嵐の夜に(短編小説)
美緒に全てを打ち明けて、美緒は行動を起こしてくれようとしている。それは私のエゴかもしれない。でも私は私のエゴを貫くことを決めた。
静まり返った夕食どきを終えたカフェで美緒は『拓磨くん』と呼ばれる浮気野郎に連絡をとっていた。私は静かにその様子を見ていた。
「連絡つかない」
「仕事してるのかな?」
「いや、多分・・・」
あぁそういうことか。
「どこにいるか検討は?」
「ううん、わからない」
「そっか、なら今日は無理っぽいね」
「うん、ごめんね」
「なんで美緒が謝るの?気にしないでよ」
「ありがとう」
そこで私たちは別れた。
夜風に吹かれながら私はやはり美緒のことを思った。壮絶な過去がありそれでもまだ『家族の事を愛している』と言ってしまえる美緒の心の不安定さを私は想った。
その夜遅く美緒から連絡があった。『明日の夜なら会えるよ』と
「ごめん、遅くなった」
私たちは『拓磨くん』と待ち合わせの時間の1時間前に集まって作戦会議をしようということになっていたのだが、台風の影響で道が混んでいたので30分遅れてしまった。
「ううん、大丈夫、いこっか」
「うん」
どこか美緒の感じが違うように思った。
私たちは雨が降る中待ち合わせ場所のファミレスに向かった。
カフェを指定したのは美緒だ。これからの話し合いの中何が起ころうとも衆人環視の中で極端なことはしないだろうと思ってのことだった。
傘が風で煽られる。その度に顔には横から降る雨に濡れ冷たさを感じる。
「ごめんね、こんな日になって」
「いいよ、大丈夫」
しかし、ズボンの裾はもうすでに濡れていてそれが少し私の気持ちを苛立たせている。
「ここだね」
「うん、行こうか」
「里奈、ちょっと待って」
「うん?なに?」
美緒は張り詰めた顔をしている。
「里奈は別の場所にいてくれるかな?」
「え?」
「私、1人で拓磨くんと話をしてみる」
「・・・いいけど大丈夫なの?」
「うん、そうしたい」
そうか、美緒はこの決心があったからいつもと違う雰囲気をしていたのか。
「わかった、なら私は美緒の姿が見える場所に席を取るから安心してて」
「うん、ありがとう!」
安堵した表情に一瞬でなる。不安なのはわかるだけれども美緒の決心は無駄にしない。
「それから少し経って『拓磨くん』と呼ばれる男が来た。
「あ〜待った?先に入ってるって言うから急いで来ちゃった」
「ううん、大丈夫」
私は美緒を通路を挟んで斜め向かいに見える位置。『拓磨くん』と呼ばれる男は私に背を向けた形で座る。『拓磨くん』と呼ばれる男の顔などどうでもいい。
「美緒さ、急に会いたいって言われても困るよ。色々と忙しんだよね今日もこんな台風真っ只中なのに、ちょっとは気を遣えって〜」
何を言ってるんだこいつは?
「うん、ごめん。でも拓磨くんは私のことを第一に考えてくれるって言ったから」
「・・・え〜・・もちろんじゃん!美緒のことが大切なんだよ世界で一番。だから美緒のことを一番に考えて今ここにいるのであります」
そう言って『拓磨くん』と呼ばれる男は敬礼のジェスチャーをした。何言ってるんだこいつ?
「俺さ、お腹すいちゃったんだよね。頼んでいい?」
「うんいいよ」
「え〜何しよっかな〜チキンドリア?ハンバーグステーキ行っちゃおっかな〜いやいやそれとも、パスタ系かな?・・・」
こいつ何やってるんだ?早く決めろよ。
「あの!・・・拓磨くん?」
「あ?ちょっと待って、今選んでるから」
「あ、うん・・・」
美緒がこちらを見た?(そっちに行こうか?)とジェスチャーを送ってみたが美緒は小さく首を横に振った。
・・・早くしろや!この男!
「う〜ん、やっぱり豚カツ定食にしよ〜」
タブレットを操作し注文をする。この男美緒に対して『何か食べる?』とかの言葉もないのか?
私は美緒の様子と外の雨の様子を交互に見ながら話が進まないことに苛立っていた。
「雨凄いね」
「え、あ〜うん」
スマホをいじりながら適当な相槌を打っている。頭ひっぱたいてやろうか。
「お待たせしました。豚カツ定食になります」
「キタキタ!いただきます!」
豚カツ定食に夢中の『拓磨くん』と呼ばれる男はどうしようもない男だなと思った。何故こんな男に惹かれたのか私には全く美緒の感覚がわからない。
「ね、拓磨くん話聞いてくれる?」
「は?まだ食べてる途中でしょうが!・・・どう?似てた?」
「え?」
「なんかね、会社の先輩が言ってたんだよ。昼の時に『まだ食べてる途中でしょうが!』って口ひん曲げて。ウケるんだよね」
そう言って1人で笑っている男を美緒は黙って見つめている。
「あ〜そうなんだ、ごめんわからないけど、面白いね」
「いいよいいよ」
それから私はあの男が食べ終えるのを待った。なんであれが食べ終えるのを待たないといけないのか?
「ごちそうさまでした。よし、腹ごしらえも済んだし、美緒の家行くか」
は?こいつ何言ってんの?
「あ!いや、違くて」
「なに?」
「うん、ごめんね話があって・・・」
「何?」
「うん・・・あのね・・・」
がんばれ美緒。がんばれ!
私は心の中で大声でエールを送り両手を握って祈った。
「あのね・・・別れてほしい・・・」
「・・・」
・・・
「あ〜そういうこと。え〜そうなの?なんだ。そんなことか、え〜呼び出されるからなんだと思った。何も言わないから欲求不満なのかなと思ったじゃん。ていうかそんなことなら昨日のメッセージでも良かったよね?え〜時間の無駄じゃん。マジでそれはえぐいって!知ってる?時間は有限なんだよ?」
そう言って、あいつはヘラヘラと笑っている。腹が立った完全に我慢の限界が来た私は席から立ち上がりあの男の無防備な背中に向かってドロップキックの一つでもくらわせてやろうと思った。でも・・・
「うん、ごめんね拓磨くんの貴重な時間を潰してしまって・・・でも私はもう・・・限界なんだ。・・・拓磨くんに利用されるのはもう・・・嫌だと思った。だから・・・」
「いやぁそう?利用なんてしてないけど?・・・まぁいいや、勝手してよ」
私はもう立ち上がってしまっていたので後は歩くしかない。しかしドロップキックは止めた。この空間に美緒を置いておくことはできない。
「美緒、帰ろう」
そう言って私は美緒の隣まで行き美緒がテーブルに置いている右手に私の右手を重ねた。
「うん」
そう美緒は言ってくれた。
「え?ちょっと待って誰そいつ?」
呑気な男だ。その呑気さ相手を考えない態度が顔から滲み出ているような顔面だった。こんな男に美緒は苦しめられてきたのか・・・
『はぁ』
私は大きくため息をついた。
「誰でもいいでしょ。美緒帰ろう」
そう言って美緒が立つのを待って会計口まで歩き出した。
「ちょっと待てよ!ここのお金どうすんだよ?」
「はぁ?自分しか食べてなんだから自分で払えば?」
「ちょっと!」
何か言っている。なんでもいいどうだっていいもう全くといいほど関係ない。
私たちは私の会計を済ませ雨の降る街へ出た。
2人傘を差しながら歩く歩道はところどころ水溜りができていてちゃんと舗装しろよと思った。
「ねぇ里奈、今日は本当にありがとう」
「全然。気にしないでよ」
「うん、それにしてもダメな男だったね」
そう美緒が言ったので私はキョトンとして歩みを止めてしまった。
美緒の顔を見ると『どうしたの?』というような顔をしている。
それが無性に可笑しかった。
私たちは降りしきる雨の音に負けないくらいの大声で笑う。
「ねぇ里奈、私まだまだこれからだと思う。多分また同じことを繰り返すと思う」
「うん、人は簡単には変われない。私だってまだ辛いことたくさんあるもん」
「お互い助け合わないといけないね」
「そうね、その時はよろしく」
そうだ助け合って生きていくのだ私はもう1人じゃない、それは美緒も一緒だ。
明日は台風一過で清々しい予報だと聞いた私たちのこれからを祝福してくれるようだ。