイルスとして報告されたものの、分子的には古くから循環していたとされ、冬季から春季にかけて流行するパターンが多くの国で認められます[1,11]。
WHOは、インフルエンザ、新型コロナウイルスなど主要な呼吸器ウイルスに加え、hMPVを含む他のウイルスのサーベイランス強化を推奨しています[11]。これは、hMPVが乳幼児や高齢者、免疫抑制状態の患者などハイリスク集団で重症化するケースがあるためです[1,3,6,9]。
2-2. WHOの見解とその背景
WHOが2025年1月7日付で発表した最新の報告によると、中国北部を含む北半球の複数地域でhMPVを検出する事例が増えているものの、これは年間を通じて予想される季節変動の範囲内と考えられています[11]。多くの場合は軽度の上気道症状で終息するため、世界的な大流行には至っていません。しかし、保育施設や介護施設などの集団生活の場での集団発生、あるいはハイリスク群への波及が確認された場合には、致死率の上昇が懸念されるため、注意が促されています[1,4,5,11]。
3. 感染経路と症状:WHOが示す留意点
3-1. 主な感染経路
hMPVは、感染者の咳・くしゃみなどで生じる飛沫を経由した飛沫感染、あるいはウイルスが付着した物品や環境に触れた手で口や鼻を触れることによる接触感染によって広がるとされています[1,11]。満員電車や保育施設、介護施設など多くの人が接触する環境では、クラスター的に感染が拡大するリスクが高く、WHOは一般的な呼吸器感染症対策(咳エチケット、手指衛生、適切なマスク使用など)を徹底するよう再三呼びかけています[11]。
3-2. 症状の特徴
軽症例: 発熱、鼻水、咳、くしゃみ、のどの痛みなど、いわゆる風邪症状に類似した上気道炎が最も一般的です[1,2,11]。多くの健康な成人や子どもでは自然回復します。
重症例: 乳幼児や高齢者、免疫抑制状態の方などでは下気道感染症(細気管支炎、肺炎、気管支炎など)へと進展し、高熱、強い咳、呼吸困難感などの症状を呈することがあります[4,6,8].
WHOの見解では、インフルエンザやRSウイルス、新型コロナウイルスとの鑑別が臨床症状だけでは難しいため、必要に応じてPCR検査などのウイルス検査を活用して感染源を特定することが推奨されています[11]。
4. 世界的な流行状況:WHOサーベイランスから見る現状
4-1. 季節的流行と地域差
WHOの統合サーベイランスによれば、hMPVは北半球の冬季から春先にかけての流行が最も顕著で、この動向はインフルエンザやRSウイルスとの同時流行時期と重なることがしばしばあります[11]。南半球では、地域ごとに流行ピークが異なるものの、同様に寒冷期に増加傾向がみられる国もあるようです。
4-2. 集団生活の場でのアウトブレイク
hMPV感染者数の報告は多くの場合少数例にとどまりますが、保育園や幼稚園、介護施設でのアウトブレイクが起きると、一気に入所者の大半が感染し、高齢者や基礎疾患のある入所者の重症化が懸念されます[4,5]. 一部の研究では、介護施設でのhMPV集団感染による致死率が最大50%に達した事例も報告されており、WHOも高齢者施設での厳格な対策を促しています[1,4,11]。
5. 重症化リスクと具体的数値:WHOの警鐘
5-1. 乳幼児・小児
WHOや各国の疫学データによると、ほとんどの子どもは5歳までにhMPVに感染するとされます[9,10,11]。初感染時には、細気管支炎や肺炎などの下気道病変を引き起こすリスクが上昇し、重症化すると入院が必要になる場合があります。地域差はあるものの、小児におけるhMPV感染率は幅が広く、アフリカの一部地域では下気道感染症(LRTI)の有病率4.7%、致命率1.3%が報告されています[10]。
5-2. 高齢者
加齢による免疫力の低下や複数の慢性疾患を抱える高齢者は、hMPV感染で重症化しやすい傾向にあります[4,5]。特に、介護施設などでの集団発生時には、重症肺炎による死亡例も報告されており、WHOは季節性インフルエンザと同様、hMPVの流行時期には高齢者への感染管理対策を徹底するよう提案しています[11]。
5-3. 免疫抑制状態の患者
がん治療中、造血幹細胞移植後、臓器移植後などで免疫が抑制されている方々は、hMPV感染から重篤化するリスクが高まり、長期ウイルス排出などの合併症が問題となります[6-9]。肺移植患者ではhMPV感染が契機となり、拒絶反応が増悪する可能性が報告されており、各医療施設では厳重な注意が払われています[8,9]. WHOも、こうしたハイリスク群に対して早期診断と適切な呼吸管理を行うよう呼びかけています[11]。
6. WHOが推奨する予防策
6-1. 一般的な感染対策
WHOは、hMPVを含む呼吸器ウイルス全般の感染を防止するため、以下の対策を推奨しています[11]。
手洗いの徹底: 石けんと流水、またはアルコール消毒液を使用し、外出からの帰宅時や食事前後、咳・くしゃみの後にはこまめに実施。
マスク着用: 症状のある人はもちろん、ハイリスク集団に接する際や人混みの多い場所ではマスクを推奨。
咳エチケット: 咳やくしゃみはティッシュや腕の内側で抑え、飛沫の拡散を防ぐ。
室内環境の改善: 定期的な換気と適切な湿度管理がウイルス拡散抑制に有効。
6-2. ワクチン開発状況
インフルエンザや新型コロナウイルスと異なり、2025年現在でhMPVに対するワクチンは公的機関による承認を得ていません[3,11]。研究は進められているものの、臨床応用には至っていないのが現状です。WHOはワクチン開発に期待を寄せる一方で、現段階では一般的な呼吸器感染症対策を徹底し、リスクの高い集団での早期発見・早期治療が重要であるとしています[11]。
7. WHOの推奨する治療・管理のアプローチ
7-1. 対症療法が中心
hMPVに有効な抗ウイルス薬はまだ承認されていないため、治療の基本は対症療法です[1,11]。解熱鎮痛薬や鎮咳薬、去痰薬などを適宜使用し、水分補給と安静を保つことで軽症例は多くが自然回復します。重症化した場合には、酸素投与や点滴治療、人工呼吸管理などの集中治療を行う必要があり、WHOは重症例の早期把握を強調しています[11]。
7-2. ハイリスク患者への対応
免疫抑制状態の患者には、リバビリンや免疫グロブリン(IVIG)の使用が試みられることがありますが、これらはまだ標準治療としては確立していません[8,9]. WHOは、重症肺炎や呼吸不全が疑われる場合には、早急に呼吸管理を含む包括的な医療介入を行うよう提言しています[11]。また、特定の集団生活施設で発生した場合には、迅速な検査と感染者の隔離、接触者のモニタリングが不可欠です。
8. WHOが強調するサーベイランスと早期受診の重要性
2025年1月7日現在、WHOは北半球各国の呼吸器感染症サーベイランス強化を進めており、hMPVについても各国からの報告を注視しています[11]。インフルエンザ、RSウイルス、新型コロナウイルスと同様、症状だけでは診断がつきにくい場合があるため、PCR検査などによる早期発見が重視されています。特に以下のようなケースでは、速やかな医療機関への受診が推奨されます[4,6,11]。
高熱や強い呼吸困難感がある。
症状が長引く、あるいは急激に悪化する。
乳幼児、高齢者、免疫抑制状態の患者などハイリスク群が感染を疑われる場合。
WHOによると、こうした体制整備と早期受診の促進によって、集団発生の拡大防止や重症化の低減が期待できるとされています[11]。
9. まとめ:WHOの視点から考えるhMPV対策の現状と今後
ヒトメタニューモウイルス(hMPV)は、2001年の発見以来、乳幼児から高齢者まで幅広い年齢層で感染が確認され、重症肺炎や細気管支炎を引き起こすこともある呼吸器ウイルスです[2,3,11]。WHOはインフルエンザ、新型コロナウイルスと同等に呼吸器ウイルスの監視を強化する中で、hMPVにも注目しており、特に高リスク群における重症化や集団発生を警戒しています[1,4,5,11]。
現時点では特異的な抗ウイルス薬やワクチンが存在しないため、個人レベルでは「手洗い・マスク・咳エチケット」といった基本的な感染対策の徹底と、症状がある場合の早期受診が重要とされています[11]。また、介護施設や保育施設では集団発生を予防するために、迅速なウイルス検査や感染者の隔離対応が求められます。免疫抑制状態の患者に対しては、早期の集中治療や補助的な治療薬の適切な活用が検討されていますが、標準治療の確立にはさらなる研究が必要です[6,8,9,11]。
hMPV流行の監視強化とともに、各国の医療現場では多様な呼吸器病原体を総合的にみる診断体制の整備が進められており、WHOはこうした取り組みの継続を強く推奨しています[11]。ワクチン開発の進展によって、将来的にはハイリスク群の発症や重症化を大幅に防ぐことが期待されます。私たち一人ひとりが最新の情報を把握し、WHOの推奨する基本的対策を実施することが、hMPVをはじめとする呼吸器感染症の拡大防止と重症化予防に繋がるでしょう。
引用文献
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