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嵐の夜に③(短編小説)

美緒は自分のことを話してくれた。それは私の想像を超えたことで、私は私のことを話すことでしか彼女に寄り添えないと思った。

「私のことを話すね」

「うん」

「私はね、4つ上に姉がいたの。中学の時ちょっと悪い人たちと付き合いがあって家族で揉めたけど高校は努力をして市内でも有数の名門校に入学したんだ」

「へぇ凄いね」

「うん、私にはとてもそれが誇りで私もそんな姉のようになりたいと思っていた。でもねそこから1年ぐらいかな経って学校で色々とトラブルを起こすようになっていった」

私は決心をしたのだが、ここまで話してみても話を終わりたいと思うほどまだ揺れている。

「ある時、姉がね『学校はもう辞める』って言い出して、そこから父親は怒るし、母親は激しく罵るし、そんな場面を私は目の当たりにした」

美緒は何も言わないが私の話を聞いてくれている。

「そこからが地獄の始まりだった。バイトを始めたみたいだったのにすぐに辞めてまた始めてすぐ辞めてを繰り返してその度に母親と喧嘩して。姉は精神的に病んでしまった。精神科に通うようになって処方された睡眠薬をたくさん飲み出してね、それで通っていた精神科では処方されなくなって、そしたら別の病院に行って睡眠薬を処方してもらって、それを多量に摂取して死のうとしていた。父親に見つかるたびに激しい口論になって。それを私はずっと見ていた。だから私は私が迷惑を掛けないようにじっと黙って何もしようとせずにただただ時間が過ぎるのを待った。家でも学校でも・・・だから私は記憶がないんだよ、その当時の中学生時代から高校生時代は何をしていたのか思い出せない。多分何もしていなんだと思う。何も考えず何もせずただじっと迷惑にならないようにじっと・・・」

「辛かったね」

「うん、辛かった。それからも同じようなことが毎日続いた。姉が何かをすると父親が激しく怒り母親が激しく怒り。何度も手首を切っては救急車を呼び、大事になり、その度に母親は周りの目を気にして、父親はそんな母親に対しても不満を溜めて。最後は母親の糸が切れたみたいで何も言わなくなった。多分全て諦めてしまったんだと思う。でも私に目は向かなかった。誰にも目を向けなかったただ虚な目をしていた」

私は黙ってしまった・・・

いや最後まで喋ろう。

「姉がね、私が学校から帰ってきた時にお風呂場の電気がついてた。この時間に誰もいないはずなのに。だから私は見に行ったの。そしたらね姉がね手首を切ったお姉ちゃんがね・・・」

「もういいよ!辛いこと思い出さなくても!」

美緒はそう言ってくれた。私は泣いていた。自分でももう止められないほど泣きながら話していた。

「お姉ちゃんが手首から血を流しながらその場にうずくまってた・・・私はどうしたらよかったのかな。私はどうしたらよかったの?」

美緒の鼻を啜る音が聞こえる。一緒に泣いてくれている。それに安心した。

「そこからの記憶はもう無くて、どうなったのか私がどうしたのか覚えてない」

「お姉さんはそれからどうしたの?」

「うん、それからも何度も躓いていたけど今は少し落ち着いて、仕事もしてる」

「そう、それは良かった」

「うん、私の経験したことは美緒のように自分自身に何かあったわけじゃない。でもね、今社会人になって人と関わる仕事をしてて思うんだ。あれも私にとっては虐待だったって心理的な虐待」

「うん」

「だけど私はそれに負けていられないって思った。こういう仕事をしているからか立ち直るのは自分を見つめることで出来始めた。虐待が起こってしまう状況を作らない。だから美緒あなたが受けてきたことも虐待なんだよ」

美緒は何も言わない。
何も言わず俯いていた。
肩を振るわせながら。

「私はどうすればいいのかな?」
そう美緒は言った。振り絞るような声で。

「うん、まずは自分で認めることが大切だと思う。自分の置かれた状況を希望ではなく現実を」

「受け止めたら?」

「前に進むんだ。受け止めてもあったことは変わらない。美緒の親も変わらない。だから美緒が変わるんだ」

美緒は黙っている。私はようやく周りが見えるようになってきた。夕食どきのカフェは喧騒の只中にあったのに今はすっかり落ち着いて夜の闇と一緒に静けさが漂っている。私は美緒の返答を待ちながら『明日から台風がやってくるんだったっけ?』と思い出していた。この静けさの理由がわかったような気がした。

「まず、何をしたらいいのかな?」

「それなんだけど美緒は何をしたい?」

「拓磨くんにちゃんと言いたい」

そういうふうに言ってくれた。私は嬉しいと思った。それは私のエゴかもしれない。美緒の話を聞いて私の話をしてそれで美緒になんとか考え直して欲しいと思ったことも私のエゴかもしれない。でも私はそうせずにはいられなかった。

「よし、なら行こう」
「え?今から?」
「うん、明日から台風だっていうし。なるべく早く」

ここまで来た。私は私のエゴを押し通してやる。

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