クラマラス 23話 (長編小説)
葛西くんのライブから二週間。
今度は私たち吹奏楽部の番だ。ショッピングモールでの演奏会のオファーがあった。
私たちがコンクールの地区大会に行ったことがオファーのきっかけらしい。
この日の為と言うよりこれからの文化祭、定期演奏会の延長線?前哨戦?みたいな気持ちでみんなは臨んでいた。
私は不調だった。あのコンクールからずっと不調でトランペットのソロは橋本たちが分担して私には回って来ていない。
それでいい。今の私には無理だ。
「もうちょっとだね、本番」
葛西くんと河原で話をしていた。ライブの次の日ちゃんと謝り、葛西くんは「気にしてないよ、僕の方こそ無神経なことを言った」と誤ってくれた。
「あまり気負う事なくリラックスしてやりなよ」
「ありがとう、頑張るね」
「見に行ってもいいかな?」
「もちろん、みんなで来て心強い」
「わかった。浦野は絶対来るだろうね」
「ねぇ、やっぱり浦野くんってさ」
「うん、筒井さんのことが好きみたい」
「そうかぁ浦野くんがね、筒井ねぇ」
「どうなのかな?」
「二人とも近すぎるからよく見えてなかったけどいい相性だと思うよ」
「うん、僕もそう思う。応援してあげたいな」
きっかけはこの間あった体育祭。
私達の学校は体育祭の後それぞれの学科に分かれて3年生は運動場で軽く打ち上げをする。その中では同じクラス違う学科どちらでもいいのだけれど好きな子に告白するチャンスがある。伝統だ。
もう付き合っている人達はもう一度告白をする。
いい伝統だと思うけど、それを見せつけられる方の身にもなってほしいと思う。その時葛西くんから聞いた。
「僕たちには関係ないって思っていたからさ、運動場の隅で浦野と新庄と3人で集まってたんだよ」
葛西くん関係ないんだ。ほっとしたような、なんかムッとするような、、、
「そしたらさ、4組の、浦野の同級生の女子がさ新庄のところに来て告白したんだ。新庄はよく知らない人だから断ろうとしたんだけど。断るならよく知ってからでもいんじゃない?って浦野に言われて、じゃあ今度デートしようってことになってね」
「浦野くんて優しいよね」
「ほんといい奴だよ。でね、新庄はその子と話をしたいって言って離れて、それと入れ替わりで筒井さんが来てさ、そしたらあからさまに浦野の態度が違うの。なんか心ここにあらずと言うか」
「で、その後に私も行ったけどその時も浦野くんなんか筒井のことをチラチラ見てるし怪しいなって」
「そうそうそれでその後に聞いてみたんだよ浦野に。はぐらかされたけどあれは筒井さんに好意を持ってるなって思った」
「進展するといいねぇ」
「ほんとにね」
そんな話をしながら私たちは楽器を持って一緒に演奏を始めた。
演奏会当日。私たちはショッピングモールの開店と同時に中央のホールで準備をしリハーサルを始めた。私はなんとかそれには参加できた。リハーサルを見てくれる人もいて私は緊張してしまった。
僕らがショッピングモールに到着する頃にはもうリハーサルが始まっていて、みんな舞台衣装を着ていた。何度も滝野先生の確認する声掛けが響きその度にみんなの「はい」の声も響いた。
「おい葛西、あれって岩野じゃね?」
浦野が客席に座っている人を指差す。
「確かに岩野ですね」
と大原も新谷も言っていた。
「なんであんなところに岩野が?」
「見つからないように時間まで撤退するか」
と浦野が言ったが、山下さんが会場から僕らの事をを見つけたようで手を振って隣の北野さんに耳打ちをする。岩野先生はそれを見逃さず手を振った方向、つまり僕たちの方を見て
「お!葛西たちじゃないか」
と言いながらこちらに歩いてきた。
なぜ日曜日までこの人の顔を見ないといけないのだろう。
「あ、先生おはようございます。先生も見に来られたんですか?」
「まぁな課外活動だしな、こんなショッピングモールで何かあってもいけないからな」
「でもそれは滝野先生がやるんじゃ?」
「滝野先生は色々忙しいだろう演奏会のことで。それで先生が見回りを買って出てるんだよ」
あぁなるほど得点稼ぎね。岩野先生はあのライブハウスでのライブ以降さらに滝野先生へのアプローチが激しくなっていると吹奏楽部の人達は言っていた。別にそれはいいのだがこう言う形で実害が出てしまっているのはいただけない。
『別の場所でやってくれよ』と思う。
「これから1時間の休憩時間にします。ただし、休憩時間中にショッピングモールの飲食店での飲食は禁止にします。食べたい人はテイクアウトして所定の場所で食べてください。13時には最終のリハーサルを行います集まってください」
「はい!」
吹奏楽部は休憩時間になった。滝野先生はこちらに気づき近寄ってくる。
「あら、みんな見にきてくれたのね」
「はい、僕らのライブも見に来てくれたのでそのお礼に」
「どうもありがとう。楽しみにしててね」
「はい!」
滝野先生は岩野先生じゃなくても全男子が好きだと思う。全く嫌味のない性格でさっぱりしているそれでいて綺麗な顔立ち。そりゃみんな好きだ。岩野先生よ、ライバルは多いぞ。
「岩野先生、ここに楽器類を置いて行っちゃうんですけど、私もみんなと一緒に昼食を買ってこようかなって思ってて・・・」
「任せてください!私がここにいるのでどうぞ行ってきてください」
「そうですか!ありがとうございます」
「先生、早く行きましょ」
「はーい。それじゃあ岩野先生、休憩中よろしくお願いします」
そう言い残して滝野先生は行ってしまった。岩野先生、もうこれは1時間ここにいないといけないことが決定してしまったのですよ。
そして滝野先生は所定の場所で昼食を吹部のみんなと食べるんです。僕たちは笑いそうになるのを堪える。
「それじゃあ僕たちも昼食を食べに行きますので」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「いや、僕たちには頼まれてないし」
「おにぎりでも買ってきてくれないか?お金はもちろん渡すから」
「あぁ。はい」
どこまでも悲しいな岩野先生よ。
僕たちは岩野先生に昼食を買ってきてあげた。
「おーありがとうありがとう」
「まぁ座れよ」
「え、いや僕たちは」
「遠慮するなって」
みんなの顔を見た。乗り気ではないようだったが岩野先生も可哀想だとおにぎりを買いながら思っていたので
「じゃあ」
と言った。渋々。
「どうだ、お前らバンドの方は」
「あ、はい、あのライブの後、僕たちの評判が良かったのでまたライブをしてくれと誘われました」
「そうなのか?」
「はい、でも、誰かのライブのオープニンアクトみたいな感じじゃなく、毎週木曜日が『アコースティック飛び入りでデイ』だそうで、アコースティックセットなら誰でも出ていいそうです。で月1回の土曜日は飛び入りOKのライブだそうでそれに出てみないかと言われました」
「そうか、しかし大丈夫なのか?」
「はい、僕たち高校生は出番を早くしてもらって遅くならないように配慮してくれるそうです」
「福井先生はなんて言ってるんだ?」
「福井先生に話をしたら、『わかった』と言ってくれました」
「そうか。親御さんは出来れば一緒に行けよ」
「え?反対されると思ってました」
「福井先生は了承したんだろ?ならいい。それに俺も直に見に行ってるし、あのマスターが何が無理を言ったり約束を守らなかったりはしないと思うからな」
岩野先生は意外と理解してくれるようだ。僕たちは岩野先生のことをちゃんと見ていなかったのかもしれない。そんな話をしていると筒井さんの声がした。
「葛西くんたち一緒にご飯食べよ」
北野さんと筒井さんと橋本さんだった。
「あれ、いいの?所定の場所で食べないとダメなんでしょ?」
「うん、でも特別に滝野先生に許可をとってきた。それにその所定の場所ってすぐそこだし」
確かに所定の場所はすぐそこのスペースだった。だったら別に岩野先生をここで見張り番にしなくてもよかったのでは?
北野さんはどこか様子がおかしい。
「お前たち、俺を心配してくれてありがとうな」
「いや、先生そう言うの暑苦しいですよ。何年前の教師ですか?」
橋本さんは辛辣なことを平然と言う。
「何年も前だからって俺はこの姿勢を崩すことはない。流行だろうがなんだろうが自分が良いって思ったことは良いんだ」
確かに。岩野先生は意外と良いことを言う。伊達に先生をやっているわけではないのだ。
「だからずっと滝野先生が好きなんですか?」
橋本さんは聞きにくいことを聞く。
「な!おい、橋本!そう言うことを聞くか?普通」
「いやだって私たちが入学する前からですよね?」
岩野先生は動揺していた。
「いつからなんですか?」
今度は筒井さんが聞いた。みんな身を乗り出して岩野先生の恋話に耳を傾けていた。北野さんも愉快そうな表情で聞いている。よかった。
「そ、それはだな、なんて言うか、確かにお前たちが入学する前だよ。滝野先生はお前たちが入学する一年前に赴任してきた先生だったんだ。もうなぁ一目で射抜かれてな、俺は心底この学校で今の位置になるまで頑張ってきて良かったなって思った。『正直な教師』になってよかったって思ったよ」
「なんすかそれ。なんか自分の事の為に教師になったような言い方じゃないですか」
浦野が呆れながら言った。
「そうだな、配慮が足りなかった。すまんな。だけどなお前たち、特に三年生、覚えていて欲しいんだが、人が生きるって言うのは、人が働くって言うのはな、結局は自分の為なんだよ。俺は教師をやっているが確かに誰かに何か自分が出来ることを伝えて、それでその誰かが少しでも成長する。その手助けになるって言うのは凄くやりがいを感じる。だからこそ教師をやっている。だけどな、その感情だって突き詰めれば自分の為なんだ。『偽善的』だとか『何も知らない相手に対して何かを知っている自分が教えてあげている』って事だとか、そう言われても仕方がない。そんなことは何も知らない奴が言うんだ。ただそれが事実だって言うことも俺は知っている。そんな中でなぜ何時迄も教師が出来るかって言うとな、やっぱり自分の為なんだよ。何かを教えて相手がお礼を言ってくれて、やりがいを感じるの。そうやって労働すれば対価として給料をもらえることも俺には大切なことなんだと思っている。本当は教育っていうのはそれを教えないといけないんだ。結局は『自分の為に労働をするんだ』ってことを。お前達だってそうだろ?この間のライブだって今日の演奏会だってまずは見てくれる客に対してだけどそれによって満たされるのは自分だ」
「そんな身も蓋もない」
浦野は抵抗しようとした。
「そうなんだよ、身も蓋もないんだ。だから教育上の言い方は『いい事をしたら自分に返ってくる』ってことなんだよ」
「あ、そうか」
浦野は何か合点がいったようだった。僕もそうだった。
「自分の為に一生懸命でいる人は人にも一生懸命になれるからな。これも正しいんだ。だからお前たちは自分の為に働け」
「はい」
僕たちは岩野先生の言葉をしっかりと受け止めた。『人のためにまず自分の為に一生懸命になる』そうかもしれない。いや、僕たちはそれを実感している。
「あら、みんな真剣な顔してどうしたの?」
滝野先生がやって来た。
「いやぁ滝野先生なんでもないですよ、こいつたちがですね、俺が一人で寂しいだろうからって一緒に昼食をとってくれるって言ったんですよ。だからお礼をしてました」
「そうなの!?それは関心。なら私も残りの時間はここで過ごそうかしら」
「本当ですか!」
別に岩野先生が可哀想とかではなく、あなたに無理やり座らされて食べさせられたんだがまぁいい。岩野先生の話に従っておこう。そして僕は岩野先生と滝野先生はうまく行ってほしいと思った。