オーバー・ザ・
「虹の向こうには何があるか知ってる?」
「いや、知らないよ」
「そう?私も知らない」
「なんだよそれ」
そう言い合っていた夏休みの校庭は、ついさっきまで激しく降っていた雨でそこら中に水溜りができていた。
「今日は部活終わりかなぁ」
「は?何言ってんの?体育館に移動して室内練習だろ?」
「えぇ萎える」
「しょうがないって今年できたばかりのアリーナの体育館を使わなかったらもったいないじゃん」
「全く、竹田は部活好きだよね」
「は?好きじゃねぇし、それに体育館なかったとしてもそこら辺のクラス使って筋トレなり、階段の往復ランニングだったり、色々するじゃん、俺はその方が嫌だし」
「・・・全く、竹田は部活好きだよねぇ」
「は?だから好きじゃねぇし。意味わかんねぇ。行くわ」
「おう、行け行け」
「でも、陸上部も屋内でするよな」
「うん、すると思う」
「わかった」
そう言って竹田は小走りで体育館に行ってしまった。
私も実は部活が好きで早く練習したいと思っている。でも今日したかったのは運動場での練習だ。さっきまで気分よかったのに、この大雨で途切れてしまった。全く、嫌な日だ。
「あ!池田!体育館いくよ」
仲間からの呼び出し・・・行くか。
(池田も屋内で練習をする)ちょっと心が弾む。屋内は外で活動する俺たち野球部とサッカー部と陸上部はトレーニング室や、2階の普段授業で使う所で練習をする。サッカー部は室内でフットサル的なことをするだろう。野球部はできることが限られるのでトレーニングルームだ。陸上部も交流はしないが近くで同じようにトレーニングをする。近くにいられることは嬉しい。
「なぁ虹の向こうって何があるか知ってる?」
「は?なんだよ突然、気持ち悪いな」
「は?うっせーよ」
佐々木とは1年の頃から気が合う。2年になっても仲が良く、先輩にビクビクしながらも2人で冗談を言い合っている。
「歌的な?」
「歌?」
「知らないの?オーバー・ザ・レインボゥって」
「知らないよ」
「いや、英語の授業で先週やった」
「まじ?寝てたわ」
「馬鹿野郎だな」
「うっせー」
「虹の向こうには夢がなんでも叶う場所があるって言う歌でしょ」
「そうなんだ」
「そ、で、何?」
「いや、なんでもない」
池田がトレーニングルームに入ってきた。俺は俄然やる気が出る。
竹田が張り切ってトレーニングしている。私もやらなくては。あいつに見られている中であいつより怠けていてはいけない。
「池田ぁ頑張ってるねぇ。今日はだるかったんじゃ?」
「うん、だるいよ、だるいけど、やらなくちゃね」
「ふーん」
「なに?」
「付き合う」
岩本はいいやつだ。
夕方になり、今日の部活も終わりクタクタになりながら私たちは体育館の下駄箱にいた。
「池田、お疲れ〜」
「まじ疲れたな、岩本」
「な」
「ちょっと、鍵返してくるから待ってて」
「あいよ」
今日はなんだかんだ張り切ってやってしまった。眠い。
「あ、池田」
「お。竹田、お疲れ〜。今日も張り切ってたじゃん」
「おうよ」
「なんで?」
突然の池田の質問に胸が跳ね上がってしまった。
「ぶ、部活が好きだから?」
池田は『え?』と言った後大きな笑い声を上げた。ひとしきり笑った後
「やっぱ好きじゃん」
さらに胸が跳ね上がった。
「部活」
あ、部活の方ね。
「そっちも張り切ってやってたじゃん」
「うん、そう、なんだか竹田が張り切ってるから『負けてらんねぇ』ってなって」
「なんだよ、それ」
かなり嬉しい。
「そういえばさ池田、昼に言ってた『虹の向こう』の話」
「それが?」
「虹の向こうには夢がなんでも叶う場所があるんだって」
「へぇ、ロマンチックだね」
「そう思う」
「竹田はそこに行けたら何を願うの?」
「俺は・・・」
決まっている、池田とずっとこうして2人でいたいって。
「俺は・・・」
「私はそうだな誰も私を知らない所に行きたい」
驚いた。そんなことを言うなんて。
「え、どうし・・」
「ごめん!お待たせ!あっ!・・」
岩本が帰ってきた。
「遅い!でもまぁ・・・」
私は岩本と竹田を交互に見て
「私ちょっと用事あったんだった。ごめん先に帰らせて。おい、竹田」
「なんだよ」
「岩本にアイス奢れ、これ命令な」
「は?意味わかんねぇよ」
「そうだよ、竹田くんに悪いじゃん」
「はいはい、わかったわかった。よろしく!」
「ちょっ!はぁ?」
私はそそくさと体育館の下駄箱を後にした。伊達に陸上をやってない。走る速さなら小走りでも相当速い自信がある。
虹の向こうに行けたのなら、私はこんなまどろっこしい人間関係を捨ててしまえるのに。もちろん竹田もいいやつだし当たり前に岩本もいいやつだ。でも私にはそのどちらも同じように仲間なんだ。竹田が私のことどう思っているかなんて知っている。でも、岩本の気持ちも知っている。それだけのことでこんなにも窮屈になるなんて・・・全くどうしてこうなんだろう。
私はそんな迷いや悩みを乾き始めた水溜りをジャンプで超えて振り切ろうとした。