クラマラス 12話 (長編小説)
先日の北野さんのトランペットを聞いて僕は奮い立っていた。
バンドの練習をしている。
部室には冷房はなく、防音の観点から窓も付いていない。多分何年か前の先輩が置いて行ったのであろう古い扇風機が一台おいてあるだけだ。
この夏場に練習をしていると汗が滝のように流れ、足元には水たまりが出来てしまう。
「暑いーー!」
練習が終わると一目散に重いドアを開け廊下に出る。今日の気温は『今夏1の暑さを記録』と言われるほど暑い日だったが外に出た瞬間涼しいと感じてしまう。それほどまでに部室は過酷だった。
「何だってこんなに暑いんだ?まだ7月の終わりだぞ!」
「これ熱中症になったら誰の責任よ?」
「何でここにはエアコン無いんだよ!」
「知らねぇよ!」
そんな文句を言いながらも充実した夏休みを送っていた。
「そろそろ片付けの時間だから一回通して終わろうか」
そう言いながらあの地獄のような部室に誰も嫌がることなく入る。
その後涼しい場所に移って次の課題曲を決める。それぞれに案を出し合って決めるが結局は「どれもやってみよう」になる。個人での練習に時間がかかるのは浦野なので配慮して練習する期間を決める。
浦野から意見が出た。
「俺が提案するのもあれなんだけど。オリジナルそろそろやらないか?葛西くんが作ってさ」
「あ!それは良いですね!」
大原も賛成した。新しくベースとし入った新谷は「え?オリジナル作れるんですか?」と驚いていた。
浦野が得意気に「春ごろに一度校内放送で音楽が突然流れたことがあったでしょ?」と話始めた。そんなやりとりを見ながら僕は少し不安になる、オリジナルは作ってるけどバンドアレンジ?このメンバーで作る音楽?どんな曲を書けば良いのだろう?
「・・ていうことだから」
「え?何?」
完全に聞き逃していた。
「いやだから、オリジナルを作ってどこかで発表できたら良いよねって」
「発表するの?」
「そうですよ、何のためにやってるんですか?」
その発想はなかった。正直バンド練習が楽しくてただただ続けていた。だがやってるからには確かに発表する場は欲しい。
「どこでやるのが良いのかな」
僕はそう言った。
「お、葛西乗り気じゃん。文化祭じゃない?」
と浦野。
「文化祭11月でしょ?遠いですね」
確かに大原の言うことも分かる。
「どこかで出来るところはないかな?」
「今度うちのスタジオで練習する時に聞いてみましょう」
大原は頼りになる。
「そうだね」
それから、僕たちは音楽のことをだらだら喋り、誰かが言った「腹減った」のひと声で学校を後にすることにした。
みんなと別れての帰り道。川辺でトランペットの音がする。音が聞こえればここで北野さんと話をしている。
「そういえば今日は学校で吹奏楽の音が聞こえなかったけど練習なかったの?」
「いやいや、今日は高校野球の地区予選の準決勝の日でしょ」
「あ、そういえばそうでした」
「ほんと、音楽以外のことに興味ないよね」
そう言って北野さんは笑っていた。
「どうだったの?野球」
「興味ないんでしょ?」
「そりゃまぁ・・・」
「負けたのよ、準決勝敗退。残念だったね後一点差」
「そうか、残念だったね。ほんっと残念。北野さんは野球に興味あったんだ」
「いや、全然」
「は?何だそりゃ?」
「私は演奏を披露する場所が無くなったことが残念だなって。決勝行ってくれればもう一回吹けたのに」
「そういうことか、結局北野さんも音楽のことしか興味ないじゃん」
そう言って僕は笑った。
「今日さ、オリジナル作ってどこかでライブしようって話になってさ」
「凄いじゃん!絶対見にいくよ」
「いやいや何も決まってないよ。これから目指していこって話」
「オリジナルは葛西くんが作るんでしょ?」
「そうなんだけどねぇ・・・」
今日思ったことを北野さんに話してみた。
「そんなの作ってみれば良いんじゃない?みんながよくしてくれるって」
「そうかなぁ」
「葛西くんより集団で音楽している歴の長い先輩の私の言葉を信じなさい」
そんなことを鼻息荒く言って胸を叩く北野さんを見て「確かにな」と納得してしまった。お礼を言って解散、僕が音楽を作るために。
夏休みの集中練習が始まったのだが、私たちの間では緊張感が続かない状態になっていた。このままではいけないと思いながら私は動けずにいる、自由曲のソロは私が吹くのだ、なのに上手くいかない。そんな中事件が起きた。
「どうしてあなた達は練習をしないの!」
悲痛な大声が聞こえた。部長の声だった。フルートのメンバーがパート練習の際に吹くこともせずおしゃべりをしていたのだ。普段はコミュニケーションを深めるためパート練習はパートリーダーの裁量に任せてある。話をしていようが無言で練習していようがリーダーが決めて全体の演奏に支障がなければ黙認する。それが吹奏楽部の練習風景だった。
しかしここ最近は違った。やる気のある人とない人との間で格差。
特に部長のやる気は凄く、あの橋本でさえ少し引いている。それ程までに部長はヒステリックになっていた。
その原因ははっきりとしている。部長と一番仲のいい副部長が体調不良でダウンしたのだ。それによって部長は一人で努力をして追い詰められていた。私たち3年生は少しでも部長の支えになれればと話を聞いたり、副部長の仕事を代わりにやったりしていたがあまり効果は無く彼女は追い込まれて行った。
「部長。少し休んだらどう?」
私と橋本と筒井は部長になんとか休んでもらいたくて提案をする。
「休めないよ、私は、みんなを引っ張って行ってあげなきゃ」
「でも一人で背負うことはないよ」
「だって、誰かがやらなくちゃならないでしょ・・・私がやらなくちゃ」
「部長、今日、私部長の代わりやるよ」
「いや、大丈夫。みんなのことを見ててあげなくちゃ」
「あれじゃ逆に誰もついて来なくなる」
筒井はそう言った。
「よし」
「何か良い案が思いついた?」
私は思いついた。
「スイーツ食べに行こう」
「は?」
「だからスイーツを食べるのよ、甘いものは幸せでしょ」
「そりゃまぁ・・・」
「決定!部長を誘ってくる!」
そうして私たちは部長や橋本を誘って駅前のカフェにスイーツを食べに出かけた。
「それを機に少し部長の気の張りようは無くなった気がする」
「へぇそうなんだ」
僕は北野さんからの部活動報告を聞いた。僕たちはいつもの場所でいつものように夕方の少し落ち着いた気温を纏った風に当たりながら話をしていた。
「どう?オリジナルの方は?」
「曲の方はできたからバンドでアレンジをしてる。歌詞の方も方向性は見えてきた」
「頑張れ!」
「おう」
そんなやりとりをしながらお互いに楽器を持って二人で演奏を始める。
「私たち二人でデビューとか出来るんじゃない?」
「そうかもね、ギターとトランペットのデュオで」
「そうそう」
太陽が隠れてしまいそうな時間になった。どちらとも無くその沈む夕日を見ている。
「もう少しでコンクール、楽しみだ」
「うん」
「もちろん見にきてくれるんでしょ?」
「行けたら行くよ」
「あ!それ来ないやつでしょ」
そう言って笑う北野さんに誘われて僕も笑った。僕たちはまた明日と言って家路についた。