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クラマラス 9話 (長編小説)

「弦をそろそろ買いたいんだよね」
「じゃあ、うちのお店来ます?」
大原が何の気なしに言う。

「・・・え?店?」
「うちの店ですよ。大原楽器」
「はぁ!・・・早く言ってよ」
浦野と一緒に衝撃を受けた。

 僕たちは部活動を切り上げて大原楽器にいくことにした。ギターの弦と課題曲の楽譜を買いに行く。大原楽器は学校から電車で20分の隣の市にある。

「最近、うちの店に怪しい人が来るんですよ」
大原が道中そんなことを言った。
「ずっと、ベースを見てて、店員が近づこうとすると『さー』と逃げて行ってしまうんですよね。うちの高校の制服だから同じ学校なんでしょうけど・・・」
「ベースに興味があるのならバンドに誘いたいね」
「確かに」
浦野の意見に同意する。


「大原楽器にはよく行くけど、大原のことは見たことないな」
「それはそうですよ、別にそこに住んでるわけではないので。家は別にあります」
「あ、そうか、なるほど」

ちょっと恥をかいた。浦野が笑っている。浦野め覚えてろよ。
電車に揺られながらクラスのこと、学校のこと、何より音楽のことを話し合う。そんな時間に僕に来るなんて。

 大原楽器は近辺にある楽器店では1番の大きさで、中学生の頃からお世話になっている。主に買うのはギターの弦や教則本。店員さんとは何人か顔見知りである。
 
 楽器店は入り口付近にオーディオヘッドホンやギターピックが置いてあり、左手にはアンプやエフェクター等のギター関係の物。アンプはマーシャルやVOX、フェンダーなどの有名どころが並んでいる。
 僕はVOXが好きだ。
 楽器店に来ると否が応でも気分が上がる。

「これを繋げてみたらどんな音がするんだろう?」と考えると止まらない。そして値段を見て我に返る。

高いのだ。

滅茶苦茶高いのだ。

高校生には手が出ないのだ。

 更に店の左手にはドラムのスティックやシンバルやスネアなどがバラバラに纏まって置かれている。あとはパーカッション楽器。その近くにDTM用品、ここにキーボードなども置かれている。

 奥まで入っていくと管楽器やバイオリンなどの弦楽器がディスプレイされていて、通路を挟んだ横にエレキギター、エレキベース、アコースティックギター、ウクレレ等が置いてある。ギターの弦は入り口付近に置いてあり、楽譜は2階に集中してある。僕達はそれぞれ特別話はせずに見たい場所に散り散りになった。

 浦野はDTM用品のコーナー。大原はドラム。僕はもちろんギターだ。ストラトタイプにテレキャスタータイプ。憧れのゴールドトップのレスポールに、ホワイトファルコン。アコースティックギターはギブソンのBー25やJー45などなど。どれも欲しい。思いっきり自分のセッティングでかき鳴らしたい。

だが高い。

どれも高い。

音楽はどれも高い。

 指を咥えるように見ているとベースのコーナーに人影があった。話に聞いていた怪しい人だろうか、確かにうちの高校の制服を着ている。背丈は僕と同じくらいか?真剣に見つめている、
何年生なのだろうか?
見ているベースは何だろうか?
声をかけてみようかな?そんなことを考えていたら怪しい彼と目が合ってしまった。
「あ」と言った刹那、彼は翻って足取り早く店を出て行ってしまった。

「あれ?君、こんな時間に珍しいね」
この店に来ると必ず話しかけてくれる。店員さんだ。
「あ、どうも、そうなんですよ、今日は友達と一緒に」
「そうなんだ、今日も弦?」
「そうですそうです」
よくわかってくれてありがたいです。

「アコギの弦だね?」
「今回はエレキの弦の方を」
「そうなの?エレキも弾くんだねぇアコギばっかりだったじゃない?」
「そうですね、実は僕バンド組むことになって」
「おぉ!それはよかったね」
「はい。で、今日はメンバーと一緒に買い物です」
「青春だなぁ・・・」

これが青春というのだろうか?よくわからないがとりあえず聞きたいことを聞く。
「さっきそこのベースを見ていた子うちの高校の制服なんですけど、知らなくて彼のこと知ってます?」
「あぁあの彼ね、なんか1回話しかけたら逃げられちゃって、それで悪いことしちゃったな、もう来店されないかなって思っていたら、次の日も来て、でも近づくと逃げちゃうんだよね」

「いつ頃からですか?」
「6月入ってからだね」
「誘ったらバンドに入ってくれますかね?」
「それはわからないけど。ベースに興味はあるみたいだから声かけられたらいいね」
「そうですね。ありがとうございます」

明日学校を探してみよう。


 大原がカウンターで話をしている。あれは多分父親だろう顔がよく似ている。
「葛西さん紹介します。父です」
「どうもよろしく」
「よろしくお願いします」
「いやまさかよく店に来てくれている葛西くんがうちの息子とバンドを組むなんてなぁ」
確かにその通りだ、僕もまさかこの楽器店の息子と顔見知りになるなんて思っていなかった。

「よし、ここは私の店だからな、スタジオ特別に使っても良いことにしよう」
「え?」
「ここに併設されてるスタジオだよ」
「いや、今誰かが使ってますよね?」
「そう、だから営業時間終了してからならOK。うちの子がいるなら戸締り頼めるしな」

「なるほど、でも本当に良いんですか?」
「もちろん、ただこれは内緒にしてくれよ」
「父さん、でも金はないから払えないよ」
「ばか、息子にたかるかよ」

この親子は仲がいいんだ。そしてお互いを認め合ってるんだろう。だからあんなに伸びやかなドラムが叩けるんだ。

「じゃあ、お言葉に甘えて使わせてもらいます」
「おうよ」
ただ、電車で移動して営業時間外の20:00からの練習になる。そう頻繁には来られない、でもありがたい。月に何度かでも思いっきり演奏ができるなんて最高だ。

 帰りは浦野と二人で帰った。さっき会ったベースの人のことやスタジオのことを話しながら。
 浦野はキーボードをもっと頑張ると言っていた。楽器屋さんで触発されたのだろう。僕もエレキギターの弦を交換して早く弾きたい。
 僕らは家路を急いだ。


 「全然見つからないよ」
浦野は突然クラスに入ってきてそう言った。
「何が?誰が?」
そう言うしかなかった。

「え、昨日言ってたじゃん、ベースを見ていた人」
「あぁそういうことか、あれ?でも浦野は見てないんじゃ?」
「何言ってんだよ、あの店に一緒にいたんだぜ。それで同じ制服知らない顔だとどうしても顔を覗いてみるよ」
浦野は突然賢い。そして目ざとい。

「全クラス見てきたんだけど、それらしい人はいなかった」
浦野のここ最近の行動力は凄い、見習わなければ。
「じゃああれは違う学年か」

「ねえ、葛西」
筒井さんだ。最近は北野さんがこののクラスに来ることがないのであまり睨まれてないし、会話もしていない。そんな中で一体何?

「最近、北野と話してる?」
「うん、学校に浦野と3人で来てるからそこで話はしてるよ」
「はぁ・・・」
え?何?何でため息?

「北野さ、最近集中し過ぎってぐらい集中しててさ、何か無理してる感じなんだよね」
「そうなの?そんな風には見えなかった」
「いや、だって」
突然浦野が会話に入ってきた。
「それは葛西がずっとバンドの話をしてるからじゃん」
「え、そんなに?」
「そうだよ、北野さん楽しそうに聞いていたけど、自分の話ばっかりだぜ基本的に」

いつも自分のことが分からなくなる。僕はそんなに自分のことを話していたのか、そして北野さんのことを見ていてなかったのか。

「呆れた、葛西、ちゃんと北野のことを見ていてくれなきゃ」
「はい、ごめんなさい」
なんで筒井さんは僕のことを責めるのか。僕が北野さんと仲良くしているのは筒井さんにとっては気に入らないことじゃなかったのか?

「あの、筒井さん」
「何?」
「なぜ、北野さんのことを『ちゃんと見ておけ』なんて僕に言うのかな?って」
「それは、『こんなに頑張れるのは葛西くんのお陰なんだ』って北野が言ってたからよ」
筒井さんは北野さんの物真似をしながら言った。

「え?何で僕のお陰で北野さんは頑張ってるの?」
「そんなことは知らないよ」
「・・・そうだよね・・・」
「そうそれに、だからと言って私は葛西と北野が仲がいいのは面白くない」
「す、すみません・・・」

筒井さんははっきりと物を言う。態度にしてもそうだし普段はそんなことはないのだから、筒井さんの北野さんに対する愛情は深いのだなとわかる。だからと言って僕にキツく当たられても困るのだが・・・

「じゃあ、今日、放課後会いに行ってみようかな」
「放課後じゃなくて、今!」
「放課後じゃなくて、今!」
筒井と浦野がシンクロして言った。

「はい、行ってきます!」
僕は急いで椅子から立ち上がり、廊下へ向かう。

「ちなみに今日は吹部練習休みだから!」
「わかった!」
そして僕は北野さんの教室に向かった。だけど、一体何をどうすればいいのだろう?

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